雅人と愛華
個人個人の話を書いていきたいと思ってます!
雅人は浮かれ気分だった。何故か。今日は、組の中に蓮次も秀二もいないからだ。つまり、自分と愛華だけ。
蓮次と秀二と雅人の三人だけが組に泊まり込みなので、後の連中もまあ、急に来る可能性は高くないだろう。
「あーいっかちゃん!」
土曜日なのでまだ寝ている愛華を起こしに、愛華の寝室となっている部屋に入る。案の定愛華はまだ布団にくるまっていた。
「はぁ~可愛いなぁ…あっ、写メ写メ」
ぱしゃ、という控え目な音とともに、スマホに愛華の写真が残る。満足げに、雅人はスマホを仕舞った。いつもは雅人より起きるのが早い秀二が愛華を起こすので、こんなことはできないのだ。
雅人のカメラの音で目が覚めたのか、愛華は目を擦りながらゆっくりと起き上がった。
「お、愛華ちゃん、起きた?」
「…おはよ」
「おはよー」
そう言って、にこにこと愛華の頭を撫でる。寝起きなので少し跳ねている髪を、さりげなく梳かした。
「あ、まだ着替えなくていーよ。学校休みだよな?何か食う?秀二ほど上手くないけど、作るぜー」
愛華はまだぽやんとした頭で、目の前の雅人を見た。同時に、雅人はいつも笑っているなあ、と思う。
「…たまご」
「卵?卵焼き?」
「ぐしゃって、なってる」
「あぁ、スクランブルエッグ?」
待っててな、と言って、雅人は台所に向かった。
愛華の中で雅人は、なぜか無条件に自分に優しい人、というイメージだった。なので愛華は雅人にはそこそこ懐いていた。蓮次ほどではないが、たまに自分から話しかけることもある。
少しふらふらとしながら応接室の扉を開けると、良い匂いが漂ってきた。卵が焼ける匂いだ。愛華が入ってきたことに気付いた雅人は、台所から少し顔を覗かせる。
「おっ、後から呼びにいこうと思ってたんだけどな。もうすぐ出来るから待っててなー」
良い匂いに、愛華のお腹がぐぅと鳴った。朝から元気な虫だ。そしてそこでやっと、今日は何で秀二ではなく雅人が起こしに来たんだろう、と思い至る。
「出来たぜー」
雅人は自分も食べるつもりで、少し大きめの皿にスクランブルエッグを乗せ、食パンを二枚焼いて机に並べた。食パンには、イチゴのジャムが塗ってあるものと、バターだけのものがあった。
「愛華ちゃん、イチゴジャムとバターどっちがいい?」
「いちご」
「ういー」
イチゴのジャムの方を愛華に渡すと雅人は、いっただきまーす、と言って食パンにかじりついた。愛華もそれに習って、小さな口をいっぱい広げて食パンにかじりつく。さく、と良い音がした。愛華用の短い箸を持って、スクランブルエッグに手を伸ばす。おいしそうだったが、思いの外箸では取りづらくて苦戦していると、雅人が台所からスプーンを持ってきた。
「ごめんごめん、食べにくかったよな。ほい、スプーン」
雅人からスプーンを受け取ると、やっとの思いでスクランブルエッグを頬張る。
「…おいひい」
「さんきゅー」
とりあえず急ぎの腹の減りは解消され、愛華は先程の疑問を口にする。
「今日、れんじとしゅーじは」
「あー、組長は、上の人と酒飲みに行ったよ。嫌そうだったけどな。秀二は、この前の愛華ちゃんの歓迎会でだいぶ物を消費したから、ちょっと遠くのデパートに買い出しに」
だから何かあったら今日は俺に言ってな、と雅人は笑った。うん、と愛華は頷く。蓮次と秀二がいないのは残念だが、雅人がいたらきっと楽しいだろう、と。
雅人は愛華より先に朝食を食べ終えると、愛華が食べ終わるのを、話しかけながら待っていた。
「愛華ちゃん卵好きなんだ?」
「すき」
「秀二に言っとくわ」
「ありがと」
「水色も好きなんだっけ?」
「すき」
「水色の食器でも買いに行くかなー」
他愛もない話をしながら、愛華は遅れて食べ終わった。綺麗に空になった食器を、雅人が重ねて台所に持っていく。持っていくだけ持っていって帰ってきたので、愛華は首を傾げる。
「…あらわないの?」
「あー、いいんだよ。秀二にやらしとけ、下手にやったらあいつ怒るから」
「しゅーじ、怖い?」
「そりゃもう怖いのなんの。組長より怖いな、ありゃ」
そう言って雅人は、元からつり目気味な目を指でつり上げると、愛華に向かって、がおー、と怒った風に見せた。その顔が面白くて、愛華は笑う。それに満足げにした雅人は、話を変えた。
「愛華ちゃん、今日どーする?どっか出かけるか?」
そう言われて、愛華は考える。自分は今どこか行きたいところはあるだろうか。そう考えて閃く。
「あのね」
「うん?」
「こう、腕とかに、くるくるって」
「ブレスレット?」
「んーん、ひも、みたいな」
雅人は少し考えると、あ、と声を上げた。
「ミサンガだ?」
「それ」
愛華は顔を輝かせる。ずっと、欲しいと思っていたものだった。
「んー、でもあれは売ってないかもなあ。作るもんだし」
そうなのか、と、そのことを知らなかった愛華はショックを受けた。しゅんとした愛華の様子を見て、雅人が提案する。
「…じゃ、一緒に作るか!」
愛華は、パッと顔を上げる。その嬉しそうな顔を見て、雅人も微笑んだ。
「誰に作んの?組長?」
雅人のその問いに、愛華は首を振った。そして、細い指を四本立てて、雅人に見せる。
「れんじのと、私のと、しゅーじのと、まさと、の」
雅人は内心、驚いた。自分のも作ってくれるのか、と。そして少し、悩む。愛華はきっと、蓮次と秀二には内緒にして作りたいのだろう。二人は今日の夜には帰ってくる。それまでに出来るだろうか、と。
そして、考えるより先に行動!と、結論付けた。
「…そうと決まれば、行くか!材料買いに!」
「いく!」
***
材料は、案外簡単に見つかった。ミサンガ用の紐なんていうのもあり、選ぶのは、色だけだった。
「簡単なミサンガだったら、二色とかで作るよな。何色にすんの?」
愛華はじっくりと紐を見て、私は、と声を出す。
「私は、水色と、白がいい」
やっぱり、と雅人は、微笑ましく思う。そこで、閃いた。
「愛華ちゃん、どうせならみんなでお揃いっぽく、白は固定で後の色を別にするか?」
雅人の提案に、愛華は顔を輝かせた。お揃い、という響きが、輝きをまとって聞こえる。白い紐を、四人分取った。
悩んだ結果愛華は、蓮次は赤、秀二は青、雅人は緑とした。
「おっ、俺緑好きだぜー」
雅人は嬉しそうにそれらを受け取ると、会計に持っていった。愛華と雅人が仲良さげに話しているのを見ていたのか、パッと見柄の悪い雅人も、怪しまれることはなかった。
早速帰って作るか、ということになり、雅人と愛華は店を出て組に向かう。組から店までは十分くらいだったので、そこまで時間はかからなかった。
組に着いて応接室に行くと、早速ミサンガ製作セットを机に広げた。初めて挑戦することが楽しみなのか、愛華はそわそわとしている。
「これが説明書か。簡単そうだぜ、愛華ちゃん」
「ん」
説明書の読めない漢字などを雅人に読んでもらい、それを聞く限り、愛華にもなんとかできそうだった。
愛華のミサンガは、雅人が作ることにした。残りの三人分を愛華が夜までに作れるかは賭けだったので、どうしても間に合いそうになかったら、雅人が手伝う手筈だ。
雅人に説明を受けながら、愛華は黙々と作業を進める。まともな形にはなりそうだった。説明しながら雅人も自分の手を進め、愛華のミサンガは完成した。上出来だなあ、と自画自賛する。愛華の手元を見ると、一番最初に手に取った赤の、蓮次のミサンガがもう少しで完成するところだった。この調子だと、夜までに完成しそうだった。
そこからも助言されながら愛華が手を進めていると、あっという間に時間が経っていた。最後の雅人のミサンガが完成するのとほとんど同時に、がちゃ、と応接室の扉が開く。入ってきたのは、秀二だった。愛華は思わず、手元のミサンガたちを隠す。
「おっ、おかえりー、秀二」
「お、おかえり」
「…?」
少しよそよそしい愛華の様子に気付いたのか、秀二は愛華に声をかけた。
「…どうした。何か隠したか?」
ちょっと固まった愛華を見て、見かねた雅人が秀二を咎める。
「もーお前顔怖いんだよ」
「なっ…別に俺は普通の…!」
雅人と秀二が喧嘩になってしまったと勘違いした愛華は、慌てて秀二に声をかけた。
「こ、これ」
焦った愛華の様子に、何事か、と秀二が目を向ける。愛華が秀二に差し出しているのは、青と白の二色のミサンガだった。
「…ミサンガ?」
「み、みんなで」
おそろい、と細々とした声で言う愛華を、雅人は見つめ、秀二に目配せする。お前にだよ、と。
「…あぁ、ありがとう」
「あしくび」
「足首」
「みんな、いっしょに」
つけるのか、と理解し、秀二はひとまず受け取って、後でつけようと思ってポケットに仕舞いかけたが、愛華の視線に気付き、靴と靴下を脱いでつける。
秀二がつけたのを見てほっとした愛華は、次に雅人にもミサンガを渡す。緑と白の二色だ。
「さんきゅーなー」
雅人はそう言うと、一回りサイズの小さい、水色と白の二色のミサンガを愛華に渡す。愛華は目を輝かせた。
「たーだいまー」
そこで、聞き覚えのある、気だるげな声が聞こえた。少しして、応接室の扉が開く。蓮次が帰ってきたのだ。
「おー組長ナイスタイミング!」
「遅いですよ組長」
「疲れて帰ってきた組長に遅いとは何だ」
蓮次が秀二を睨む。どこ吹く風という顔をした秀二に舌打ちをした蓮次は、愛華に目を向けた。
「良い子にしてたかー?愛華」
うん、といつもの反応が帰ってこなかったのが気になり、蓮次は愛華の顔色を見る。
「どした?腹減ったのか」
雅人と秀二が、組長の馬鹿、組長のあほ、空気読めカス、と心の中で罵倒する。秀二に関しては、完全に自分のことは棚に上げていた。
そして愛華はやっと、赤と白の二色のミサンガをずいっと蓮次に差し出した。
「お?何だこれ、俺にか?」
「み、みんな、足に」
蓮次は愛華が持っているもう一つの水色のミサンガをちらりと見たあと、秀二と雅人にも目をやった。勢いよく中指を立てられる。なるほど、俺が悪かった。
「お揃いか?よく考えたなあ」
そう言い、ミサンガを受け取って足首につけた。正直、こんな物騒な男たちがミサンガをつけているのは滑稽だったが、誰もそこは口に出さない。愛華が初めて自分たちにくれたものだったからだ。
多少の恥ずかしさもあるが、それも愛華の嬉しそうな顔に消されるのだった。