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魔物愛好者の楽しい魔物学  作者: あに
第1章 魔物学の新任教師
3/3

02

「安心、してっくださいっ、学院、には、優秀な治癒っ魔術が、使える、者もっいます、から!」


ギリ――


「だからって、手足っ切るっ気だろっ、安心っできるか!頭可笑しいんじゃっねぇっのか?!」


ギリ――


「貴方にっ言われたくっは!ありま、せん!」


ギリリッ――


「俺はっ正常、だ!このっ逆ギレっ暴力っ人間!」


ギリッ――


「だれがっ逆ギレっですか!鳥の巣!」


ギギギギッ――


「お前の事っだ!ぶぅぁあーかぁっ!」


ギリギリギリギリッ――




「……はて、2人とも。これはどういう状況かのぉ?」




転移魔術の光が役目を果たし消えた後、ジベルリードは目の前の光景に首を傾げた。


「ハッ?!が、学院長!」


「おい糞ジジイ!この野郎はてめぇの回し者だろ?!どうにかしやがれ!」


「学院長になんという口の聞き方をしてるんです!」


「ぐぁ!?うぐぐ……こんのぉっ」


「ふぎゃっ?!ひゃっひゃひほふりゅんへふひゃ!?」


「……ほっほっほ。仲が良くて何よりじゃ、邪魔じゃったかのぉ」


「「どこが(ひょひょひゃれひゅふぁ)!」」



笑うジベルリードに反論した2人は、現在体を密着させ、絡ませていた。

正しくは揉み合っていた、だが。


男の発言にキレたアリーシャは剣を振り下ろし、男はそれを両手で挟むという攻防を始めた2人。

ジベルリードが現れるまでその態勢のまま今度は口喧嘩が始まり、恩師の登場で思わず剣を取り落としたアリーシャ。

しかし、再び男を捕まえ、背後から首に腕を回し締め付けた。

足はうつ伏せになった男の腰に押し付けられ、下手をすればコロッと落とす威力の技だったが、それに負けじと男も手を伸ばし、アリーシャの頬を引っ張っている。

彼女に憧れているものがこの場にいれば、百年の恋も冷めるだろう。


まるで子供のような組み合いにジベルリードは笑うだけだ。

頬を引っ張られている姿を恩師に笑われ(たと思った)アリーシャは恥ずかしさのあまり、つねられている頬を赤らめ、腕の力を緩めた。

体を離すと自然と頬の手もほどける。


「が、学院長!こ、これはその!……っあ!」


その隙に男はアリーシャの下から抜け出し、小屋の中に入って扉を閉めた。

中からガタガタと音をさせながら扉が揺れおり、鍵をかけたのだろうとジベルリードは理解した。


「ほっほっほ。変わっとらんのぉ」


「学院長!申し訳ありません!」


「よいよい。わしもちと配慮が足りんかった」


赤くなった頬のアリーシャにジベルリードは手を振り、謝ることはないと諭す。

責任感のある彼女はそれでも失態を見られたことを後悔しているのか浮かない顔だ。


「この様子からすると、やはり手紙を読んどらんのか」


「そ、そうでした!あいつ……いえ、あの者はあろうことか学院長の手紙を読まずに失くしたと!」


「やはりそうじゃったか」


「そう!やはり……って、え?!」


困った奴じゃのぉ、と言いながらもその表情は穏やかなもので、アリーシャは自分が憤慨していた理由のひとつをいとも簡単に納得した彼に驚愕した。


「おお、アリーシャ先生。あやつは『ちと』変わり者でな」


「ちょっ」


ちょっとどころじゃありませんよ!

というアリーシャの心の叫びは発せられることはなく、ジベルリードはマイペースに扉をノックする。

コンコンと叩かれ、返って来たのは先ほどの男の声で。


『留守だ。いない。帰れ』


との拒絶だった。


(子供ですか!)


アリーシャはまだ懲りないのか、と取り落とした剣を拾い、小屋ごと切り倒してやろうか、と強く握る。

だがジベルリードは「ふむ」と考える素振りを見せ、扉の中に呼びかけた。


「フィオ。おぬしにとっては良い話を持って来たのじゃがのぉ〜」


『そんな事言って、あいつらに何か言われたんだろ。もう騙されねぇぞ!』


「いやいや〜、今回はわし個人がおぬしに頼みたい事があってのぉ」


『余計断る!』


「残念じゃのぉ〜。頼みを聞いてくれれば、わしの方から例の件について口添えしてもよいを思っとったのじゃが、のぉ〜?」


語尾を強調したジベルリードは満面の笑みを浮かべている。

拒絶し続けている男との会話。

アリーシャはその内容に疑問符を浮かべつつもハラハラと見守っていた。


すると、小屋の扉が小さく開き、隙間から鳥の巣頭の男、フィオが片目だけ見せた。

じとっとした視線をジベルリードに向け、彼の背後を警戒する様に見回した。

そこに居るのがアリーシャだけだと確認した彼は警戒心丸出しのまま、また少し扉を開ける。


「本当か?」


「ほっほっほ。わしが嘘をつくとでも?」


「人間は簡単に嘘をついて裏切るからな」


「そうじゃのぉ。じゃが、今回はわし個人、というよりもシルヴェスト魔術学院学院長として、おぬしに頼みがあるのじゃ。どうかのぉ?」


「……」


フィオは視線を彷徨わせ、しばらくの間思考した。

後に扉が一度閉まり、すぐにまた姿を現した。


「ジジイだけだ」


そう言って扉を1人分通れる間隔に開く。

ジベルリードは髭を撫で、「ではお邪魔するかの」と入っていく。

アリーシャは当たり前の様に拒否されたが、ジベルリードが何も言わないために文句も言えず、切り株にドサッと腰を下ろし、足下に転がっていた小石を拾い上げた。


バキッ――









もう日が暮れ始めた頃。

小屋の扉が開き、アリーシャは立ち上がり、出て来た恩師に駆け寄った。


「学院長!」


「おお、待たせたのぉ」


「いえ……それで、何をお話に?」


差し支えが無ければ、と尋ねたアリーシャにジベルリードは「そうじゃな」と後ろを振り返る。

小屋から出て来たのは彼だけではなく、小屋の主であるフィオも一緒だった。


違っていたのは、ボロボロの浮浪者の格好ではなくきちんとした衣服に上から外套を纏っていた事。

まるで外出する為に着替えた様な姿にアリーシャは理由を聞かずに居られなかった。


「話は学院に戻ってから、でも良いかの?」


「はい。それは構いませんが」


「では、フィオ。わしもたまには空の旅がしてみたいのじゃが」


「ざけんな。寝言は寝て言え」


「……」


燃える様な赤い髪の背後にブリザードが吹き荒れる。

先ほど彼女が座っていた切り株の根元には灰色の粉が山になり、風で宙に飛ばされる。

その中に含まれている小さな粒が石の一部だとジベルリードは気付き、フィオも木の実を2本の指で押しつぶしたのを思い出していた。


「美女が怒ると怖いのぉ」


くわばら、くわばら。

そう呟いたジベルリードの横でフィオは目を丸くしていた。


「『美女』?」


「学院でも人気じゃぞ」


驚いた顔をするフィオにジベルリードは耳打ちをする。

アリーシャは美女、と言う単語にブリザードを止ませ、少々頬を染めていた。





「なんだ、雌だったのか。真っ平らだからてっきり雄かと思った」





そう言われるまでは。


「わ、私のどこが男っ!というより、ま、まままま真っ平ら!?」


締め上げに夢中でアリーシャは自分が胸を相手の背に押し付けていた事に気がつき、反射的に胸を覆い隠した。

今思うとあんなに密着していたのが恥ずかしい事だと自覚し、赤面する。


「へへへへ変態!」


「何を驚いてる。あの馬鹿力といい、暴力的なところといい。まるで発情期に雌を取り合う雄のマウンテンゴブリンかと思った」


「ゴブ……リン……私が……」


『マウンテンゴブリン』。

ゴブリンといえば有名な種類の人型二足歩行をする初級の魔物。

彼らは繁殖能力が人よりも高く、あらゆる地域に分布しており、それに適応した身体機能と能力を持つ。

マウンテンゴブリンはその中でも人の踏み入れない様な険しい山頂部に生息しており、発達した体に筋肉、厳しい環境で生き抜く為の頑丈なポテンシャルを有するゴブリン。

雌の個体数が少なく、発情期には雄の間で戦争のごとく激しい戦いが繰り広げられるという。

そして、ゴブリンは外見が醜悪な事でも有名であり、『ゴブリンみたいな顔』と比喩されたら、大抵は『不細工より酷い』と受け取る事になる。


「ゴブリン……」


生涯で『ゴブリン』と例えられるなど死んでもないと思っていたアリーシャ。

誰からどう見ても『美女』である彼女をフィオは言うに事欠いて『ゴブリン』と言ったのだ。


ジベルリードは「ふむ」と一歩後ずさり、2人から離れる。



胸を抑えていた手を下ろしたアリーシャ。

横で「まったく」とため息を吐いているフィオが、遠く離れたジベルリードが笑顔で彼の隣を指差しているのに気付く頃には、もう遅かった。




くわばら、くわばら。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






「今……なんと?」



魔物のびっくり箱から無事生還したアリーシャ。

昨日は興奮気味で話が聞ける状態ではなかった彼女を考慮し、『詳しい話』とやらは延期になった。


頭が冷え、いつもの冷静さを取り戻し学院長室に呼ばれて来てみれば、そこには昨日の男が自分と同じ教員用の黒い制服を身に着けて、床にしゃがみ込んでおり、アリーシャは目尻を一瞬上げた。

不審者を見る目つきでいたアリーシャにジベルリードが告げたのはたった一言。



「新しく魔物学を教えるフィオじゃ」


「は?」



あんぐりと口が開き、思わず聞き返したアリーシャに、ジベルリードは丁寧に繰返す。


「空いた魔物学の教員をこのフィオに任せることにしたんじゃ。アリーシャ先生は彼が慣れるまで、サポートをしてもらう」


「なっ」


「学院の案内は必要なかろうて。授業の割り当てと職員寮の部屋への案内は済んでおるので、細かい部分について気付いたら説明してやって欲しい」


「まっ」


「授業開始はまだじゃがそれまでよろしく頼むぞ、アリーシャ先生」


「ちょっ」


「フィオ、アリーシャ先生が美人だからと手を出してはいかんぞ?」


「あ?こんな暴力人間に誰が手を出すか。マウンテンゴブリンの方がまだマシ……ぐえっ!?」


「昨日の今日でまだ抜かしますか……」


しゃがんで低い位置にあった相変わらずの鳥の巣頭をアリーシャはショックと動揺を忘れ、片手で掴んだ。

5本の細指がメリメリと黒い頭にめり込んでいく。

日々の鍛錬により培われた驚異的な力にフィオの頭が陥没しかけていたが、そこに1つの殺気が現れた。


「……っ?!」


それはまっすぐにアリーシャに飛びかかり、咄嗟にフィオから手を離して回避する。

続けざまに向かって来た物体にアリーシャは腕で防御をはかろうとしたが、正体を目の当たりにし、受け止める体勢から身を屈めてかわした。


部屋の床板が割れる音が響き、その後にジベルリードの溜息が零れる。

アリーシャは割り込んで来た物体が立ち上がるのを見て、指をさし叫んだ。


「な、なんでここに悪魔が!」


「悪魔?!この愛らしい姿に向かってなんて事を!失礼だぞ!」


「貴方が言いますか!?」


アリーシャに向かって来た物体。

それは昨日も彼女を追いかけ回しては地面を砕き、リアル鬼ごっこを繰り広げたホワイトバトルラビットだった。

フィオがしゃがみ込んでいたのはこの魔物と戯れていたかららしく、彼の陰に隠れて見えなかったのだ。

白く愛らしい姿は変わらず、とてとてとフィオの足下に駆け寄りちょこんと裾にしがみついた。

デジャブを感じつつアリーシャは剣の柄に手をかける。


「昨日も思ったのですが、何故ホワイトバトルラビットが懐いているのです?!貴方は従魔術師なのですか?!」


従魔術師は魔物を魔術で使役できる使役魔術を得意とする魔術師。

力強い程、強い魔物を使役でき、数も多く従える事が出来る。

昨日見た魔物が全て彼の使役獣だとするならば、強力な魔術師ということになる。


「そんな下賎な輩と一緒にすんな」


「きゅっ」


「では何故、危険な魔物と仲が良いのです!」


「んなもん、決まってるだろう」


腰に手を当て、ふんぞり返るフィオ。

その足下で彼の真似をして短い手を腰に当てているホワイトバトルラビット。

アリーシャは息を飲んで答えを待ち、ジベルリードは茶をすする。







「愛だ!」








ズズッ—―

茶をすする音が部屋の静けさを強調する。

満足そうに答えたフィオにホワイトバトルラビットは裾を掴んだまま「きゅっ」とまるで同意しているかの様に、ひと鳴きした。

言われた言葉に思考回路が停止し、次に出た言葉は本音そのまま。


「はぁ?」


「聴こえなかったか?俺とミミは愛という絆で結ばれている!」


「きゅ!」


ミミ、というのはこの白い悪魔……ホワイトバトルラビットの事だろう。

なんとも可愛い名前だ、とか、魔物に名前を付けてるのか、とかは今はどうでも良かった。


「他の魔物もそうだ。人間は危険だの野蛮だのと彼らを貶しているが、俺はそうは思わない!むしろ人間の方が純粋に生きる彼らよりも策略的で、野蛮かつ危険な生き物だ!」


「きゅっ!」


「彼らと理解し合い、認め合い、共に生きる事で育まれた愛……従魔術師などという奴隷使いと一緒にされるのは我慢ならん!なぁ、ミミ!」


「きゅきゅっ!」


「ほら、ミミもそう言っている」


熱弁するフィオに合いの手を入れるミミ。

アリーシャは若干脱力しながら、見つめ合う2人(1人と1羽)から目を離し、のんきに茶をすする学院長に尋ねる。


「……学院長」


「何かな、アリーシャ先生」


「……彼は本気なんですか?」


「ふむ……昔からこうじゃな」


「……『これ』で良いんですか?」


「個性豊かで面白いじゃろう?ほっほっほ」


そう言って笑うジベルリード。

アリーシャの背後からも「さすがミミ!知能の低い人間とは理解力が違う!」と高笑いが聴こえてくる。


面白い。

その一言で片付けられる学院長も学院長だが、この男もたいがい変だ。

アリーシャは本当にこんなのが教師で良いのか、と疑問を消せずにいたが、この異様な空間でその問いに答えてくれそうな人物はいなかった。






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