第293話 遠き世界に思いを馳せて
帰りのSHR。
美那はすぐ前に座る秋穂の背中をじっと見ていた。
(ずっと見てるけど、本当に見えないや)
朝、誠夜に渡されて目の前の背中に貼り付けた悪霊退散(誠夜談)の護符。一度貼ってしまえば見えなくなると言う彼の言葉を信じていた。
だがそれは貼った直後に燃え尽きてしまってそこには無いのだから見える筈もない。それを美那が知る由はないのだが。
(浅陽や誠夜クンみたいに霊能系の【顕現者】じゃなきゃ見えないのかな。でも……)
席の関係上一日中見ていて気づいたことがあった。
(まだうっすらと靄がかかったように見えるのは、護符が拮抗しているってことなのかな? それとも効いてないのかな?)
その判断は彼女には難しかった(既に無いので判断も何もないのだが)。
【念晶者】でしかも〈星刃〉を覚醒させた美那だが、特段霊力だとか魔力だとかいった〝力〟を持っているわけでもないし、使ったこともない。
あるとすれば〈星刃〉自体が持つ〝力〟か、〈氣〉くらいなものだろう。
〈氣〉といっても光る波動的な衝撃波を放てたりするわけではない。身体強化や打撃のインパクトの瞬間にその威力を倍増させたり出来る程度だ。無論それは覚醒装束〈レイディアント・ハート〉を纏っている時であり、通常時は身体強化がせいぜいだ。
(誠夜クンを見かけたら訊いてみよっかな)
そうこうしているうちにいつの間にかSHRは終わっていて、秋穂が鞄を持って立ち上がった。
「秋穂。今日もこれからバイト?」
「うん。そうだけど。何か用事でもあった?」
「夢見が悪かったって今朝言ってたじゃん? そのせいか今日一日顔色が少し優れない気がしたからさ」
すると秋穂は苦笑いを浮かべた。
「心配してくれてありがと。でももうどんな夢だったかも忘れちゃったし。何か嫌な内容だったな~ってことくらいで」
「そっか」
美那も鞄を持って立ち上がる。
「じゃあお店までボクが送っていくよ」
「送ってくってすぐそこだよ」
秋穂の顔がおかしそうに綻んだ。
学院地下の【異能研】本部管制室。
現在、オペレーターは全員出払っていて、ぽつんとただ一人───七波奏観がコンソールに向かっていた。
絶賛行方不明中のミシェルを捜すためであり、同時に姿を隠すためでもあった。
七波奏観はその特殊すぎる〝眼〟を持つために黒仮面に命を狙われ、暗殺の憂き目にあった。策を弄して暗殺は免れることが出来、尚且つ七波奏観は死んだように思わせることに成功した。……と思われる。
それ以降黒仮面からの接触が無いので思惑通りの結果になったと思ってよかった。なので出来るだけ人目につかないように、彼女は現在本部内で生活していた。
本部は生活環境も整っていて主要スタッフも常駐しているので何の問題もない。
「……見つからない」
奏観の能力はその特殊な〝眼〟だけではない。情報処理に関しても常人の域を超えている。その能力で監視カメラの映像から目撃情報までつぶさに眼を通している。その傍らで監視カメラを通して朝の挨拶運動を見ていたし、画面越しに授業も受けていた。
その奏観をもってしても痕跡一つ見つけられないでいる。
「ここまで見つけられないとなるとやはり……」
思い当たるのはただ一カ所。
黒仮面達の領域と呼ばれる異空間。現実空間と瓜二つだが生き物の存在しない空間。そして赤い月明かりが降り注ぎ、呪力魔力といった〝力〟や生命力を奪っていく場所だと奏観は聞いていた。
「ミシェルさんの部屋を直接見せてもらえれば何か掴めるかもしれないけど……」
身の安全のためとは言え、外出を制限されている現状ではそれも難しい。
「例の空間をこの眼で視ることが出来たなら……」
もし視ることが出来たなら、今後浅陽の役に立てるかもしれない。そう思い決意する。
「……やってみるか」
目を瞑ると深く息を吸って、肺の中の空気を全部出し切るつもりで息を吐く。
目に意識を集中し、いざ開こうとしたその時───、
『お待ちなさい』
不意に声がした。
「え?」
集中は霧散して閉じていた目を開く。そして自分以外誰もいないはずの管制室を見回す。
やはり誰もいない。
「今のは……?」
ふと、視界に白いモノが映った。
ぼんやりしていたソレを彼女の〝眼〟が捉える。
「だれっ?!」
管制室の入り口から奏観の方に歩いてくるそれは、白いローブを羽織り、目深にフードを被っている。その手には背丈と同じくらいの錫杖を持っている。
「陰界は現世とは隔絶された空間。並行世界よりも遥か遠い世界」
澄んだ綺麗な声から白ローブの人物が女性というのが分かる。
「それでいて現世のすぐ裏側に存在する特殊な場所です。いくら貴女のその〝眼〟が擬似的な千里眼であっても、無理にあの場所を視ようとすれば神経が焼き切れて失明してしまうでしょう」
やがて彼女は奏観が手を伸ばせば届きそうな位置までやってきた。すると口許とフードの奥に光る金色の二つの光が見えた。
(何モノ? 敵意の類は感じられないけど……)
「貴女がたを害するつもりはありません」
(心を読まれた?)
白ローブの口許が緩やかな曲線を描くと、錫杖の先端を奏観の眼前に翳した。
「え?」
びくりとする奏観。
「視せてあげましょう。陰界で今、何が起きているかを」
言うや否や、錫杖の先端についている複数の輪っかが動き出し、しゃん、しゃんと音を響かせる。やがて奏観の目の位置で輪っかが動きを止めると、奏観の意識はその輪っかに吸い込まれるようにして途絶え、気づくと赤い月明かりの降り注ぐ学院にいた。
「これは───」
そこには三人の黒仮面と戦っている銀髪の捜し人の姿があった。
つづく




