第275話 鳥瞰
昨晩のことである。
強大な妖気を感じ取った明羽凌牙は、その正体を確認するために霧園山上空にいた。
「あれは一体……?」
そして件の火球を追いかけようとしたその時、足下の広域一帯に突如出現した多数の妖しい気配に気づいた。
「これは……負の感情か?」
山全体を俯瞰して、ほぼ全域に負の感情が人間大の姿を取っているのが確認出来た。
「ん……?」
ふと山頂付近が気になった。
見渡す限りの山林だ。
「……なるほど。上空からは見えないように隠蔽されているのか。ということはあそこがこの山の〝禁足地〟か」
優希人達のいた世界の知識として彼もその地の存在は知っていた。
「どうやらあの一帯には負の影は出現していないようだが……」
それも時間の問題だろうと降下していく。
彼の記憶が正しいなら、そこに結界の要石があることになっている。そしてその目印たる巨石が視界に入ってきた。
「ふむ。どうやらこちらではまだ無事のようだな。……ん?」
〝禁足地〟に侵入してくる者を見つけた。
「リリィ? それにあれは氷の〝星剣使い〟の……たしかミシェルと言ったか」
木々の間から抜け出して来たところを見て、山の中では不利とみて開けた場所へ出てきたのだろうと予想した。
〝禁足地〟のすぐ外側に群がった負の影が、彼の予想が当たっていたことを示している。
その間にも眼下の二人は要石のある泉へと近づいていく。
「何をしているんだアイツらは。負の影を撃退するためにこの山に来たのではないのか?」
〝禁足地〟というのは基本的に立ち入っていい場所ではないことも、地域によって細かな決まり事や罰則などが存在する場合があることも彼は知っている。そしてそれはリリィとて知っていて当然である。
「アイツがワケもなく禁忌に触れることはしないだろうが……」
それでも理由を訊こうと降下しはじめたその時、一瞬だけだが、脱力感のようなモノを覚えて数メートル落下した。
「───っ!?」
何とか体勢を立て直して宙で止まることが出来た。
「なんだ今のは……?」
辺りの気配を探ろうとしたが、山全体を覆うように負の感情が渦巻いているのでうまく感じ取れない。
「ジャミングでもされているかのようだ」
その効果とも言うべきモノが彼に眼に映った。
「結界が弱まっている……だと?」
要石を中心とした一帯の結界が到着した時よりも効果が減衰しているのを確認した。同時に負の影達が〝禁足地〟に続々と踏み入れているのも見えた。
「このままでは───!」
〝禁足地〟どころか要石が汚染されてしまう可能性がある。それはつまりこの島の結界の一角が崩壊して、結界の効力が半減してしまうことを意味している。
そこへ泉のほとりから光が放たれた。
それがリリィによる浄化の光であることは凌牙にも分かった。
だが直後、
「あれはなんだ……?」
リリィ達がいる辺りを中心として、黒い渦巻き状の魔方陣のような巨大な円が顕れた。
「───っ!?」
それに戦慄を覚えた凌牙は即座に、全速力で遥か高くまで上昇した。その最中にリリィの放った浄化の光が黒い渦巻きに吸い込まれるようにして消えたのを見た。
「なんだというんだ、今のは……」
一息ついたのも束の間、地面に強く引きつけられるような感覚があった。
「重力───。それも尋常ではないほどのっ!」
眼下では重圧で二人が地面に這いつくばっているのが見える。
「リリィッ!!」
二人を助けようと急降下しようとした瞬間、巨大な渦巻き状の魔方陣が何者かによって両断された。
「今のは……美那か!」
星の〈星刃〉である〈アストライヤー〉に覚醒した明星美那。剣ではなく拳に宿るという極めて異例な話ではあるが、その手刀が放つ斬撃は意図したあらゆるモノを断つ。
その斬撃によって魔方陣が断たれたことで異常な重力は消え去った。
そこへ二人へ近寄る光が見えた。
「緋織か」
二人の救援に妹が駆けつけたのを見て安心した凌牙は、上空から霧園山を含む島全体に眼を凝らす。〝追放天使〟である彼の視力はヒトの域を遥かに凌ぐ。それは人工衛星からの動画・静止画をも軽く凌駕する。
「あの強大な妖気と言い、正体不明の魔方陣と言い、一体何が起きているんだ」
発端である強大な妖気は既に感じられなくなっている。妖しい気配は今や霧園山周辺に集中していた。
「……ん?」
その山の中に、要石に群がっていくような負の影とは別に、〝禁足地〟から離れていく二つの個体があった。
「あれは……?」
そのうちの一つ赤い個体は美那が追跡しているのが見えた。だが、紫の方は追跡している気配はない。
「何をしているんだ、アイツらは───」
そのまま上空から紫の個体を追跡すると、やがて神社の境内までやってきた。そしてそこに不自然に存在する黒い点があった。
「あれはヒト……なのか?」
黒い点は点ではなく、漆黒のローブのような何かを頭から被った人影のようだった。その人影に溶け込むようにして紫の個体は消えた。
「アイツが首謀者か!」
と次の瞬間、人影がわずかに動いた。
「なん……だと───!?」
彼の気のせいでなければたった今、目が合った。
そしてそれが事実であることを決定づけるかのように、人影の口元が吊り上がるのを凌牙はその目で確かに見た。
「なっ───」
その人影は凌牙が動き出すよりも前に、夜の闇に同化して消えた。それと同時に山中に蔓延っていた負の影も一つ残らず姿を消した。
つづく




