第211話 当事者達
───一月十四日 木曜日───
「はぁっ?!」
浅陽は驚いた。
大きな声が【龍宮神社】の境内に響く。
『ちょっと、電話口で大きな声を出さないでくれるかしら』
携帯端末の向こうからは静かな抗議が返ってきた。
「なにそれっ?!」
『なにそれも何も、事実よ』
電話の相手───ミシェル・J・リンクスは淡々といつもと同じ様子で喋る。
『それに───』
「え……?」
浅陽は耳を疑った。
「ちょっ、それ───」
『事実よ』
遮るようにミシェルは言う。
『今はもう何処かしらへ消えてしまったけれど』
「……そっか」
『それじゃあ、眠いから切るわよ』
「眠いって、まさか今から寝るの?」
現在時刻は午前八時を回ったところだ。
『昨夜のこともあって許可は出てるのよ』
「ずるいっ! こっちだって大変だったのに……、あ、ちょっと?」
通話は既に切れていた。
「……それほどあっちが大変だったってことか」
浅陽は御神木に寄りかかって、ミシェルが言っていたことを思い出す。
昨晩、霧ヶ浜で浅陽が対処した事件と同時に起こったであろう久遠舘での事件。
霧ヶ浜から数十キロ離れた場所にも拘らず強大な妖気が感じられたことからも、ミシェル《《達》》が遭遇した敵がいかに強大だったことが伺えた。
「まあ、こっちも授業を休まざるを得ないみたいだけどね」
浅陽は携帯端末をポケットにしまうと、母屋の方を見た。
昨夜。
浅陽の潜在意識に眠る少女───水薙咲夜が施した催眠術のようなモノで眠りに就いた薄雲慧太郎という少年。
その少年の傍らには、浅陽の護衛対象である木ノ花風花が片時も離れずに少年の目覚めを待っていて、動こうとしない。
つまりその彼女を護衛している浅陽も【龍宮神社】を離れるわけにはいかない。
「でも、そっか……」
浅陽の口元が綻ぶ。
思ってもいなかった報告に心が浮き立った。
『気持ちは分からなくはないが、浮き足立つなよ』
何処からともなく声が聞こえる。
「すみません、咲夜様」
それは浅陽の潜在意識に存在すると思われていた少女、水薙咲夜の声だ。
『何度も言うようだが、〝様〟付けは勘弁してくれ。むず痒くて仕方がない』
昨晩浅陽が聞かされたのは、八十年前の災厄の発端となった出来事。
それによれば、正確には浅陽の潜在意識にいるのではなく、〈焔結〉の中にいるという事が判った。
「そうおっしゃるならそうしますけど……」
『その言葉遣いもだ。今まで通りで構わん』
「わかりま、……わかった、咲夜」
『それでいい。たしかに私も久遠舘の様子は気になるが今はこちらに集中したい。これは私達がカタをつけねばならぬ問題だからな。それに、もしかしたら彼女なら、あの黒い念結晶の事を何か知っているかもしれん』
「彼女……?」
『レインだ』
レイン・アンネリーゼ・エーベルヴァイン。
可憐な少女の姿をした、数百年を生きるという【魔術師】。
知識と経験で言えば彼女に敵う者はそうそう存在しないだろう。
「ん?」
浅陽はふと視線を感じた。
そして鳥居の影に身を隠している何者かを見つけた。
「だれ?」
声をかけるとその気配は一瞬何かを躊躇うと、足早にそこから立ち去っていった。
「誰だったんだろ?」
『……さあな』
「まあいっか。敵意は感じられなかったし」
そうして母屋へ戻ろうとしたところ、背後に人の気配を感じた。
「………………ま」
「え?」
振り向くとダッフルコートの少女が立っていた。
「由梨? どうしたのこんな朝から」
彼女らのクラスメイトの織村由梨だった。
コートの裾から制服のスカートが見える事から登校前に立ち寄ったようだ。
「……なんだか胸騒ぎがして」
「胸騒ぎ?」
「あの子が遠くに行ってしまう気がして」
『…………』
「お屋敷に電話したらここだって言うから来てみたんだけど……」
「たしかに風花なら母屋にいるけど、会ってく?」
織村由梨は静かに首を横に振った。
「ううん。時間無いし。どうせ学校で会えるし」
「それだけどたぶん、風花学校休むから」
「え?」
織村由梨は驚いた様子で浅陽を見た。
「必然的に護衛であるあたしも休むことになるだろうけど……」
「やっぱり何かあったの?」
「心配ないわ。あの子は元気だから。ちょっと家の関係でね」
「そう」
織村由梨はホッと胸を撫で下ろした。
「じゃああの子のことよろしく」
そう言い残して織村由梨は学園へ向かった。
『……あの娘、やはり』
「やはり、なに?」
『いや、今はまだ気にする必要はないだろう』
「そう言われると気になる」
『そのうち分かる』
「ふ〜ん。まあそう言うなら。それにしても八十年前の当事者が四人も揃うなんて、まだ何か起きそうね」
『四人?』
浅陽は母屋の方を見た。
「〝稀代の占い師〟薄雲星明の息子の『慧太郎』が、かつて存在したあの八澄家の長男『八澄叢丞』で、その傍らでその彼の目覚めを待つあたしの護衛対象で木ノ花家の長女『風花』が彼のかつての妹の『八澄涼香』。そして」
浅陽は自分の胸に手を当てた。
「あたしの曽祖母である咲乃の姉の、〝天才〟『水薙咲夜』と、」
そして浅陽は東の方を向いた。
その方角には水薙の本家がある。
「〝数百年を生きる魔術師〟『レイン・アンネリーゼ・エーベルヴァイン』」
彼女は今、水薙本家で身柄を拘束されている。
もっとも自ら望んでそうした節もある。
「これだけ揃えば何か起きると思っても仕方ないんじゃない?」
『たしかにお前の言うことももっともだが、もう一人忘れているぞ』
「もう一人?」
その時、背後に忍び寄る気配に浅陽は振り返る。
「───ッ!」
「あら、バレてしまいましたか」
そう言いながらも、見た目相応なイタズラっぽい笑みを浮かべていたのは、
「茉莉様?!」
【異能研】代表の龍宮茉莉その人だった。
「忍び寄る私の気配に気づくとは、さすがは水薙家次期ご当主ね」
「は、はあ……」
自分の知る彼女とは違う気さくな様子に浅陽は戸惑った。
『無論、私はもっと早くから気づいていたがな』
何処からともなく季節外れの桜吹雪が舞う。
その花弁が浅陽の目の前で渦を巻く。そしてそれが散ったかと思えば、そこに〈焔結〉が顕現していた。
「おっと」
重力に従って落ちはじめたところを、浅陽は両の掌で受け止めた。すると、
「え?」
浅陽の隣に、シンプルな矢羽根模様の着物に袴姿の少女が姿を現した。
彼女はまるでそこに鏡でもあるかのように浅陽にそっくりだ。違うのは尾長鶏の美しい尾のような束ねた髪はなくシンプルなミディアムボブであることと、その身体が薄らと透けていることだった。
「さくやちゃんに気配を悟られずに忍び寄ることの出来る人なんて、そうそう居ないんじゃないかしら」
まつりは何事も無かったかのように彼女───水薙咲夜に話しかける。
「さくやちゃん?」
浅陽も咲夜を見る。
『……相変わらずみたいですね、まつり姉』
「そういうさくやちゃんも、見た目は……ちょっと変わっちゃったけど、魂の輝きは相変わらずね」
「そっか、茉莉様が五人目」
浅陽は茉莉が八十年前の当事者であるということを思い出した。
『その通りだ』
そこで咲夜は、今しがたまでこの場に居た少女が去って行った方に向いた。
『(あの少女はおそらく……)』
つづく




