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子育てやくざ  作者: 朱里
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8/12

過去と決着

続いてきた秀二の兄弟と過去の話は、ここで完結です。ここからはまたしばらく通常運転の子育てやくざに戻ります。

「あぁ…分かった。お疲れさん」


 蓮次はそう言って簡単な相槌を打つと、電話を切った。秀二がそのタイミングを見計らって、身を乗り出すようにして聞く。


 「恭四郎ですか」


 その場にいた雅人と愛華も、蓮次を見た。


 「あぁ、瀬田組の場所が分かったらしい」


 結局恭四郎は秀一に襲撃された日から瀬田組の場所を調べ始めていた。善造に聞いた数か所の近くのカメラをハッキングし、建物内に出入りする人間と、瀬田組に登録されている人間の顔とを見比べ、一か所に絞られたのだ。発見までにかかった期間は、二週間弱。それまで、瀬田組の襲撃は無かった。


 「早いッスね。あいつほんとにハッキングできたのか」

 「まぁ恭四郎には金やら冗談みてえな株読みやらで驚かされてばっかだからな。ハッキングできるって言われてももうそんなに驚かねえよ」


 蓮次は雅人にそう返すと、煙草を咥えた。そして、雅人にもう一度向き直った。


 「雅人、お前はもう恭四郎の家に向かってろ。今までのハッキングなら大丈夫らしいが、これから建物内をハッキングすんのは逆探知のリスクがあるらしいからな」

 「了解ッス。じゃ、愛華ちゃん、恭四郎ん家行くぜー」

 「…うん」


 雅人に手を引かれて玄関に向かいながら、愛華はちらりと蓮次を伺い見た。普段は見ないような顔で何だか蓮次がこのままどこか遠いところに行ってしまうように感じられた。それが嫌で蓮次の傍にいたかったが、首を振る。きっとそれが迷惑なのだということは、愛華にも分かった。

 雅人はそんな愛華に気付いてはいたが、こればかりはどうすることもできないと、黙って手を引いて外に出た。


 二人が組から出て行くと、蓮次は煙草を咥えたまま秀二に話し掛けた。


 「行けるか、秀二」

 「はい」

 「よし」


 蓮次は、普段組にはいない組員たちを招集するために、携帯で合図を送った。


 ***


 秀一は、浅い眠りに就いていた。そして、夢を見た。


 鮮明な過去の、決して良いものだとは言えない、夢。



 身体は、夢特有のふわふわとした感覚を持っていたが、見える景色は惨憺たるものだった。眠っている頭で、ここはどこか、と考える。


 まず目に飛び込んできたのは、辺り一面の、赤。それが血だと気付くのに時間はかからなかった。今までに何度も見てきたものだ。そして恐らくその血は、目の前に倒れている両親からあふれ出たものなのだろう。自分がやったのだからよく覚えている。それに対しては特に何の感慨も覚えず、今度は自分の格好を確認する。見覚えのある制服を着ていた。あぁ、そうか、学生だったか。


 「……っはは、」


 夢の中の自分が、笑った。今の自分の意志ではない。恐らくこれは夢と言っても、忠実に過去をなぞっているのだろう。


 と、いうことは、と秀一は記憶を辿る。確かこのあたりで。


 「……兄さん?」


 秀二に見られたのだ。


 「…何、して…それ、父さんと母さん…?何で…」


 あぁ、秀二まだ髪が黒いなぁ、などと思いながら、秀一は夢の中の自分の行動に身を任せた。


 「だって、必要ないでしょ、こんな親」


 秀一がそう言うと、秀二はこれでもかというほど目を見開いた。目の前の出来事があまりにも信じられないのか、硬直している。秀一はそんな秀二の横を通り抜けて玄関に向かった。そして最後に振り返って、秀二を見る。秀一はこの時の秀二の顔が、今でも忘れられない。


 「……絶対、許さないからな…秀一…!」


 眉間に皺を寄せ、涙を流し、恨めしそうにこちらを見ている。おそらくこの時、秀一は兄ではなくなったのだ。


 「…じゃあね、秀二」


 自分がそう言ったところで、急に目の前の景色が歪んだ。足元もふらつく。何だろうと思っていると、突然目の前の景色が変わった。おそらく学校ではあるのだろうが、見える景色は学校からは想像できないような、これまた惨憺たる景色だった。


 目の前には、幾人もの人が折り重なって倒れていた。壁にもたれかかっている者、床に突っ伏している者。死体ではなかったが、健康ではなさそうだ。


 だがそこに、ただ一人、立っている者がいた。


 そこで、これがいつの夢なのか、理解した。


 返り血で赤黒く染まった学ランを着ているのは。


 「…蓮次くんかな?」


 秀一がそう呟くと、目の前の少年――高校生であった時の蓮次が振り返った。そして、少し目を見開く。


 「秀二?」


 そうだ、彼は、最初自分と秀二を間違えたのだ。過去の記憶の扉が、どんどん開かれていった。


 「違う違う。僕はね、秀一。瀬田秀一っていうんだ」

 「あぁ、あんたが、秀二の兄貴か。“天災”なんて呼ばれてるからには、もっといかついかと思ってたんだけどな」

 「あんな名前、不本意だよまったく。で、君は何の用でここに?」


 過去に喋ったであろう言葉を、自分の口が勝手に紡いでいく感覚は面白かった。自分の過去を、もう一度体験しているかのようだ。


 「実はお前に会いに来たんだけどな。天災に会わせてくれって言ったらこいつらが急に襲い掛かってくるもんだから、びっくりして殴っちまった。悪かったなぁ、謝っといてくれ」

 「…別に、こいつらなんてどうでもいいけど」


 秀一は確かにこの時、蓮次に対して恐怖を覚えたのだ。蓮次の周りに倒れている者は数人ではなかった。数十人という人数の、しかも決して弱くはない男たちを、この決して体格が良いわけでもない高校生が倒したのだ、と考えると、震えた。恐怖の震えに、興奮の震えも混じってはいたが。


 「で、僕に会いにって、何で?」

 「ちょっと聞きたいお話がありまして、お兄さん」


 蓮次は茶化すようにそう言うと、秀一の方に一歩近付いた。


 「何かな。あまり面白い話は持ってないと思うけど」

 「秀二の親殺したの、あんたか?」


 その時秀一は、表情を変えなかった。と、自分では思っている。そして、蓮次に返した。


 「…僕の親、でもあるけどね。よく知ってるね。秀二から聞いたの?」

 「秀二がそんなこと言うわけねえだろうが。俺が秀二に、お前の親って何やってんの、って聞いたときにすげえ顔で、殺された、って言って…お前に殺された、とは言ってねえぞ。ただ、お前が秀二の兄貴ってのを風の噂で知って、兄弟の話とか聞いたことなかったから、これはもしや、と思ってな」

 「これはもしや、程度の疑いでよく単身で来れたね」


 秀一の通っていた高校は、県内一の不良高校で有名だった。そこに、単身で入ってくるのがどれだけ危険でどれだけ度胸がいるか。普通ならしない。


 「強い奴ばっかって聞いてたからちょっと俺も緊張してバットとかも持って来たんだけどな。途中で捨てた」


 蓮次が、一歩、また一歩と秀一に近付いて来る。本能的に危険を感じ、秀一も一歩、また一歩と下がった。歩きながら、蓮次は聞いてくる。


 「なぁ、何で殺したんだよ。自分で親殺すのって、どんな気分なんだ?」

 「……君には、関係ないことだよ」


 次の瞬間、蓮次の拳が目の前にあった。


 ***


 「…様、秀一様!」


 秀一は目を開けて顔を上げる。目の前には、女でありながら瀬田組の幹部でもある、桜がいた。桜をぼんやりと見ながら、秀一は呟く。


 「…あの時はボロ負けだったなぁ」

 「はい?」

 「何でもないよ」


 それより何の用、と、自分を揺り起こした桜に聞く。桜はぱっと厳し顔つきになると、言った。


 「霧原組が来たようです。霧原蓮次と、秀一様の弟と、数十人」

 「やっぱり来たかぁ…見つかるの思ったより早かったな」

 「どうされますか」


 秀一は外していた眼鏡をかけ直すと、ゆっくりと立ち上がって言った。


 「ちょっと、秀二と話でもしようかな」

 「了解しました。手配します」


 桜は姿勢を正して一礼すると、秀一の部屋から出て行った。


 少し、下の階が騒がしくなってくる。自分は屋上へと向かうため、秀一は自分の部屋から出た。


 ***


 愛華の手を握った雅人は恭四郎の家の前に着くと、インターフォンを押した。いかにも、高級、というような、細い音が鳴る。少しすると、ポケットに入れていた携帯が震えた。見ると、小さなLINEの画面が出ている。恭四郎からだ。


 『開いてる』


 雅人は舌打ちをすると、中に入り、鍵を閉めてリビングに向かった。案の定、そこに恭四郎は居て、大量のパソコンに向かって座っている。その後ろのソファに愛華を座らせる。パソコンには、廃ビルのような建物が映っていた。


 「恭四郎、何で鍵開けてんだよアホ。組長が一応気をつけろって言ってただろうが」

 「お前が早く来ればいい話じゃん」

 「何だとコラ。怪我人だぞ俺」

 「…大丈夫なのかよ」

 「は?」


 恭四郎がパソコンに向かって座ったまま小さな声で言うので、聞き間違いかと思い、雅人は聞き返す。と、相変わらず背を向けたまま、今度は叩きつけるように言った。


 「だから!それ!腕!骨!大丈夫かって聞いてんだよハゲ!」

 「ハゲてねえっつーの。骨折くらいどうってことねえよ。どっちかというとハゲる方が問題だわ」

 「ハゲてしまえ」

 「何だとクソ」


 いつもの軽口にいつもの口調で返すと、雅人は恭四郎に背を向ける形で愛華を座らせたソファに、自分も腰かけた。相変わらず気持ちいいなムカつく、と毒づく。しばらく、カチャカチャと恭四郎がキーボードを叩く音だけが部屋に響く。おそらく、建物内のハッキングに切り替えているのだろう、と雅人は予想する。


 「あ、組長たち入ってきたぜ」

 「お、マジか」


 雅人はカメラの様子を見るべく、ソファに逆向きに座る。愛華も気になるようで、雅人に倣って逆向きに座る。パソコンの画面の一つに、蓮次や秀二、その他の組員が映っていた。


 「れんじとしゅーじと、みんな」

 「いかついな」

 「こういう奴らとは関わりたくないよな」


 恭四郎はパソコンの画面から目を離さないまま、携帯を取り出して電話を掛けた。パソコンの画面に映っている蓮次が携帯を取る。


 『おう恭四郎、ハッキング成功か?』

 「ばっちり見えてますよ組長。その先の部屋に、瀬田組の部下が、えっと…十人ちょっと、います。武器も持ってます。そんでその先にもいますけど、ここまでのは人数的にも組員だけでなんとかできそうっすよ」

 『なるほど』


 蓮次がいったん形態を耳から離し、部下たちに指示している映像が映る。部下たちが前の部屋に入ると、カメラの映像が少し騒がしくなった。部下たちが争い始めたのだ。


 『恭四郎、秀一はどこにいる?』

 「それが…カメラにはどこにも映ってないんすよね。でもこの建物で監視カメラ無いの屋上だけなんで、そこだと。あと、屋上の前に女が一人」

 『女ぁ?…まぁいいか。分かった。さんきゅーな」


 そう言うと蓮次は電話を切った。恭四郎がため息を吐く。


 「組長もなかなか大雑把…ん⁉」


 恭四郎が突然大きな声を出したので、雅人と愛華が驚いて恭四郎を見る。


 「きょーしろう?」

 「どうした?」

 「…やばい」


 恭四郎は二人にろくに返事もせずに、キーボードを忙しなく叩き始めた。もしかして、と雅人は推測する。


 「逆探か⁉」

 「やられた!あっちにもハッキングできる奴いたのかよ!監視カメラにはパソコンいじってる奴はいねえし、でもハッキングされてんのは今…ってことは、建物の外に―――」


 そこで突然、玄関の方で勢いよくドアが開けられる音がした。雅人と愛華と恭四郎は一斉に、ドアの方を向く。携帯型の爆弾で、鍵は壊されたようだ。


 「恭四郎」


 雅人が恭四郎に向き直り、早口に言った。


 「ハッキングはもういい。愛華ちゃん連れて別の部屋行ってろ!」


 言いながら、家に侵入してきた敵の数を数える。…五人。


 「まさとは、」


 愛華が心配そうに雅人を見る。恭四郎も雅人を見た。


 「五人くらい楽勝だって。愛華ちゃんは安心してていいからな」


 雅人はそう言うと、早く!と恭四郎を急かした。恭四郎は愛華を抱えて、別の部屋に行った。雅人は敵に向き直る。


 「瀬田組だよな?」


 この中のリーダーであろう男が、そうだ、と答える。そして、雅人の腕を見て、笑った。


 「…片腕の男一人か…五人もいらなかったかもな」

 「あー、うんうん、五人は駄目だわ」


 雅人はそう言うと、一番端に立っていた男の頭を掴み、近くにあった壁に叩きつけた。他の四人が、目を剥く。


 「五人とか少なすぎて、びっくりした。お前ら俺のことなめすぎだろ?」


 残る四人の顔が、みるみる怒りで染まっていくのが愉快だった。


 「まとめてかかってこいよ。四人くらい、片腕でお釣りがくるわ」


 ***


 蓮次と秀二は、霧原組と瀬田組の部下同士が殴り合っているところを悠々と歩きながら、屋上までの道を進んでいた。


 「瀬田組の数、どう考えても少ないよな」


 後ろから襲い掛かってきた男に回し蹴りを喰らわせながら、蓮次は言った。


 「東北にだいぶ残してるんですかね」


 後ろから飛んできた刃物を手の甲ではじきながら、秀二は答えた。


 「にしても少ないだろ。瀬田組の規模から考えて、関東に来てる人員がどう考えても少ねえ」

 「関東でやる仕事が大事じゃないとかじゃないですか」

 「………」


 逆だったりしてな、と蓮次は呟く。


 「何か言いました?」

 「いや、何も」


 歩きがてら部下たちの手助けをしながら、進む。部屋を二つ抜けると、先程までと違い、静かな場所に出た。目の前には階段があって、階段の前には女が一人いる。恭四郎の言った通りだ。蓮次は女に話し掛ける。


 「あんた誰だ?デリヘル嬢?」

 「違う。私は桜。瀬田組の第三幹部よ」

 「ほー」


 蓮次が感心したように目を丸くした。実際、感心していた。瀬田組ほどの勢力の中で女が幹部とは、と。余程強いのかと期待する。

 桜と名乗った女は続けた。


 「秀一様は屋上にいるわ」


 秀二が眉間の皺を深くした。蓮次は秀二をちらりと見ると、桜に向き直った。


 「わざわざ教えてくれてどうも。で、秀一に会わせないために、あんた一人で俺ら二人の相手をすると」


 桜は首を振った。一つに束ねた長い髪が揺れる。


 「瀬田秀二。あなたは、屋上に向かってもらうわ」

 「……秀一の命令か」

 「そうよ」


 少しの間、沈黙が流れる。蓮次は目だけで、桜と秀二を見比べた。ということは、と考える。順当に考えて、この桜の相手をするのは自分ということになる。


 秀二が蓮次に、許可を求めるように目を向けた。


 「…どっちでも?行きたきゃ行きゃあいいんじゃねえのか。お前は、そのために来たんだろ?」


 秀二は蓮次から目を背けて少し考えると、桜に目を移した。桜が、階段の前から退く。秀二は階段を上って、屋上に向かった。


 「んで、デリヘルのお嬢さん」

 「違うって言ってるでしょ。何よ」

 「さっきから、あんたからびんびんに殺気感じるんだけど。俺に何か恨みでも?」

 「…………た」


 蓮次は耳に手を当てて、聞き返す素振りを見せる。桜は、ほとんど叫ぶように言った。


 「あんたは、秀一様に怪我をさせた!!!」

 「そりゃもしかして、」


 この間のことか、と聞こうとした途中で、桜が殴りかかってきた。なかなかに速い動きだったが、すっと蓮次は避ける。


 「怪我させたってなぁ…かすり傷だろ、あんなん。どっちかというと俺らの方がダメージ喰らったんだけど」

 「うるさい!!」


 あーあこれは面倒なパターンだ、と蓮次はため息を吐くと、殴りかかってきた桜の拳を止めた。ばしん、と音が鳴る。女にしては重いな、と思った。どこかで鍛えたのか、それとも鍛えざるをえなかったのか。


 「女だからって容赦しねえからな」

 「男だからって調子に乗らないで」


 蓮次が桜の拳を離すと、桜はぱっと蓮次から距離を取った。取ったと思ったら、また一瞬で間合いを詰めてくる。やるなあ、と蓮次は感心する。


 桜は蓮次の首に向かって高い位置に蹴りを放った。蓮次はタイミングを合わせて桜の足首を掴む。バランスを崩した桜の顔に向かって容赦なく拳を突き出すが、桜はすんでのところでかわすと、足を掴まれて不安定な状態から、拳を突き出す。余っていた手で桜の拳を受け止めた時、おや、と思った。


 「…痛って。何だこれ」


 蓮次は桜の足首を離し、距離を取る。先程の桜の拳を受け止めた掌を見ると、刺し傷が出来ていた。殴られてできる傷じゃねえな、と思い桜を見ると、桜はニヤリとして小型のナイフを見せた。蓮次は理解する。


 「袖ん中に仕込んでやがったな?暗器まがいのもん使うとは、姑息だなぁ」

 「何とでも言って。結果、勝てばいいのよ」

 「よく言うぜ、勝つ気も無えくせに」


 桜は目を見開いた。図星か、と蓮次が肩を落とす。


 「……無いわけないでしょ」

 「いーや、無いね。あんたから殺気は感じるが、なんつーのか、やる気?そういうもんは一切感じねえ。“殺せればラッキー”くらいにしか思ってねえだろ」


 桜は俯いた。俯いて、ぼそぼそと話し始める。聞き取りにくかったが、そこにどうしようもない悔しさがあるのは間違いなかった。


 「…仕方ないでしょ…私じゃあんたには到底勝てないんだから」

 「何でだ?」

 「強い奴には分かんないわよ!どうせ誰にも負けたことないんじゃないの!」


 いやいや、と蓮次は苦笑いする。確かに蓮次は元からある程度強かったが、今のように強くなったのは、ある人物にこっぴどく絞られたからである。ふと、その瞬間がフラッシュバックした。


 ―――まだまだじゃのう、ガキ。一発で倒れるようでは。


 あの時は痛かったなぁ、などと感傷に浸る。


 「でもなぁお嬢さん。勝つ気が無い奴は勝てねえよ」

 「うるさい!」


 桜が小型のナイフを蓮次に投げつけると同時に、蓮次に向かって飛びかかってくる。蓮次はナイフを避けると、繰り出された桜の拳をいなして手首を掴み、桜の背中側に回すとそのまま体重をかけて床に倒した。桜がうめき声を上げる。掴まれていない方の手が落ちているナイフを掴もうとするが、その腕を蓮次は膝で押さえた。


 「あんたから秀一に関すること聞き出すのは無理そうだな」

 「…当たり前でしょ。殺されても喋らないわよ」

 「まぁ他の部下にでも聞くか」


 桜はどうにか蓮次の下から抜け出そうとするが、びくともしない。


 蓮次は瞬間、頭を巡らせた。自分が瀬田組の部下に秀一の情報を聞き出そうとすれば、当然桜は邪魔をするだろう。そうさせないためには。


 蓮次は自分の胸元に手を入れた。


 「悪ぃなお嬢さん。動けなくするぞ」

 「何を…!」


 桜が言い切る前に、蓮次は銃を構え四発、桜に放った。両肩と、両足の甲だ。これでしばらくは身動きが取れない。桜が声にならない叫び声を上げた。ごめんな、と心の中でもう一度謝る。


 瀬田組の部下の所に行こうと前の部屋に戻ろうとすると、後ろから、今にも消えそうな声が聞こえた。


 「…待ちな、さい、よ」


 蓮次が振り返ると、桜が蓮次を睨みつけながら喋っている。喋れるのか、と少し本気で驚いた。


 「…桜、って言ったか」


 蓮次がそう言うと、桜は一瞬黙った。


 「あんたに勝つ気があれば、もうちょっとマシだったと思うぞ?もうちょっと自信持てばいい。それじゃ秀一サマ守れねえぞ」


 桜が完全に黙ったのを見て、蓮次は部下がいる部屋に戻るべく目の前の扉を開けた。


 扉の向こうでは、倒れている男と戦っている男が五分五分といった感じだった。倒れている瀬田組の男の一人に向かって、話し掛ける。


 「おい、お前。まだ意識あるな」


 男は蓮次に気付くと、絶望したように顔を歪ませた。失礼な、と蓮次は思う。何もしねえよ、良い子にしてりゃあ。


 「秀一の部屋。あるだろ?どこだ」


 蓮次は男の頭に銃口をぴたりとつけると、そう言った。男が銃口に怯んだが、蓮次を睨みつけると、言った。


 「…誰が、霧原組なんかに―――」


 言い終わる前に、男の肩に一発、放つ。男がやかましく喚いた。


 「あんま弾使わせんな。ストック忘れたんだから」


 男は蓮次を一睨みすると、蓮次から目を逸らしてぎりぎり聞き取れるくらいの声で言った。


 「……この部屋を出て、まっすぐ進んで突き当りの部屋だ」

 「よーし良い子だ。あ、そうだ」


 蓮次は部屋を出ようとしたが、一度振り返ると、声を張って言った。


 「おーい瀬田組!向こうに桜が倒れてっから、誰か後で手当てしとけよ!」


 ***


 恭四郎は自分と愛華がいる扉の隙間から、雅人が戦っている部屋を覗いていた。片手で戦っているのを見るのは、心臓に悪かった。見ているだけの自分が悔しくなって、拳を握り締める。

 隣にいた愛華が恭四郎の服の袖をきゅっと掴んだ。自分がしっかりせねば、と、恭四郎は愛華の頭に手を置く。もしものことがあったら、愛華は守らないと、とは思っていたが、雅人は片手にも関わらずうまく四人を倒していった。


 「ふー」


 全員を倒して雅人が息を吐くと、恭四郎も同時に息を吐く。雅人も、無傷とは言えないが、大した怪我はしていなかった。

 雅人が瀬田組の男たちの服をがさごそと探っている。おそらく発信機を探しているのだ、と恭四郎は理解した。


 そこで、ふと、何か大事なことを忘れてないか、と思った。この家を探り当てられたのは、誰かにハッキングされたからだ。今入ってきた男たちは、何かハッキングできる道具を持っていたか?どこかに置いてきたのか?それとも、もしかして、まだ―――


 恭四郎がそこまで頭を働かせると、雅人の後ろに、影が見えた。雅人は、気付いていない。


 影が動く。人だ。何かを持っている。銃だ。どこに向けている?


 「雅人!!!」


 恭四郎は扉を開け、走り出した。


 ***


 秀二は階段を上り、そこにあった扉を開けた。屋上の、扉から一番遠いところに、人がいた。自分が見間違えるはずもない、秀一だった。


 「……秀一」

 「やぁ、秀二。二週間ぶり」


 ひらひらと手を振る秀一を、秀二は眉間に皺を寄せて睨みつけた。怯むことなく、秀一は秀二に近付いて来る。秀一が口を開こうとしたが、秀二はそれを遮るように言葉を発した。


 「俺の親を殺したのは、何故だ。今日はそれを聞きに来た」

 「今日は、誰だっけ?あの、雅人くん?はいないんだねえ」


 答える気の無い秀一に秀二は苛立って舌を打つ。秀二が黙っていると、秀一が面白そうに言った。


 「恭四郎、って子がいないのは当たり前だよね。弱かったし。ここの場所探り当てたのも恭四郎くんでしょ?雅人くんは、その子の家…かな?安全なところだから。でも残念。あそこも安全じゃないよ」


 秀二は一瞬目を見開くと、全てを理解したように目を細める。そして、静かに言った。


 「…ハッキングが分かっていたか。逆探知か」

 「頭の良い部下がいてね。椿っていうんだけど。もうその子の家にいると思うよ。殺してもいいって言ってるから、危ないかもね」


 秀一のその言葉を聞いて秀二は、ふん、と鼻で笑った。秀一が首を傾げる。秀二はわずかに肩を揺らして笑った後、秀一に向き直り、言った。


 「…その家にいる全員、殺そうとしてるのか?」

 「恭四郎くんと雅人くん以外に誰がいるのか知らないけど…まぁ、殺しやすい子から殺すんじゃないかな」

 「知ってるか、秀一。雅人はな、やくざのくせに優しいんだ」


 問いの意味が分からず、秀一は言葉に詰まる。弟が、何を考えているのか分からない。


 「…まぁ、優しそうだったよね。恭四郎くんを庇ってたし」

 「優しい奴が怒ったらどうなるか、知ってるか」


 秀一は、何となく秀二の言いたいことが分かったような気がした。何も言わずに、秀二の次の言葉を待つ。


 「…怖いんだよ、あいつは。俺も組長も、雅人を怒らせるのはごめんだ」


 へぇ、と秀一は相槌を打つ。前回霧原組を襲った時に、雅人にそんな気配は感じなかった。それに、今回恭四郎の家に送り込んだ部下は、六人。第二幹部であり桜の兄でもある椿もいる。左腕は折れているはずだし、いくら強くても、無理だろう。


 「…どんなに怖いのか知らないけど、雅人くんたちを殺したら、椿から電話がかかってくるんだ。それで全部、分かるね」


 するとちょうどそのタイミングで、秀一の携帯が鳴った。秀二が顔をしかめる。やっぱりね、と思い、秀一は携帯を取り、通話ボタンを押した。


 ***


 雅人は背中に、何かが落ちてくるのを感じた。嫌な予感しかしなかった。恭四郎が自分を呼ぶ声が聞こえて、その後すぐに自分の後ろで銃声が聞こえた。のに、自分はどこも痛みを感じない。


 振り返る。


 自分の背中にくたっと力が抜けた様子でもたれかかっているのは、先程雅人を呼んだ張本人だった。首に触れると脈はあるが、胸あたりに血が滲んでいる。


 全身の毛が総毛だつ感覚を覚えた。


 後ろから声が聞こえる。


 「この部屋に君しかいなかったので君から、と思ったが…わざわざもう一匹出てきてくれて、探す手間が省けました」


 雅人は顔を上げる。そこにいるのは、見たことがない顔の、秀一と同じような眼鏡をかけている男だった。男は話を続ける。


 「申し遅れました。私、瀬田組の第二幹部の、椿と申します。ハッキングを逆探知させていただきました」

 「……おい、恭四郎」


 椿と名乗った男を無視し、雅人は恭四郎の頬を軽く叩きながら呼びかける。おい、ともう一度呼び掛けると同時に、頭に堅いものが押し付けられた。先程恭四郎を撃ったものだ。


 「片手でしたので、部下に任せても大丈夫かと思いましたが、あなた相当強いんですね。まったく部下は役立たずです。帰ってしごき直す必要がありますね」


 話しながら椿は、銃の撃鉄を下ろす。引き金に力を入れると、隣の部屋に目を向けた。


 「別室の子どもは一発で殺せますね。まずはあなたから。さようなら、雅人さん。秀一様に電話をしなければ」


 どん、と重い音が響き渡る。


 銃弾は―――床に撃ち込まれて煙を立ち上らせていた。


 椿が一瞬呆然とすると、何かに顔を掴まれた。手だ、と気付いた時には、頭を壁に叩きつけららている後頭部に激痛が走った。呻き、自分の顔を掴んでいる手の持ち主を睨む。

 目の前で、声がした。


 「…そう言えば、お前んとこの組長に、恭四郎が頭掴まれたんだよな」


 別室で腰を抜かしていた愛華は、雅人の顔を見て体を震わせた。


 驚く程静かな、無感情な顔だった。声にも感情を感じない。いつもの優しい雅人とは、別人のようだった。


 雅人は続ける。


 「怖かったんだとよ。そりゃあ、怖いよなぁ。殺されそうになったことなんかねえんだから。なぁ、そう思うだろ」


 椿は雅人の手の平で顔を掴まれているため、雅人の表情は見えないが、殺気だけは感じた。いや、殺気しか、感じなかった。


 「…何がっ、言いたいんですか」


 椿が絞るように声を出すと、雅人が手に力を入れた。突如訪れた激痛に、椿は思わず声を上げる。


 「⁉ っああぁあっ、が、ぁぁあ!!!」

 「俺は秀二の兄貴みてえに怪力じゃねえから頭蓋骨潰すなんて芸当はできねえからなぁ、ただ、ものすごく痛いのが続くくらいだな」

 「ぅ、ぐ、離せ…!」


 雅人の手の力は一向に収まらず、椿は頭がおかしくなりそうだった。が、ちらりと下を見ると、雅人の折れている左腕が目に入った。迷わず、そこを鷲掴みにする。


 「!」


 雅人の手の力が一瞬弱まった。その隙を見逃さず、椿は自分の顔を掴んでいた雅人の手を払いのける。雅人がバランスを崩し、すぐさま、椿は雅人の腹に蹴りを入れる。雅人が反対側の壁に背中をぶつけた。


 椿は息を吐くと、ふらふらと立ち上がった雅人に声をかけた。


 「…残念でしたね。元から怪我をしていては、もう立つのがやっとでしょう。苦しいですよね。今、楽に―――」


 とどめをさそうと胸元に手を入れた椿は、目を見開いた。


 銃が無い。


 そして、それは。


 「…これなーんだ」


 雅人の手にあった。


 「何故、いつ、それを!」

 「さっきお前に蹴られた時だよ、間抜け」


 雅人がふらふらと、しかしいつでも引き金を引ける状態で、椿に近寄ってきた。椿は慎重に、銃に気を配りながら、後ろに下がる。

 すると、突然肩に痛みを感じた。銃は放たれていない。見ると、ナイフが刺さっていた。雅人が投げたのだ。


 「銃に気ぃ取られ過ぎだろ」


 椿が怯んだ隙に、雅人は椿の鳩尾を思い切り蹴った。椿が壁に背をつけて座り込む。雅人は、椿の頭に銃を向けた。椿は歯を食い縛る。


 「……こんなところで…私は、秀一様に…!」

 「ごちゃごちゃうるせえな」


 雅人は表情を変えずに、言った。


 「撃ったんだから、撃たれてもしょうがねえよな」


 銃声が響く。


 椿は、気を失った。


 そう、気を失った。死んではいない。銃弾を耳のすぐそばに撃ち込み、気絶させたのだ。雅人は銃を落とすと、椿のスーツの中を探り、携帯を取り出した。中から、秀一の名前を探し、電話をかける。相手はすぐに出た。


 『やぁ椿。楽勝だった?』


 一呼吸置いて、雅人は答えた。


 「…楽勝だよ、ド畜生」


 雅人は携帯を床に落とすと、膝から崩れ落ちるように倒れた。


 別室で動けなかった愛華は、足に力を入れる。みんなが大変なんだから、助けないと、何とかしないと、と思い、やっとの思いで立ち上がる。恭四郎に駆け寄り、呼び掛けた。返事は無い。雅人も同様だった。


 どうしよう、と小さな頭を悩ませる。そこで、以前に見た善造の顔を思い出した。そうだ、あの人を呼べば、と思いいたる。


 雅人のスーツの中から携帯を取り出すと、電話帳を開いた。愛華はまだはっきりと漢字は読めなかったが、登録されている電話番号自体が少なかったため、善造らしき名前を発見すると、迷わずに電話をかけた。数コールした後、善造が電話に出た。


 『何じゃ。今度は九条か』


 呆れたように雅人の名を呼んだ善造の声に安心してしまい、血が散っている床に座り込む。電話の向こうの善造が、どうした、と聞いてくるので、慌てて声を出す。


 「お、お医者さん、みんな、みんなが、血、いっぱい、」

 『…? この間霧原組におったガキか?何があったんじゃ』


 愛華はしどろもどろになりながら一生懸命状況を説明して、ここが恭四郎の家であることを言う。善造は黙って聞いていた。


 『…ふう。また面倒なことになっておるのう。ガキ、雛森とか言ったか。そこで待っとれ』


 善造はそう言って電話を切った。愛華はまた一人になってしまった恐怖を見ないようにして、ただ必死に善造が来るのを待つ。ちらりと恭四郎と雅人を見る。どんどん血が出ていた。浅い呼吸だけが聞こえる中待つのは怖かったが、目を閉じて我慢した。


 十数分待った時、背後から声が聞こえた。誰かが起きたのか、と思い、声がした方に顔を向ける。


 起きていた。椿が。


 「…秀一様…今から…みなごろ、しに、」


 椿は朦朧としながら、銃を持って愛華に近付いた。愛華は声も出せずに後退る。椿の目には愛華は映っていなかったが、銃口は愛華を見ていた。銃口が愛華の額に当てられたので、愛華は目を閉じる。


 途端、愛華の額にあった銃口が無くなった。目を開けば、椿は倒れている。見上げると、善造がいた。善造が椿の首の裏を蹴り、再び気絶させたのだ。


 「まったく…ガキを殺そうとするとは」


 愛華は一気に脱力して、座り込んだ。善造は部屋を見渡し、愛華の頭を無造作に撫でる。


 「よく電話してきた。後は、儂に任せておけ」


 ***


 『…楽勝だよ、ド畜生』


 椿の携帯から、椿のものではない声でそう聞こえ、電話は切れた。秀一は軽く、目を見開く。しかしすぐにいつもの笑顔に戻ると、目の前の秀二に言った。


 「…ほんと、雅人くん、怖いみたいだね。怒っちゃうと」


 秀一のその言葉を聞いて、秀二は内心ほっとした。無傷ではないにせよ、雅人たちは…少なくとも雅人は、無事なのだろう。愛華と恭四郎のことも気にかかったが、当然秀一にそれを聞くわけにはいかなかった。


 「…で、秀二は何が聞きたいんだっけ」

 「とぼけるな。…何故、俺の親を殺した」


 秀二は必死に声を押さえて、内の憎悪を押さえて、言った。秀一は一度俯いた後、秀二に、やはり笑顔で向き直ると、言った。


 「…何でだと思う?」


 秀二は、自分の中で何かが切れるのを感じた。ふざけるな、と叫び、秀一に殴りかかっている。秀一は秀二の拳を、片手で受け止めた。


 「…ほんと、お兄ちゃんへの態度が成ってないよね」


 秀一が、秀二の頭を掴もうと手を出す。掴まれたら終わりだ、と思った秀二は体を捻ってそれを避け、掴まれている手を振り解き、秀一の顔を狙って足を振り上げる。それを腕で受け止めた秀一は、秀二の襟を掴んで床に叩きつけた。

 まずい、と思った秀二は自分の顔の横に手をつき、手で体を支えて後ろに跳んだ。


 距離を取った後、銃を構えたのは秀一と秀二、お互いほぼ同時だった。


 「…言え、秀一。何故殺した!」

 「…何で聞きたがるの?僕が憎いなら、僕をただ殺せばいいでしょ」

 「何も知らずに殺すのは気持ち悪いんだ」


 沈黙が落ちる。二人とも動かない。動いたら最後、どちらかが撃たれる。


 そこで、どん、と銃声が響いた。


 秀二と秀一は目を見開く。二人が撃ったのではない。


 銃声は、屋上の入り口から聞こえた。そこにいたのは、蓮次だった。蓮次が、上に銃口を向けている。


 「はい、兄弟喧嘩もそこまでだ」


 さすがに秀一も驚いたようで、いつもの笑顔を浮かべる余裕はない。目を見開いたまま、蓮次を見詰めていた。


 「…組長、何で」


 やっとのことで秀二が声を出すと、蓮次の後ろから人が出てきた。秀二には見覚えの無い人間だった。五十代くらいの、やけにやつれている女だ。その女を見て、秀一が顔を曇らせる。


 「…蓮次くん、勝手に人の部屋に入ったね?」

 「悪かったな。何か隠してるとは思ったが、まさか人間が隠れてるとは」


 秀二は話の流れが掴めず、混乱する。一体、突然出てきたあの女は誰なのか。秀一と組長は知っている風だが。


 「…組長、それ、誰ですか」


 秀二がそう聞くと、蓮次の後ろにいる女はびくっとした。蓮次は、秀一を見る。


 「あんたから言ったらどうだ、お兄さん」

 「………」


 秀二が、どういうことだ、と秀一を見る。秀一は観念したように、口を開いた。


 「…お前の…僕たちの、母さんだよ」

 「⁉」


 秀二は一瞬、何を言われたのか分からなかった。だって母親はお前が、と。秀一は秀二を見ないまま、話し始めた。


 「お前が母さんだと思ってた女は、僕たちを産んだ親じゃない」


 秀二は秀一の話を、黙って聞いていた。


 秀二たちの親は、基本的に秀二たちに無関心な親だった。

 何をしても褒めもせず、叱りもせず、ただ、秀二たちが生きていけるだけの世話をするだけの、親。

 そしてある日、秀一は両親の会話を聞いた。


 金銭関係の話だった。

 二人の子どもを養っていくには、金が足りない、と。金が足りない理由は両親のギャンブルにも関わらず、金が足りないのは子どもたちのせいだ、と言っていて、秀一は会話を聞きながらため息を吐いた。


 そしてその話は、子どもの内のどちらかを養成施設に送る、というものになっていった。


 それだけならまだよかった。


 母親が、施設に送るのにもお金はかかるのだから、どちらかを捨てよう、と、いとも簡単に言ったのだ。

 そして父親が言った。今通っている学校に退学届を出して、殺して捨てればいいんじゃないか。


 秀一さえ脅して口止めしておけば、いいだろう、と。


 つまり秀二を殺すと言うのだ。


 そこからは、気付けば、辺りが血の海だった、と秀一は言った。


 秀二は、しばらく何も言えなかった。自分が抱えていた憎悪がふわふわと宙に浮き、どこに行こうか迷っている。そんな感覚だった。


 やっとのことで口をついたのは、こんな言葉だった。


 「…何で、それを俺に今まで言わなかったんだ」


 秀一はまだ秀二を見ずに、答える。


 「お前がこのことを知ったら、どうするの?親を殺された悲しみと、親に捨てられようとしてた悲しみと、両方を処理しきれたの?できないでしょ。なら、恨む対象がいた方が、まだいい。…どうする?本当の親は僕がありとあらゆる人脈を使って見つけた。僕は自分をあんなクズに預けた奴なんてどうでもいいけど、お前は?」


 わざわざ関東に来た理由はそれか、と、秀二は遅れて理解する。


 産みの親、と言われた女を見た。あまりにも頼りなく、今にも折れそうな体が自分を産んだのか、と考えた。そしてその女が秀二の視線に気づき、弱々しい声で、ごめんなさい、と言った時点で、もうどうでもよくなった。


 すると秀一が、急に声の調子を変えて、言った。


 「そうだ、秀二。僕は親を殺した理由を話したよ。理由聞いたら、僕を殺すって言ってたよね。僕は殺されるのはごめんだよ?」


 そう言いながら、秀一は秀二に銃を向けた。しまった、と思って、後ろにいた蓮次が銃を構えようとするが、蓮次くん動かないで、と秀一に言われ、胸元に入れていた手を下ろす。


 「…殺されるのはごめんだから」


 そう言うと秀一は、銃口を自分の頭に向ける。


 (もうお前に嫌われるのは疲れたんだ)


 秀二と蓮次が何かを言う前に、引き金を引いた。


 「じゃあね、秀二」


 ***


 目を覚ますと、白いとも灰色とも言えない天井が見えた。頭がずきん、と痛む。ここはどこだ、と思うと、上から声がした。


 「「秀一様!」」


 上から自分を見ている二人を見て、秀一は、ここは地獄かどこかだろうか、と柄にもなく思った。


 「…桜。椿」

 「秀一様、目を覚ましたんですね!」


 目を覚ました?と、秀一は一瞬状況が分からなくなる。確かに自分は自分に向かって引き金を引いた。撃って、生きていられる場所ではなかったはずだ。痛む頭で考えていると、桜でも椿でもない声が聞こえた。


 「貴様が自分を撃つ前に、霧原が貴様の手を撃ったんじゃ。それで、軌道がずれたんじゃろうな」

 「……あぁ、ここ、善造さんのとこかな」


 現れた男を見て、秀一は言う。そして善造が言ったことをゆっくり反芻し、そうか蓮次くんが、と笑う。

 善造が続けた。


 「そうじゃ、今ここにはおらんが、貴様の弟から伝言を預かっておる」

 「…秀二から?」


 「『やっぱり、俺をずっと騙していたお前は許せない』」


 だろうなぁ、なんて秀一が思っていると、善造はさらに続けた。


 「『殴りに行ってやるから、それまで生きておけ』」


 秀一は、目を見開いた。そして、はぁ、とため息を吐いた。


 「……勝手だなぁ」


 善造は部屋を出て、笑う。本当に若い者は面白い、と。


 つい先日まで殺したいほど恨んでいた相手を善造のところに連れてきて、あの伝言だ。秀一への伝言でもあるし、善造に『何としても生かせ』と言ったことにもなる。


 外に出ると、そこには長い銀髪を揺らす男の後ろ姿が見えた。ふん、と鼻で笑う。


 「治療は成功したし、伝言は伝えた。満足か?」

 「…あぁ、金は今度払う」

 「ふむ。待っておるぞ」


 男はその場を離れると、自分の組に戻った。騒がしい声が聞こえる。


 「いだだだだお前やめろよそこ俺撃たれたとこだってふざけんなハゲ!!」

 「お前が先に折れてる腕叩いてきたんだろうがちび!!」

 「あーもうお前らうっせえよ黙れよ」

 「「黙れ無傷!!!」」


 いつもの光景に笑うと、目の前に小さな影が落ちた。


 「しゅーじ、おかえり」

 「…あぁ」


 すとんと胸の閊えがとれたようなすっきりした顔で、秀二は答えた。


                                           END

 

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