第218話 懐かしき庭
気づけば暗闇の中にいた。
暗闇では曖昧になりがちな上下の感覚はしっかりあり、まるで恐れる必要がない事を分かっているかのように足を踏み出す。
だからこれは夢なんだなと思った。
私は歩き続ける。
行けども行けども続く闇。
ふと声が聞こえてきたので足を止めた。
「あなた様のおかげで彼奴がまだあの場所にいることがわかりました」
男とも女とも取れる不気味な声だった。
「───、───」
あなた様と呼ばれた方は何かを言っているような雰囲気はあったが、聞き取ることは出来ない。
「順調にすすんでおります」
「─────────、──────」
「彼の者は〝力〟を失い、邪魔にすらならない筈でした。使いの者も手筈通りに計画を進めていたのです。それが……」
「─────────、───」
〝あなた様〟の言葉(?)に圧力が篭る。闇に重さがついたかのように全身にのし掛かる。
「はっ……」
声の主も見えない圧力に屈しているようだった。
「──────。───」
「あの刃、やはりあなた様の……?」
「───。────────────」
「あれのおかげで私は、長い眠りを必要としました」
「─────────」
「……ッ、おっしゃる通りでございます」
あなた様の躊躇ない言葉に男は歯噛みする。と思えば、
「──────。───」
「は、ははぁっ」
有り難い言葉を賜って平伏するような声がした。
「……───」
不意に背筋に冷たいモノが走る。
「なんでございましょう?」
「─────────」
「え───?」
それは声の主のものだったのか、それとも自分自身のものだったのか。
そんな疑問は、不意に声の主の姿が目の前に現れたせいで、何処かへ吹き飛んでしまった。
(遼子先ぱ───!?)
怪しく瞳を光らせる谷曇遼子のその姿に、織村由梨は戦いた。
「い───ッ!?」
織村由梨は投石機もかくやという勢いでベッドから起き上がった。
おかげで軽いめまいを起こしたがまもなく治った。
「今のは夢…………?」
それにしては、やけに生々しかった。
「夢……だよね……」
そうであってほしいと織村由梨は思うばかりだった。
「不思議なものだな……」
太陽が真南に差し掛かる少し前。
水薙家の門の前に立った慧太郎がそう呟いた。
「何が不思議なの、叢くん?」
既に門を潜っていた龍宮茉莉が振り返った。
「ちょっと前まではこの辺りを通っても何の感慨も湧かなかったのに、今こうしてここに立つと懐かしさがこみ上げてきてさ」
茉莉ははにかむと慧太郎に手を差し伸べた。
「おかえり、叢くん」
一瞬キョトンとした慧太郎だが、すぐに照れくさそうな笑みを浮かべると茉莉の手を取った。
「……ただいま」
そのまま手を引かれ水薙家の門を潜る。
「とは言っても、僕の家はもう少し先にあるけどね」
「でも帰ってきたって実感はあるでしょ? まあ、私からすれば心からの『おかえり』なんだけどね」
「まつり姉さん……」
「それにやり残したこともあったんじゃない?」
「うん。そうだね」
「慧?」
そこへ慧太郎の母である薄雲星明がやってきた。
「ご苦労様です、星明」
茉莉が声をかけたにも拘らず、星明は慧太郎を見つめたまま返事をしない。
「母さん?」
慧太郎に呼ばれ星明はハッと我に返った。
「僕の顔に何かついてる?」
「そういうわけじゃないけど。……あんた、本当に慧?」
「愛する息子の顔を見忘れたの?」
「毎日見てるんだ。忘れるわけないさね」
(愛するというところはツッコまないのですね)
茉莉は心の中で呟いた。
「じゃあ、どういうことさ」
「占いを生業とする【顕現者】の観点から言わせてもらうと、あんたを包み込むオーラがいつもと違うからあんたに思えなかったのよ」
「……あぁ」
もちろんそれには心当たりがあった。
「ちょっとワケありでね」
「ふ〜ん。で、そのワケというのは、それも関係してるのかい?」
そう言って星明が見た先には、繋がれたままの慧太郎と茉莉の手があった。
「ッ!?」
恥ずかしくなった慧太郎はサッと手を離した。
「もう、恥ずかしがることないのに」
「茉莉さま?!」
普段あまり見ることのない見た目相応の仕草に星明は思わず声をあげた。
「と、とにかく、凛を迎えにきたんだ」
そう言って歩き出す慧太郎。
「あ、ちょっと慧、凛ちゃんなら……」
「儀式の間だよね」
「え……?」
戸惑いを見せる星明。
「ほら、星明。置いていきますよ」
茉莉が星明の肩に手を置いた。
「あ、は、はい」
二人は並んで、慧太郎の後ろについて歩き出した。
しばし無言で歩く三人。
ふと星明は慧太郎の足取りに迷いがないことに気づいた。
「慧。あんた水薙家に来たことあったっけ? それだけじゃなくて儀式の間なんて、あんたよく知ってたわね」
「まあ……ね」
慧太郎は苦笑いを浮かべた。
つづく




