第266話 コイバナ的ななにか
長い黒髪の女性と目が合う美那。
「緋織さん!」
美那が手を振ると緋織と呼ばれた女性が手を振り返した。
やがて注文を終えた二人が美那達の方へやってきた。
「ごきげんよう、二人とも」
二人組のもう一人、クチナシ色の長い髪をしたリリィ・フェニックスが挨拶をした。
「さきほどアリシアの名前が聞こえたようですが……」
『アリシア・エレノア・シンクレア』の名が挙がった時は彼女らはまだ店に姿を見せていなかった。リリィの正体は天使なのに地獄耳なんだなと美那は心の中でツッコんだ。
「彼女なら重要なミッションの最中かと思いますよ」
「重要ミッション? 【聖槍降魔聖省】のということよね?」
ミシェルが訊ねた。
「重要と言っても隠し立てするほどのことではありません。最近耳にしたとある宗派が信徒を急激に増やしているらしいので、その実態を確認するといういつもの任務です」
「それって騎士の役目なの?」
「宗派は様々な思想がありますが、基本的には神の子である救世主と彼の起こしたいくつもの奇蹟、そして父なる神を拠り所としています。それが世界で最も信者数の多いメイシア教です。しかしかつては世界を創造したのは父なる神ではなく悪が創造したという宗派もありました」
「いわゆる〝異端〟というやつよ。アルビジョア十字軍とかあの〝セカイシ〟とかいう授業でやらなかったかしら?」
「う~ん、どうだろ。聞いたことがあるような無いような……」
美那が首を傾げる。
「異端や異教というのは反抗されるモノが多いと聞きます。異端で分かりづらければ〝カルト〟と言えば伝わるでしょうか」
「あ、それはわかるかも」
「調査対象が狂信的で悪しき集団である場合、犯罪行為もいとわないことも少なくありません。その為の護衛というわけです」
「へぇ。メイシア教って大変なんだねぇ」
美那はまるで他人事のようだ。
「ところで、リリィ」
ミシェルは真剣な顔をしている。
「なんでしょう?」
「あなた、いつまでこの国にいるのかしら?」
「私に何か頼みごとでもあるのですか?」
ミシェルの表情から何か真剣な相談事だと彼女は思った。
「そうではなくて。アリシアは任務に就いているのに、アナタは暇なのかなと」
「べ、別に暇というわけでは……」
「ダメだよ、ミシェル。野暮なこと言っちゃ」
リリィの見て美那はにやにやしている。
「ヤボ? アナタはリリィが滞在し続けている理由を知っているの?」
「わからない?」
「ええ」
即答するミシェルに美那は溜め息を吐いた。
「もう、そんなの凌牙さんがいるからに決まってるじゃん」
「はい?」
疑わしい眼差しのミシェル。
「この間二人が再会するまでにどれくらいの年月があったかはボクだって知らないよ。でも相当な長さだったんじゃないかな。それこそボクらの人生より遥かに長いくらいに。だったら再会したのならそばにいたいと思うんだよね」
【聖槍降魔聖省】の話題の時には言葉少なだった美那が急に饒舌になった。
「その上、凌牙さんは何も言わずにある日突然消えたっていうじゃん。そんなの心配するし気になるし、見つけたらやっぱり離さないんじゃないかな。ボクだって優希人と離れたくなかったから、傍にいたいから、気持ちとってもわかる」
「そうですよ。せめて一言……ううん、書き置きくらいしてくれてたっていいじゃな……───はっ!?」
リリィは唐突に我に返って顔を真っ赤にして俯いた。
「……ぷっ」
思わず噴き出したのは緋織だった。
「緋織?!」
「ご……ごめんなさい、リリィ。貴女があまりに可愛……いえ、健気だったモノですから」
「そう言いつつにやけていますが?」
ジト~っと緋織を睨むリリィ。
「だって……貴女のそんな慌てた姿、ぷっ、み、見たことなかったもので。……ふふ」
「もう!」
はぁと溜め息を吐いたのはミシェル。
「ワタシは別に責めているわけではないし、何か特別な理由でもあるのかと思っていたから少し拍子抜けしただけよ。そもそもそういうのはしたい人間が……」
ふと目の前に座る二人が人間ではないことを思い出す。
「……したい天使がすればいいのだから」
「ミシェルにはそういう人いないの?」
「いないわね」
即答した。
「どうなんです、リリィさん?」
美那は標的を変えた。
「……私の知る限りでは見たことはありませんね。ただ私の下にいた期間は極めて短いですが」
「そんなことを知ってどうするの?」
「どうするって、別にどうもしないよ。気になるだけ」
「アナタにはユキトがいるのだから他人のそういうのは別に気にする必要ないでしょう」
「そういうことじゃないんだけどなぁ」
美那は口を尖らせる。
「仕方ありませんよ、美那さん。ミシェルは他を犠牲にしてでも達成したい目的があるようですから」
「他を犠牲にしてでも……?」
違和感を抱きつつも隣に座るミシェルを見るが、彼女からは何も無い。いつもと変わらず優雅に紅茶を口にする。
「……リリィ」
ティーカップを音を立てずにソーサーに置く。
「今度はなんですか?」
「時間があるなら、後でちょっと付き合ってほしいのだけど」
「それは構いませんが。先程は何も無いようなことを……」
「今思いついたのよ」
「そうですか。それで一体何を……?」
「後で連絡するわ」
「分かりました。連絡を待ってます」
その後、すぐにリリィ達の注文したモノを優希人が持ってきて、ごく普通の話題に花を咲かせた。
つづく




