<第一章>・伝言
‘’ギィィ……‘’
まるで、時代からぽつんと取り残されたその洋館は、ニ度目の来客者もなに食わぬ顔で迎え入れた。
三吉は、ふと館内を見回す。
置かれてある調度品は全て、ロココ様式のアンティーク調で…
と、そんな詳しいことは分からないながらも、この家主の趣味がなかなか良いことだけは、三吉にも十分理解できた。
そして思い出す。
以前、父と姉と自分の三人で、神戸の異人館を訪れたことを。
『あそこも、こんな感じだったなぁ』
やはり、玄関ホールというのはどこもよく響くらしい。
‘’コツ、コツ、コツ…‘’
細い廊下の奥から、見慣れた影が姿を現した。
『三吉さん、お待ちしておりました』
足音を響かせながら現れた司に、三吉は深々と頭を下げる。
『こちらこそ、お話の途中で帰ってしまい、本当にすみませんでした。
それに、わざわざお手紙まで……』
しかし司は、いいえ、と微笑み
『こちらこそ、プライバシーを欠いた大変失礼な態度を取ってしまいましたから。』
と、静かに三吉を手招きする。
『立ったままもあれですので、こちらへ』
そう言って通された部屋は、以前と同じ一室であった。
『どうぞ、お座りください』
今日の司は、いつになく険しげな表情を浮かべている。
『単刀直入に申し上げます。
私には、あなたのお姉さまが視えています』
手紙の内容と同じだ……
三吉は、そう思いうつ向き気味に返した。
『神路さんのお話には僕も勇気づけられました。
それに、神路さんが下手な嘘をつくような人だとも思っていません。
でも……』
『分かっています。
私だって、そんな超越した存在を信じろだなんて言われても、正気かと相手を疑うでしょう。
ですが残念ながら、私は至って正気です』
それは、三吉にも分かっていた。
なぜなら司には、一切家族の話なんてしていなかったからである。
ましてや、自分の姉が死んでいるだなんて、司には知る由だってないのに…ないはずなのに…
なぜか、司は知っていた。
『それに、あなたはこの館に来てくださいました。
もし、私の話を信じる気が一ミリもなかったら…
今ごろあの手紙はゴミ箱の中でしょうし、あなたは、私の目の前には一生現れなかったと思います』
息つく暇もないまま、司は話を続ける。
『つまり、少なからずもあなたは、信じるか否かは別として…
私の話を聞くためにここに来てくれた。
違いますか?』
三吉は、違わないと首を縦に動かした。
すると、司は安堵の様子でこう言った。
『…では。
今から、私があなたのお姉さまから聞いたお話を…
いや、あなたへ向けられた伝言をお話しします。
もし、事実と異なることがあるのなら、その時は違うと正直に否定してください。』
三吉は、再度首を縦に動かす。
それを待っていたかのように、司もゆっくりと口を開いた。
『…あなたのお母様は、あなたを産むことと引き換えにこの世を去られた。なぜなら、三吉さんのお母様も三吉さん同様、元々体が弱かったからではないですか?』
三吉は、はい、と覇気のない声で答えた。
『そのことがあって、三吉さんのお姉さんは、最愛の母が死んだ理由はあなたにあるとして、あなたに冷たく当たり続けた』
『………。』
この発言に関して、三吉は何も言わなかった。
つまり、肯定も否定もできない……ということなのだろう。
『今まであなたは、自分が生まれてきたせいで父と姉を不幸にしてしまったのだと、自身を呪い続けたのではないですか。
時には悩み、時には家を飛び出したこともあったのでしょう。
しかし、それが運の尽きだった』
三吉は、驚いたように司を見る。
『……一体あなたは、どこまで僕のことを知っているのですか?』
すると、司は不敵な笑みを浮かべながら、
『……無論、全てです。』
と言い切って見せた。
『……!』
気味悪さすら覚える司の発言に、三吉は思わず固まってしまう。
すると、司は何かを諭すようにこう口にした。
『人間、辛い過去や罪悪感を覚える出来事を自ら口にするのは、それなりの覚悟も要り、時には大変な苦痛を伴います。
それは、三吉さんだけに限らず、この世に生きる全員に通じることでしょう。
そこで、私は思うのです。
真実を打ち明けることの怖さを知っているからこそ、人々は自らの秘密を一人で抱え込んでしまうのではないか──と。』
気づくと、司の口元にはうっすらと不穏な笑みが浮かんでいた。
『でも人は、自らの悩みや秘密をずっと一人で抱えて生きていくことは出来ません。
誰かに聞いて欲しい、でも、口にすることが難しい……
きっと…誰もが抱いたことのある葛藤ではないでしょうか。
しかし。
…一人で悩みを抱えれば抱え続けるほど、人は正確な判断が出来なくなります。つまり、自分のことを客観視出来なくなるのです。
そうなった時、人は……誤った答えを‘’正しい‘’と認識し、そして……この世から、消えてなくなります』
心なしか、その声は少しだけ震えているような気がした。
『そこで、私の仕事です。
本人自らが悩みを打ち明けることが困難というのならば……
私が、相手の言いたいことを悟って代弁すればいい』
司は簡単にそう言ってのけたが、相手の意図を汲み取り語るなんてこと…それなりに親交のある相手であったとしても容易にできる話ではない。
『でも、正直言ってそんなこと……探偵やカウンセラーでもないあなたが、出来るとでも言うのですか?』
言ってすぐ、三吉は自らの発言に棘があったことを後悔した。
…しかし。
『出来ないかどうかなんて、やってみなきゃ分かりません。
それに私は、探偵やカウンセラーでこそありませんが、この館を継いで早三年、‘’人の気持ちを悟る‘’ことに関してだけを言えば、そこら辺の探偵よりも優れていると自負して仕事をしております』
司の言葉には、微塵の揺るぎも感じられなかった。
『では、その証拠に一つ。あなたの今の思いを私に悟らせてください』
三吉は、もう何も言わなかった。
いや、何も言えなかったのだ。
『……四年前、あなたが中学一年生だった頃。
実の姉に冷たく当たられ続け、自分の存在価値を見失い、家族に対する罪悪感に押し潰されそうな毎日を送っていたあなたは、初めて家出をした。
行く宛もないまま夜の町をさ迷っていたあなたは、不運なことに不良グループに絡まれ、持っていた全財産を取られ、ひどい仕打ちを受けた。
もうだめだ。そう思っていたとき、糸が切れたようにその不良グループは自分の前を去っていく。
助かった…。そして、その後あなたはすぐに、‘’もう家に帰ろう‘’──そう思ったはずです。
なぜなら、あなたの携帯には父と姉からの大量の着信やメールが届いており、自分を心配して待ってくれてる人がいる。そのことに、あなた自身が気づくことができたから。
…ですが。家に帰ったはいいものの、そこには誰もおらず、二人に電話をかけるも繋がらない。』
三吉の目から、涙がこぼれた。
辛い記憶を思い出させてしまったに違いない…
司は、胸に小さな痛みを覚えながら、それでも懸命に語り続けた。
『家で待つあなたに誰がこのことを伝えたのかは分かりませんが、家出をしたあなたを探している最中、あなたのお父さんとお姉様は交通事故に遭われた。
そして、病院で静かに息を引き取られたんですよね…』
すると、三吉は力強く首を横に振った。
『…っ、……そ、それだけじゃないんです……
お姉ちゃんとお父さんは、…っ、……僕が絡まれた不良グループの暴走バイクに引かれて……亡くなったんです……』
司はふと、三吉の後ろに立つ悪魔……志垣 真美の目を見つめる。
すると、その女性はちょっと困まったような顔をして、首を真横に大きく振った。
嗚咽を漏らしながら涙を拭う三吉は、ありったけの力を振り絞ってこう嘆いた。
『……ぼ、僕が……家出なんてしなかったら、……最後まであの不良グループとやりあえるだけの、丈夫で強い人間だったら……』
『……。』
司はこの時、ある真相に気づいていた。
だからこそ、真美の方を一目見たのだが、真美自身が首を横に振って否定したのなら、このことを自分が三吉に伝えるのは野暮だろうと、司はあえて黙ってハンカチを差し出した。
『……っ、……』
三吉は、今回ばかりは素直にハンカチを受け取り、
『ありがとうございます…』
と涙ながらに頭を下げていた。
『いえ。でも、そうですね…。
その後のお話は…本人に直接、あなたから伝えてください』
司は、そう言って三吉の肩を叩き、そして、同時に真美に向かってこう言った。
『……志垣 真美さん、今回だけ、姿を現してはもらえませんか?』
『えっ……』
三吉は、そう言って驚きながらも、司の視線を追うように顔を上げた。
すると。
〔………拓真。久しぶり。〕
そこには、司が初めて見た時とはうって変わって……ふわりと弟に微笑みかける、優しい姉の姿があった。
『……!
お、お姉ちゃん!?どうして、なんで……』
三吉は、驚きのあまり言葉を失い、真美の方へと限りある手を精一杯伸ばした。
…しかし。
真美は、その手を避けるように距離を置いて、深く頭を下げるのみ。
〔ごめんね、私が拓真をいじめたりなんかしなかったら、辛い思いをさせずにすんだのに……
お母さんとの約束、ちゃんと守れなかった。
本当に、本当に…ごめんなさい……。〕
『ち、違う……』
〔違わないよ。
私、本当に最低な姉だった。
お母さんが死んだ理由を全部拓真のせいにして、毎日毎日、‘’あんたの顔なんか見たくない‘’って拓真を罵り続けた。
あれじゃあ、家出したくなって当然。
だから、もう自分のせいになんかしない……〕
『だから違うんだって!!』
〔………!?〕
驚く真美の目は大きく開かれ、三吉自身も、自分が大きな声を出したという事実を未だ受け入れられないといった様子で、司の方を一瞥した。
…しまった、思わず叫んでしまった。
そんな、申し訳なさそうな目線である。
『構いませんよ。お好きなだけ、お二人で話し合ってください』
司は、そう言ってその場から立ち去る。
しばらくの沈黙のあと、三吉はゆっくりと口を開いた。
『ご、ごめん。
でも、本当に違うんだ。
お姉ちゃん、僕の話、最後まで聞いてくれないかな』
真美は、静かに頷いた。
『僕さ、まだ幼かったから何にも気づけてなかったんだ。
…だってさ、お姉ちゃん、ずっと僕の母親代わりをしてくれてたよね……。僕が物心ついたときにはお姉ちゃんはもう立派な大人で、本当に僕が嫌いで、本当に僕の顔を毎日見るのが辛かったら、家を出て独り立ちすることだって十分できた。
だけど、お姉ちゃんはそれをしなかった。
仕事をするお父さんを支えて、幼かった僕のお母さん役もこなして、家事や学業も疎かにせず……
確かに、お姉ちゃんの言葉はちょっときつくって、あの時の僕には耐えがたいものだった。
でもね、もう遅いかもしれないけど……
あんな大変なこと、小言も言わなきゃやってられないよね。
そのことに、僕はお姉ちゃんが死んでから気づいたんだ…。
……本当に、本当に、ごめんね。
自分ばっかり傷付いて、自分だけが被害者だと思い込んで、お姉ちゃんにいっぱい迷惑かけた。
だから、お姉ちゃんが謝る必要はないよ。
むしろ、謝るのは僕の方。それに、』
そう言って、三吉は身を乗り出して真美を抱きしめた。
『どんな時も家族を支えてくれて、本当にありがとう…』
〔………!〕
真美は、目から温かな涙をぼろぼろとこぼしていた。
〔……ねぇ拓真、良かったら教えてよ。
拓真は今、どんな人生を送っているの?〕
すると、三吉は優しく微笑んで、自身のその後について語り始めた。
『あの後すぐ、元々親戚付き合いがあまりなかったこともあって、僕は孤児院に預けられた。
そこで過ごすのは少し大変ではあったけど、施設に入って三年くらい経った後、僕を引き取りたいって言ってくれる人が現れて…』
〔それが、今のお父さんとお母さん?〕
『そう。
初めは、‘’家族なんていらない‘’ってそう思ってたけど、二人が面会に来てくれる度に‘’この人達と一緒にいられるなら、家族になるのもありかもな‘’って思えるようになってきて……
今に至る、って感じかな』
〔そっか、そうなんだ。
良かったね、本当に良かったね…〕
まるで、我が子を褒めるかのように三吉の頭を撫でた真美は、そっと三吉から手を離した。
〔…最後にさ、お姉ちゃんと一つ。どうしても約束して欲しいことがあるの。〕
三吉は、‘’最後‘’という言葉に少しだけ悲しい表情を浮かべたが、すぐ真美の方に向き直り、何かを取り繕うように健気に微笑んでみせた。
〔確かに、拓真が生まれた時、お母さんは死んじゃった。
その事実は変わることはないけど、でも、でも…
私は、拓真が生まれてきてくれて本当に良かったって思ってる。〕
『……!』
〔私、自分のことで手一杯で、生きてる間にこのことを伝え損ねちゃった。
ごめんね、本当に今更何って感じだと思うけど、良かったら信じて欲しいな…〕
三吉は、その言葉に答えるように力強く首を縦に振った。
〔やっぱ、拓真は優しいなぁ。
あ、そうそう。約束、ね。
お姉ちゃんも、今はここにいないけど、天国にいるお父さんとお母さんも、みーんな拓真の幸せを祈ってる。
だからもう、お母さんが死んだのは自分のせいだなんて責めないであげて。
そして、幸せになってね…〕
『それが、約束?』
すると真美は、司が以前したように小指を前につきだし、
〔そうだよ、これが、大事な大事なお姉ちゃんとの約束。
拓真なら守れるよね?〕
と、三吉とゆびきりをした。
『うん。お姉ちゃんや、お父さんお母さんの分まで絶対に幸せになる。
…だからもう、大丈夫だよ』
その言葉を聞き終えた真美は、安らかな顔をして三吉の前から消えていった。
★☆★☆★☆
『…切ないな』
隣の部屋で、別に盗み聞きをしていた訳ではないのだが──ふたりの話を聞いていた悪魔は、そう呟いた。
『……。』
しかし、あまり興味がないのか、司は頬杖を付きながら、ぼぉーと明後日の方向を眺めている。
続けざま、そんな司に対し呆れ気味に悪魔はこう尋ねた。
『それにしてもよく気づいたな。四年前に三吉の父さんと真美さんが交通事故に遭ったなんて。』
すると司は
『私、一度見た顔は忘れない…っていうかなんていうか…
三吉さんのお姉さんを一目見たとき、なんか見たことあるなって、そう思って調べてみたらこの交通事故が見つかった。
多分私、以前、その交通事故を取り上げた記事をどこかで読んでたんだと思う。それで、その時そこに真美さんの顔写真が載ってたから覚えてた、ってそんな感じ。』
と、事の詳細を説明した。
『マジかよ。』
人間業じゃないだろ。そう言いたかったのだが、そもそも人間じゃない自分が言うのはどうかと思い、悪魔は思い留まる。
『それにさ、何で真美さんが三吉と契約してないって分かったんだ?』
それが、司が悪魔に頼んだ二つの依頼の二つ目である。
司はあの時、悪魔に、三吉が志垣だった頃の家族の写真を見つけること、そして……
真美がいない時を見計らって、三吉の前に自ら(悪魔自身)の姿を現すこと、そう頼んだのだ。
もちろん、三吉が悪魔(真美)と契約していると信じて疑わなかった悪魔は、自分が三吉の前に姿を現せば、てっきり自分のことも見えるものだと思っていたのだが、実際は…
三吉に、悪魔を見ることは出来なかった。
つまり、真美とは契約していない……ということの証明が、その時なされたのである。
『言ったでしょ。‘’あの悪魔は、私欲だけで動く完全な悪人には見えない‘’って。』
『で、でも…
あの時、確かに真美さんは三吉親子を睨んで立ってたじゃん』
と悪魔は抗議の声を上げる。
すると、司はその発言を真っ向から否定した。
『それも違う。それは、あの時、真美さんには君の声が聞こえたからよ。
君が近くにいることを知って、‘’悪魔らしくしないと契約関係を疑われる‘’そう思ってあの行動を取った。
真美さんは、自分が三吉さんと契約を結んでいると言い張ることで、他の悪魔から三吉さんを守ってたの』
『じゃあなんで…、真美さんは悪魔になっちまったんだよ』
立て続けの質問に少々気が引ける蓮だったが、そんな心優しき姉がこの世に絶大なる恨みを持って…とは、今の悪魔には到底考えられなかった。
……すると。
〔神路さん。ありがとうございました。〕
隣の部屋からスッとすり抜けてきた真美は、深々と司に頭を下げ、微笑みながらそこに立っていた。
『いえ。弟さんと、ちゃんとお話しできましたか?』
〔はい。〕
その顔には、一切曇りのない晴れやかな笑みが浮かんでいる。
『では最後に一つ。教えていただきたいことが。』
そう言って司は、真美の目をしっかりと見据えた。
『あなたが悪魔になった理由、それは……
あなた自身が生前、悪魔と契約を結んでいたからですよね』
真美は、ゆっくりと頷く。
〔はい。
…なぜか元々、悪魔を寄せ付ける体質だったのか、何度か悪魔に接触したことはあったんです。
でも、悪魔と関わってもろくなことがないと、どの契約も断っていたんですけど……
つい、弱味につけこまれてしまいました。〕
『弱味って?』
悪魔は、自分だけがおいてけぼりな状況を打破しようと口を挟む。が、横からすかさず司の容赦ない突っ込みが飛んだ。
『…はぁ。まだ分からないの?
悪魔は、‘’三吉さんが家出していなくなった‘’ときに、真美さんに契約を持ちかけたのよ』
〔ええ。
‘’今望みたいことは?‘’って声をかけられて、つい‘’拓真が無事に帰ってきてくれますように‘’って……。
…でも、私は…この契約をしてしまったことを悔やんでなんていません。〕
凛々しい程の真美の表情に、悪魔も司も思わず言葉をのんだ。
〔だって、悪魔はちゃんと私の望みを叶えてくれましたから。
もちろん、ちゃっかり代償は取られちゃいましたけど。
ただ、拓真がこのことに気づいてしまったら、あの子はまた自分を責めると思うんです。
‘’僕のせいで、お姉ちゃんは天国にいる両親に会えないんだ‘’って。それだけはどうしても避けたかった。
だから神路さん。このことを黙っていてくれて、本当に、本当にありがとうございました……!〕
悪魔は、‘’まさか、気づいてたのか?‘’と言わんばかりの目で司を見つめた。
そんな視線に気づいた司は、黙って‘’うん。‘’と頷く。
〔それと神路さん。
拓真のこと、これからもよろしくお願いします。
拓真は…優柔不断なとことか、頼りない性格ではあるのですが…
……すごく優しい、私の大切な弟です。〕
『はい、承知しています』
〔私はもう、拓真のそばにいてあげることは出来ません。
いや、正確には……人の命を食べてまで悪魔として生きることに疲れてしまいました。
だから、これからも拓真の友人として、拓真が道を踏み外しそうになったとき、何かに悩んで苦しんでるとき、良かったら、良かったらでいいんです。
そっと手を伸ばして、行くべき道に行けるよう、支えてあげてはもらえませんか』
司は、迷うことなくこう口にする。
『もちろんです。
‘’人はみんな、助けあって生きていかなければならない‘’
あくまでこれが、私のモットーですから』
すると、真美は満足そうに口もとを緩め、
〔最後までお世話になりました…。
神路さん、本当にありがとう。
それと、そこの悪魔さん。〕
と蓮の方を一瞥した。
〔素敵な契約主に出逢えたのね。
………大切にするんですよ。〕
その言葉を最後に、真美は溶けるように消えていった。
★☆★☆★☆★☆
その後、完全に……とはいかないまでもなんとか立ち直った三吉は、司に深く頭を下げて館を後にした。
只今、七時十三分。神路家にて。
『……なんか、この仕事って結構大変なんだな』
悪魔は、誰に何を言うでもなく、ぽつりとそう溢した。しかし、司はすぐさまその言葉を拾って意地悪く返す。
『今更気づいたの?』
『しゃーねーだろ。…これでも一応、ねぎらってんだよ』
『そっか、そっか。
そういや確かに、真美さんに‘’大切にしろ‘’って言われてたもんねぇ』
『うっ……』
あの言葉をかけられたあと、司はそっと悪魔の方を盗み見たのだが、なぜかその視線に気付いた悪魔は、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまったのであった。
『でもほんと、無理だけはすんなよ』
『どうしたのよ、いきなり』
司は、また軽く笑ってそう返す。
すると、悪魔は真剣な眼差しで
『昨日、寝てないんだろ?』
と一言。
『……!
…もしかして、見てたの?』
司は、嫌悪感を露にして悪魔を非難する。
『どうしてそーなんだよ。』
『だって……』
『……はぁ。
司の部屋から、ずっと光が漏れてたから。それに、パソコンの音もずーっと聞こえてたし』
すると司は、心底申し訳なさそうに
『あ…それはごめん。
もしかして、気になって寝れなかった?』
と蓮の方を見る。
その言葉を聞いて、悪魔は、どうしてそうなるんだかと呆れたように笑った。
『別に、俺はどうってことなかったけどさ。
ずっと、真美さんの交通事故について調べてたんだろ?』
『え、あぁ、まぁね。』
『依頼主のために一生懸命なのはいいけどさ、少しくらい自分も大切にしろよ』
『……そう、ね、ありがと。』
司は初めて、いや、正確には烏江以外の人から初めて…心配された気がした。
あ、でも。
『そういやそもそも、人じゃなかった…』
『?』
司の独り言に悪魔は首をかしげたが、司は‘’では、お言葉に甘えて‘’と大きくあくびをしたっきり、机に突っ伏しそのまま眠りに入ってしまう。
『……ったく。そんなとこで寝たら風邪引くっつーのに…』
悪魔は、毛布の一枚も掛けてやれない自分の無力さに嫌気が差したが、司の寝顔を見るとすぐ、その険しげな表情を崩した。
そして、誰もいない部屋を見渡し呟く。
『……遅くなったけど、今度はちゃんとそばにいるからな』
もちろん、その声は司の耳には届いていない。
でも……素敵な夢でも見ているのか、その寝顔には柔らかな笑みが浮かんでいたのであった。
~第一話~ END
一話目、無事完結しました!
稚拙な文章ではありますが、これからも細々と続けていけたらなぁと思っています!
二話目も完結できるように頑張ります(*^^*)




