第245話 孝行娘の困惑
辻川麻衣は困惑していた。
朝早くに恭香に呼ばれて、通された恭香宅の大広間。その隅っこにちょこんと座っている。
この部屋は龍神祭についての会議を行う場所であり、当日の本部を兼ねている部屋だ。
そういうこともあって彼女もよく知っている場所である。
しかし、今年の祭も終わったばかりで、来年の祭について話し合いを行うには早すぎるこの時期に、呼ばれた理由が分からない。
(私、ここにいていいのかな……?)
むしろそう思いすらする。
隣に座る恭香も似たような心境なのだろうことは表情から察する事が出来る。
しかしそれも、その場に集められた面々を見ればそう思ってしまうのも仕方のないことだ。
まず上座に座るのが恭香が『茉莉様』と呼ぶ恭香とよく似た若い女性。似ているが姉妹や親戚とは少し異なると恭香から聞いたことがある。
(でも、なんか懐かしい感じがするのはなんでだろう……?)
その左隣には慧太郎の母親で占い師の薄雲星明が、逆隣には雄々しい髭の老人が座っている。
(あ、あのお爺さん。よく見たら食堂の常連さんだ)
その老人と目が合うと、麻衣は小さく頭を下げた。
すると老人の口元を綻ばせた。
「麻衣?」
恭香が小声で話しかける。
「あのお爺さん、うちの常連さんなの」
「そうなんだ」
意外そうな声をあげる。
「そんなに意外?」
「意外っちゃあ意外かな」
恭香は老人が何者か一応知っているようだ。
その老人の隣から直角に折れ曲がって、緋野士郎、織村由梨、そして恭香と来て麻衣の順になっている。
(少なくとも来年のお祭りの話じゃなさそうだけど……)
そんなことを思っていると、麻衣達が座っている正面、縁側に面した廊下をドタドタと歩いてくる複数の足音が聞こえてきた。
やがて足音は部屋の前までやってきて止まると同時に障子が開いた。
「ほら、兄様」
木ノ花風花を先頭に、
「あたたたた……」
薄雲慧太郎が左の耳を押さえながら続き、
「だいじょぶか、そーすけ」
凛、そして水薙浅陽が入ってきて、麻衣達の列の正面に入ってきた順に座った。
「これで全員揃いましたか」
茉莉が口を開く。
(これで全員?)
麻衣はその場に揃った顔を隣の恭香から順に見ていく。
恭香は何やら口元をひくひくと引きつらせている。
その目線を追って麻衣は納得した。
(慧ちゃん……)
そしてあちゃーと額に手を当てる。
「ところで叢くん、その耳はどうしたの?」
「いや、ちょっと……」
慧太郎が隣の風花をちらっと見ると、その風花はぷいっと慧太郎とは逆の方を向いた。
(まったく相変わらずよね…………ん?)
不意に麻衣の思考が停止する。
(相変わらずってなに?)
疑問に思っていると、今度は正面から視線を感じた。
そちらを向くと浅陽がジッと麻衣を見つめていた。
(水薙のお嬢様……? ううん。なんだろう。私を見てるのはお嬢様なんだけど、お嬢様じゃないような気がする)
既視感にも似た不思議な感覚に、辻川麻衣は困惑していた。
「さて、集まってもらったのは他でもありません。星明が重大な未来を視たようなので皆さんをお呼びしました」
「あの、茉莉様」
恭香が手を挙げる。
「なんですか、恭香さん」
「この場に居る人間に共通点が見られない気がするんですけど、私や麻衣にも関係することなんでしょうか?」
「はい」
茉莉は即答した。
「厳密に言わせて貰えば、貴女とこの星明だけは直接関係はありません」
「私と星明だけ? 麻衣も関係あるということなんですか?」
「その通りです」
恭香は麻衣の顔を見るが、麻衣も分からないようで首を傾げる。
「茉莉様。一応あたしも直接関係は無いんですけど」
浅陽が軽く手を挙げて言った。
「そうでしたね。まあ、貴女の場合は特殊ですから」
「慧太郎も……関係あるの?」
「うん」
恭香の問いかけに慧太郎が答える。
「恭香さん。これは、八十年前の因縁に決着をつける為の集まりです」
「八十年前の因縁……。それってまさか……」
八十年前に霧ヶ浜で起こったことと言えば、この地で生まれ育った者なら知らない者はいない程の、歴史の教科書にも載っている出来事。
「八十年前の災厄。その再来が迫っています」
「災厄の再来……?」
茉莉が頷く。
「恭香。信じられないかもしれないけど、ここに居る大半の人間が、当時の人間の生まれ変わりなんだよ」
「生まれ変わり……?」
とても信じられないといった表情をしている。
「け、慧太郎でもそんな冗談言うんだ」
「本当に冗談を言える雰囲気だと思うのかい?」
幼馴染である恭香には、慧太郎の些細な変化にも気づいていた。だがそれが前世の記憶が蘇ったからなどと思うはずもなかった。
「前世とか生まれ変わりとか本当にあるわけ?」
「恭香さん」
声をかけたのは浅陽だ。
「この世界にはあたし達みたいな【顕現者】とか【念晶者】とかいった異能を扱う者達がいますよね。あたし達が使う〝力〟も信じられませんか?」
「そんなことないけど……。私だって一応次代の〝龍宮の巫女〟って言われてるんだし?」
自覚が薄いのか疑問系になる恭香。
龍宮の娘には代々、魔を祓う〝力〟があり、それを巫女舞に乗せこの地を悪しきモノから守る役目がある。
「もちろん恭香さんは〝龍宮の巫女〟に相違ありませんし、その〝力〟は既に私よりも上です」
「あ、ありがとうございます」
恭香は頰を赤らめた。
「言ってしまえばあたしの〝力〟も恭香先輩の〝力〟も不思議な〝力〟。だったら輪廻転生だってあってもおかしくないと思いますよ」
浅陽は自分の内側から聞こえた「少々強引すぎやしないか?」という声をスルー。
「そうじゃな」
口を開いたのは立派な髭の老人、谷曇宗十郎だ。
「儂は生まれ変わりではなく、言わば当時の生き証人じゃ。そんな儂から見て確かに昔の皆様の気配や息遣いを感じる。まったく別の顔、別の声なのに、表情や仕草に懐かしさを感じる。縁を感じるのじゃ」
「えにし、ですか……」
「そうですね。自分で言うのもなんですが、年甲斐もなくはしゃいでしまう自分がいるのです」
「茉莉様……」
「年甲斐もなくとか言うけど、あの頃とまったく変わってないから僕らからしたら驚き以外の何もないよ。ねえ、風花」
慧太郎は隣の風花に振る。
「本当です。あの頃と変わらずお美しいままなんてビックリしました」
彼らの会話がごく自然で違和感なく交わされているのを見た恭香は、彼らが芝居をしていたり嘘を吐いているようには見えなかった。
「納得していただけましたか?」
恭香の心境を見透かしたかのように茉莉が声をかける。
「そう……ですね。そう考えた方が自然な気がしてきました」
(ということは、私も八十年前の誰かの生まれ変わり……なんだ)
麻衣の脳裏に、浅陽に似た少女の顔が浮かんだ。
(え……?)
思わず浅陽を見る。
するとそれに気づいた浅陽は目が合うと、不敵な笑みを返した。
つづく




