経験と友達
前までシリアス展開だったので、ちょっと息抜き的な話です。今回の子育てやくざの主役の「子」は恭四郎くんです!
恭四郎は、蓮次に描いてもらった簡単な地図を頼りに、ある場所に向かっていた。
ある場所、とは、闇医者・薬師寺善造のところである。
善造のところに行きたいと言った時、蓮次は不思議がっていて、理由を聞いてきたが、恭四郎はとっさに「金の振り込みが調子悪くて直接渡しに行く」と嘘を吐いた。
つまり、目的は別のことだ。
「…ここか?」
蓮次の地図通りに道を歩くと、さびれたアパートのようなところにたどり着いた。どう考えても普通のアパートだ。
半ば疑いながらも、地図と一緒に書かれている『203』という数字に従って、エレベーターで二階に向かう。203号室の前に着くと、ドアのところに『在』と書かれている薄い看板がかかっているのが見えた。こっそり裏を見ると、『不在』と書かれてある。分かりやすいが、危険ではないのだろうか、と少し心配に思った。
恭四郎は一呼吸置いてから、恐る恐るインターフォンを押した。少しすると、目の前のドアが、ぎい、と音を立てて開く。
「…誰かと思えば、相楽のガキか。何か用か?」
「あー、その、用っつーか…」
恭四郎が、どう切り出したものかと悩みあぐねていると、善造は「とりあえず入れ」と恭四郎を部屋の中に入れた。
部屋の中は、恭四郎が考えていたものよりずっと殺風景だった。てっきり、医療道具がびっしりあるのかと思ったが、一見普通の家だ。ただ、奥の部屋からほんの少し薬臭い匂いがすることを考えると、そういうことなのだろう。
善造は、リビングのソファに恭四郎を座らせると、自分はその向かい側に腰かけた。
「で、何の用じゃ。見たところ、治療目的ではなさそうじゃが」
「怪我はしてない」
「健康体に用は無いぞ。それ以外に儂に何の用がある?」
こんな爺と世間話をするでもないだろうに、と善造は笑った。恭四郎は少し俯いた後、ぱっと顔を上げて善造に言った。
「あのさ、善造さん」
「何じゃ」
「ちょっと聞いたことあるんだけどよ、昔組長にいろいろ教えてたのが善造さんって、マジ?」
「あぁ…」
善造は、これは面倒なことになる気がする、と曖昧に返事をした。しかしここで嘘を言ってもどうせ蓮次に効けばバレると思い直して、素直に答える。
「そうじゃな。まぁ、少しの間じゃがそんな時もあった」
その返事を聞いて、恭四郎は勢いよく立ち上がった。
「頼む!俺にも喧嘩のしかた教えてくれ!」
やっぱりそう来たか、と善造は内心ため息を吐いた。善造は面倒見の良い方ではなく、蓮次の面倒を見ていたのも、死んだ蓮次の父親が善造の旧友だったからである。
それに加えて。
「無理じゃ。貴様は元が弱すぎるからな」
そう、蓮次と違って、恭四郎は基盤とも言える力が無かった。
それを聞くと恭四郎は、悔しそうに下を向いた。諦めるか、と少し期待した善造だったが、存外、恭四郎は小さく呟いた。
「…別に、俺は組長みたいに強くなりたいわけじゃないんだ」
「ほう。では、どうなりたい?」
「前、あいつ…秀二の兄ちゃんが来た時、思ったんだ。俺が弱いから雅人は大けがしたし、多分、がきんちょにも怖い思いさせたし。せめて、自分の身くらいは自分で守れる程度には、強く…」
ほう、と再び善造は呟いた。瀬田組襲撃の件については善造は一部しか知らないが、自分が治療した中で一番重傷だったのは雅人だった。それを、恭四郎は自分のせいだと思っているのだ。つまり、自分くらいは守れるように、周りに迷惑をかけないために、強くなりたいと思っている。
蓮次とは大違いだ、と善造は懐かしいことを思い出した。
―――…俺を強くしてくれよ、善造。
―――護身術か?
―――俺自身を守る力なんかいらねえよ。誰にも負けない…誰でも殺せるような…
殺すための技術を蓮次に叩き込んだ善造に、守るための力をくれと新たな弟子が誕生しようとしている。だが、善造は思った。
“守る”という感情で、強くなれるものだろうか、と。
「…さて、どこまで強くなるかは、保証せんが」
「!」
俯いていた恭四郎が、弾かれたように顔を上げた。善造は恭四郎を指差し、続けた。
「まぁ、生まれながらの身体能力は、仕方が無い。霧原はそれがずば抜けていたからのう。貴様のその体格では、良くて人並みより少し上、程度の実力にしかならんじゃろう……例外も、一人知ってはおるが」
善造が付け足したように呟いた言葉を、恭四郎は拾った。例外?と首を傾げると、善造は渋々といったように説明した。
「一人、な。身長は高いが体格はそれほど良くない…どころか、人より脆いとも言える男…で、おそらく、霧原と同じくらい強い男」
蓮次と同じくらい、と聞いて、恭四郎は目を見開いた。
「それって相当強いじゃん。何て奴?」
「いや、知らん方がいいじゃろうな。何しろ、そいつは恐ろしくやくざが嫌いじゃからのう。何せやくざを殺すために執念で強くなった男じゃ」
「へ、へえ」
善造が真面目な顔でそう言うので、恭四郎は思わず身を退いた。そんな奴に自分が会ったら終わりじゃないか、と思う。
「…しかし貴様は本当に頼りない体付きじゃの。学校の体育だけしかしとらん連中でももっとましな体じゃぞ」
善造は普段の憎たらしい顔に戻ると、そう言った。呆れたようなため息を吐く善造にむっとして、恭四郎は、だって!と言い返す。
「俺小学校以来は全部家庭教師で学校行ってねえんだもん!小学校でだって怪我するからって親父に体育見学させられてたし!」
「……はぁ?」
善造が珍しく、心の底から出た、とでも言うようにそう返した。金持ちとのぼんぼんとは聞いていたが、これはちょっと過保護が過ぎるのではないか、と。
元から優れた体を持っていない者からして、学校教育での体育とは案外馬鹿にならないものである。基本的に人間は、好きでもなければ筋力のトレーニングをしたりはしない。それでも最低限の基礎的な体力をつけるために、授業があるというのに。
簡単に恭四郎を強くする、とは言ったものの、蓮次の時と違い気の遠くなりそうなことに気付き、善造はため息を吐いた。基礎体力の付け方など、善造は知らない。
「…相楽。強くなりたいと言うのなら、儂の言うことは基本的に何でも聞いてもらうぞ」
「お、おう」
「まず一つ」
善造は指を一本立てると、言った。
「高校に通え」
「……は?」
***
霧原組にいた蓮次、秀二、雅人、愛華は、突然やってきた恭四郎を見て、軽く固まっていた。別に恭四郎が来ることなど、愛華が来てからはしょっちゅうあることで驚くようなことではないのだが、今日はその見た目がえらく違ったので、皆驚いたのである。
「……お前、何だその髪」
「…刺青は?」
驚きを隠す気も無い雅人と蓮次が、立て続けにそう質問を投げかけた。
そう、突然やってきた恭四郎は、金髪だった髪を綺麗に真っ黒に染め直し、顔に入っていた目立つ刺青も見当たらなかったのだ。
「俺だってよく分かんねえよ‼なんか善造さんのとこ言ったら、高校通えって言われて、髪は染められるし、刺青は何か特殊な薬と皮で隠されるし‼善造さん絶対途中から楽しんでたし‼??」
「落ち着け」
言ったのは秀二だった。秀二だって何が何だが分かっていなかったが、自分が冷静でいないと場の収拾がつかない、と空気を読んだのだ。
「高校に通えって、また何で急に?」
「なんか、『社会経験が足りん』とか『ひょろすぎ』とかさんざん罵詈雑言吐かれた気がするけど…とりあえず高校行けって…」
善造は何を考えているんだ、と秀二は頭を抱えた。今から編入するにしても、恭四郎は高校で言うと三年生の年齢だし、そうそう経験は積めないように思えた。
「何を考えてるんだ…」
「楽しんでるか、恭四郎の学歴に呆れ果てたかだろ」
返したのは蓮次だった。酷い回答だが、残念ながら、頷ける。すると、今まで黙っていた雅人が口を挟んだ。
「高校って、いつから行くんだよ?」
「…明日」
「「「明日!?」」」
蓮次、秀二、雅人の声が揃った。愛華は、よく分からないがびっくりして、目を丸くして恭四郎を見つめていた。
「明日って…そんな早く入れるのか?」
言ってから、蓮次は、まぁあの爺なら色んな偉い人の弱み握ってるもんな、と納得した。それにしても、早い気はするが。
みんながみんなぽかんとしていると、愛華はひょこひょこと恭四郎に近付いて、言った。
「きょーしろう、黒いの、かっこいいね」
「そ、そうか?」
愛華に髪を褒められた恭四郎は嬉しそうに笑うと、愛華の頭をわしゃわしゃと撫でた。そんな恭四郎の頭を雅人ががしっと掴む。
「愛華ちゃんにちょっと褒められたからって調子乗ってんじゃねえよ。つーか似合わねえな~黒髪」
「うるっせ、ハゲよりましだわボケ」
「だからハゲてねえっつうのチビ」
うるさいやり取りを見ながら、蓮次と秀二は顔を見合わせてため息を吐いた。
恭四郎が高校に行って、大丈夫だろうか、と。
***
ピピピピ、と音を立てるアラームを止めた恭四郎は、眠そうに目を擦りながら起き上がった。学校ってこんな早くに起きなきゃダメなのかよ、とぼやく。
あの後善造伝いに恭四郎が通う予定の校長から電話があって、教科書等は揃えておくから、8時までに学校に来てほしいと言われたのだった。
転校生、という扱いになるそうなので、まさか初日から遅刻するわけにもいかない。恭四郎はいつもより少し急いで朝の支度をすると、昨夜作っておいた弁当を詰めて、昨日届いた制服に着替えた。この制服がなんと着払いで届いていたのであの爺ぶっ飛ばすぞと思ったが、小学校の時の制服より安かったためよしとした。
「学ランとか、あつくるしー…」
教科書は学校で渡されるので、何も入っていない指定鞄を持って外に出る。恭四郎の家から学校までは近かったので、歩いて行った。
学校が近付くにつれて、小さかった恭四郎の不安が少しずつ大きくなっていった。
恭四郎は小学校の頃、いわゆる金持ち学校に通っていたわけだが、その中でも群を抜いて裕福だったので、いじめを受けていたのだ。その頃から力も他より弱かった恭四郎はじっと耐えているばかりで、親に相談しても、「後にしろ」「自分でどうにかしろ」とあしらわれるだけだったのだ。
小学校を卒業してからは家庭教師に教わっていたので中学には通っていない。よって。この登校は、恭四郎にとっては大いに不安なのである。学校=いじめのイメージしかないからだ。
そこで恭四郎は、少し弱気になっている自分に嫌気がさして、思い切り深呼吸をした。
強くなると言ったそばから、何にビビっているのか、と自分に発破をかける。
そうこうしているうちに、学校が見えてきた。金持ちが集まっているわけでもない、普通の私立高校だ。
門をくぐる。部活をしている声が聞こえるくらいで、まだ他に生徒は見当たらなかった。
校内に入り、校長室へ向かう。ノックをして入ると、人の良さそうな校長に迎えられた。前の机には、教科書が積まれている。
「待ってたよ、相楽くん!今日からよろしくね」
恭四郎は少したじろいだが、善造に『敬語を使えよ』と言われたのを思い出して、よろしくお願いします、と少し頭を下げた。
それから軽い校内に説明を受けて、校内の見取り図を見せられた。
「最初の方は迷うかもしれないかど…」
「? いや、見取り図もう覚えたんで」
「え?」
元から記憶力が良い恭四郎からしてみれば、何に驚くことがあるのか分かりかねたが、良い意味で驚かれるのは嬉しかった。
それから少しして朝のHRの時間になると、自分が入るクラスの前に連れて行かれた。教室内はざわざわとしている。チャイムが鳴って少しすると、担任の教師に呼ばれたので、教室内に入った。
恭四郎が教室に入った途端、少し教室内がざわついた。特に何だか、女子がざわついているような気がした。そんなに黒髪似合わないかな、と少し髪をいじる。
自己紹介を、と言われ、教卓の横に立たされた。
「…えーっと。相楽恭四郎です。よろしくお願いします」
そこで、どこからか、「特技はー?」「趣味はー?」という男子の声が聞こえた。コミュ力高ぇ、と思いつつ、恭四郎は答える。
「趣味は、特に無いけど、料理とか?は作れる、ます」
教室内から、すげー、とか、かっけー、とかいう声が聞こえた。とりあえず友好的ではありそうで、恭四郎は一安心する。
担任に席に案内され、そこに座ったと同時に休み時間になった。
どうしようか、と思い、とりあえず教科書を机の中に仕舞っていると、隣の席の男子から話しかけられた。
「恭四郎、だっけ?恭四郎って呼んでいいよな!」
「お、おお…?」
元気そうな男子に突然名前を呼ばれたので、少し戸惑いながらも返事をする。こいつの名前は何だ、と思っていると、見計らったかのように、別の男子がやってきた。
「アホ、そういう時は自分から名乗るもんだろうが。ほら、困ってんだろ?」
「あっ、そうだなー」
助かった、と思った恭四郎は、最初に話し掛けてきた方の男子に向き直った。
「俺な、俺は、河北っての。河北遼平。よろしくな」
「よ、よろしく」
恭四郎が、二番目に話し掛けてきた少し目つきの悪い方の男子に目を向けると、そっちの男子もそれに気付いた、名乗った。
「俺は桜木恭介。ちょっと名前似てるよな。まぁ、よろしく」
「河北と、桜木」
聞いた瞬間に覚えてはいたが、確かめるように恭四郎はその名前を発音した。
そこで、はっと気付く。
「これが友達か!」
急にそんなことを、まるで大発見をしたかのように言った恭四郎を、河北と桜木は不思議そうに見た後、ぷっと噴き出した。
「何だそれ、小学生でもそんなの言わねえぞ」
「面白いなー、お前」
笑われてしまって少し恥ずかしかった恭四郎だったが、その二人の笑いが嘲笑でも冷笑でもなく、牧歌的な雰囲気の笑い方で、安心した。
「あっ、何河北たちだけ相楽くんと喋ってんのー」
「私も私も!混ぜて!」
そこからは何やら女子も入り乱れてきて少し疲れたが、同世代の友人というのは初めてだったため、新鮮な気持ちになる。
初めての授業は、ぶっちゃけ、拍子抜けだった。恭四郎が中学生の年齢の時に、既に家庭教師に習っている範囲だったからだ。ほとんど覚えていた恭四郎は、授業も難なくこなすことができた。
そして、昼休みが来た。クラスメイトがそれぞれのグループに分かれていて、どうしようかと恭四郎が迷っていると、先程の河北と桜木が寄ってきた。
「一緒に食わね?」
恭四郎はぱっと顔を輝かせて頷いた。
恭四郎が弁当箱を開くと、二人が弁当を見つめていることに気付いた。何だよ、と聞くと、河北が言った。
「お前、それ弁当に冷食使ってねーの?」
はじめは何をそんなに不思議がっているのか分からなかったが、河北と桜木の弁当を見ると、冷凍食品がほとんどで、そういうもんなのか、と逆に不思議に思った。
「だって、あんまり美味しくなくね?冷食」
「とは言ってもなぁ」
「朝から母さん大変なんじゃね?」
「俺一人暮らしだよ。全部自分で作ってる」
恭四郎がそう言うと、二人はなおさら驚いた顔になった。すげえ、すげえな、と呟いている。すると、河北が言った。
「なー恭四郎、今度お前ん家行かせてくれよ!」
「い、いいけど」
「河北お前、飯たかる気だろ。無視していいぞ恭四郎」
「いや、」
なんかそういうの友達っぽいな!と思った恭四郎は、河北の頼みに頷いた。
「おーやった!いつならいい?」
「別にいつでも」
「マジでんなこと言ったら今日行くぞ俺」
「お前、さすがにそれは迷惑―――」
「いいよ」
「いいのかよ」
桜木に少し呆れられたが、別に恭四郎もさしあたって用事は無かったため、別にいつでも良かった。
「じゃあ今日の放課後は恭四郎ん家で飯な!」
***
「……でけえ…」
「…一人暮らしって言ったよな……」
約束通り、放課後恭四郎の家に向かうと、河北と桜木は恭四郎の家を見上げて思わずつぶやいた。
「これ俺の部屋…いや俺の家何個分だ…?」
「やめろ河北空しくなるだけだぞ…」
そんなにでかいかな、と恭四郎は首を傾げたが、とりあえず鍵を取り出してドアに向かった。後ろから、ちゃんと河北と桜木も着いてくる。
ドアを開けると、少し離れたリビングに人影が見えた。驚いた恭四郎は一瞬身を固くしたが、それが誰だかわかると、途端に力が抜けた。
「……雅人ぉぉぉ……何でここにいんだよ…」
「おーやっと帰って来やがったか」
頭がこんがらがて恭四郎は訳が分からなくなっていたが、はっとして後ろを振り返る。河北と桜木は、不思議そうに、明らかに年上の雅人を見ているだけだった。どうしようかと迷っていると、雅人が口を開いた。
「はーやっぱ何回見ても似合わねえな黒かm」
「ああああああうるっさい黙れ!」
恭四郎は雅人に詰め寄ると、小声で言い募った。
「お前何でここにいんだよ空気読めよあいつら高校のクラスメイトだよ俺が元金髪だってバレて不良化もとか思われたらどうすんだ帰れ!」
「お、友達できたのか」
雅人が河北と桜木の方を見ると、二人は少し背筋を伸ばした。雅人の見た目が正直怖いからだ。恐る恐る、河北が口を開く。
「えっと、お兄さん?ですか?」
雅人はそれを聞いて、小声で「そういうことにしとくか」と呟くと、にこやかに言った。
「弟が世話んなってま~す。恭四郎の兄の相楽雅人ですよろしく」
「「よ、よろしくお願いします」」
もうなんだかどうでも良くなって恭四郎はため息を吐いた。
***
「で、何でここにいんだよ」
河北と桜木をリビングで待たせておいて、台所に立った恭四郎は、着いてきた雅人に小声で聞いた。
「いや、何か秀二と喧嘩して?晩飯俺の分だけ作らねえとか言いやがったから飯を」
「たかりに来たのか…」
秀二も大人げないな、と思いつつ、恭四郎は晩飯を四人分作る用意をし始めた。
「しかし一日で友達ができるとはなぁ。やるな」
「あ、あいつらが話しかけてきたんだ」
「親離れか?」
「親いねえし」
「じゃあ霧原組離れか?」
雅人がにやにやしながらそう言ったのを聞いて、恭四郎は晩飯の準備をしていた手を一瞬止めた。自立はしたいと思ったが、蓮次たちと離れたいわけではなかった。とっさに手に取ったフライパンを、雅人の脳天に叩き込む。
「っだ!?何だいきなりお前フライパンって鈍器だぞ!?」
「お前が変な事言うからだハゲ死ね!」
「危うく死ぬとこだったわ!」
「俺は高校も通うし霧原組も離れてやんねーよハゲ死ね!」
「ハゲ死ねが語尾になってんぞ」
ふん、と背を向けた恭四郎を見て、雅人はやはりにやりと笑った。リビングに戻ると、恭四郎の友人二人に「兄弟喧嘩ですか?」と聞かれた。中身は聞かれなかったようだ。「生意気盛りだからな」と雅人は返した。
***
「「うまい!」」
恭四郎が作った料理に手をつけた河北と桜木は、すぐに声を揃えて言った。恭四郎が作ったのは、一度愛華に作ったことのある本格オムライスだったが、河北と桜木も気に入ったようだった。
「お前ほんとに料理できんだな…」
「えくすぺくと…」
「リスペクトな」
わいわいと言い合いながら食べている二人を見て、恭四郎は嬉しくなる。友達っぽいよな、とにまにましてしまう。何にやけてんだよ、と雅人に笑われ、むすっとした。
「なあ恭四郎!また食いに来ていいか?」
聞いたのは河北だった。隣の桜木は呆れていたが、桜木自身もどことなく期待している様子が見えて、雅人は吹き出しそうになるのを堪えた。子どもは分かりやすいな。
「いつでも来い!」
恭四郎の、激動の高校生活一日目だった。
END