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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛~後日談~
9/15

巫女と護衛後日談~花が降る日~


 歓声があがる。

 どこまでも晴れ渡った青空の下。

 ひらりひらりと、金の花弁が降っていた。

 あとからあとから……絶え間なく降り続く雪のように。

 金の花はひらりひらりと彼女の頭上にも肩にも舞い降りる。

 真白の婚礼衣装を身にまとう彼女を彩る、うつくしい金の色。

 そっと彼女の頬を撫でるように、唇に触れるように……金の花弁が掠めた。

 とんだ祝いだと、誰にも……彼女にも知られぬよう、きつく拳を握りしめていた。


 


「結婚式、ですか……」

 彼女……ミモリは手を頬に当て、首を傾げる。

 両親への挨拶に自分の実家を訪れた後、そのままここへ滞在し続けていた。自分としては家族にも紹介したし結婚の許しも得た以上、ミモリを連れて住む場所を変えるつもりだったが、それを押しとどめたのは母だった。

「あら、結婚式は挙げるのよね?ごく近しい身内と、あなたのお友達と、それから次期様もお呼びしなくちゃいけないでしょう。内輪でするのだからそう準備にも時間かからないわよ。それにあの子も楽しそうだから、式が済むまではここに居たらどうなの?」

 父との約束もあり、しぶしぶ母に頷く。

 初めこの屋敷を見た時には、気後れしていた様子のミモリだったが、この家に……特に母に構いつけられる事に慣れた今では、日々とても楽しそうに過ごしていた。

 特に図書室と厨房はお気に入りのようで、母が彼女を構い倒している時でなければ、そのうちのどちらかを探せば必ず彼女の姿を見つけることが出来た。

 図書室は、まあわかる。神殿に居た時もよくそこで本を読んでいた。

 厨房は……お菓子の好きな彼女の事だ、料理長に強請ってなにやら作ってもらっているのだろう。

 家の主人である父が許しているので、彼女はこの家で自由に行動できる。 どこへ入るのも自由だよと父に言われ、彼女は何度も瞬きをしたあと、ありがとうございますと答え。その後で、では、と続けた。

「ではお言葉に甘えて、図書室と厨房と、お庭には自由に出入りしてよろしいでしょうか?」

 父は苦笑を滲ませながら言った。

「どこへ入るもきみの自由なんだよ?きみは私たちの娘になるんだし」

 彼女はにこにこと笑いながら、いいえと首を振る。

「先ほど申し上げた場所だけで十分です。他は要りません」

 そう、と父はますます苦笑を深くして、ついで自分の方を見た。自分には彼女が何を考えたか、わかる。おそらく父にもわかっているのだろう。

 余計な事に首を突っ込みたくないんです、面倒な事はご免なんです。

 彼女の本音はそれに尽きるのだろう。

 お前も苦労するねえと言わんばかりの父の視線に、ええそうですよとこちらも視線で答えた。

 何しろ、自分の家や背後にある諸々のものに惹かれるどころか、面倒、厄介の二言であっさり切り捨てかねない相手だ。実際それが原因で、一度は承諾してくれた結婚も断られかけた。こうして、結婚が本決まりになった今も、自分の家については彼女はどこか及び腰のままだった。

 

 そうして、今彼女と結婚式の話をしていて、どこか浮かない表情の彼女に気付いた。

「どうした?何か気がかりでもあるのか?」

 尋ねると彼女は、それがですねと言いにくそうにしながらも口を開いた。

「あのですね、結婚式なんですけど……署名と宣誓だけで済ませることって出来ますか?」

「……は?それはどういうことだ?」

 彼女のなんとも浮かない表情から、まさか結婚をやめたいというのじゃなかろうなと懸念が浮かんだが、それではなくて安堵する。

 しかし。署名と宣誓だけで済ませたいとはどういうことだろうか。

 別に自分としては、彼女がそう望むなら、それだけの簡素なもので済ませたところで構わない。婚礼衣装を身にまとった彼女を見たくはあるが、彼女の望みを優先させるだろう。

 しかし悲しいかな。

 結婚式を挙げること、は滅多にあれこれ指図しない父からの珍しい要望だったし、近しい身内には彼女を披露しておいた方が、後々を考えると得策だろう。

 また何かと無理を言ってしまい、結果として彼の元から浚う形になった……そう、次期神官長殿も呼ばずしては、収まるまいと思うのだ。

 ことに次期神官長殿は、ミモリの後見人でもある。

 大まかな日取りを伝えたところ、では私が父親役を務めますからねと筆致から嬉しさが伝わるような書簡を寄越してきた。これで、式はしない、宣誓と署名だけだと言えば……考えるだけで恐ろしかった。

「なにかあったのか」

 重ねて問えば、ミモリはだってですねと自分を見上げた。

 へなりと眉が下がっている。

「だって、お式って内輪でするって言われてませんでした?いつの間に規模が広がってるんです?流石にわたし、あんまり大勢の人目にさらされて、にこにこしていられる自信は、ないですよ」

「……は?」

 思わぬ答えに、間抜けな声がこぼれた。

 規模なぞ、初めに話した通り内輪……近しい身内と俺の友人と、次期神官長殿くらいだぞ?

 答えられずにいる間に、ミモリは指を一つ一つ折りながら話した。

「お色直しのドレスが三着に、お料理の試食が肉魚合わせて四コースに、婚礼衣装のデザインが三種類って……一体どれほどの規模でするんですかっ」

 話が見えた気がした。

 母上……あなたは何を遊んでいるんですかと文句を言いたい気分だ。

 がくりと肩を落としながらも、まずは彼女を宥めるのが先かと、己の手のひらで簡単に包めてしまう細い肩に手を置いた。

「混乱させて悪かった。それは母上のせいだな」

「は?」

「規模は変わらん。初めに言ったとおり、ごく近しい身内と友人と、次期殿くらいのものだ。さっきお前が言った諸々は……多分母上がお前を着飾ってみたかったんだろうし、料理は、お前が一番おいしそうに食べたものを採用する気だったんじゃないか?」

「そう、ですか……うう、それを聞いて安心しましたよ」

 ああよかったですと心底安心したように笑うミモリに、少し意地悪な気分になって囁きかけた。

 ひやりとしたのはこちらも同じ。少しばかりの意趣返しだった。

「今回は、結婚をやめるとは言わないんだな」

「へ?」

「式は嫌でも、結婚はしてくれる気だったんだろう?」

 ああそうか今気付いたとでも言うように、ぽんと両の掌を打ち合わせたあと。

 ミモリは滑らかな白い頬を赤く染めた。

 そうして肩に置かれたままの自分の掌を振りはらい逃げようとするが。

 逆に引き寄せて膝の裏に腕を差し入れ、抱き上げてやる。そうして逃げられない状態にしておいて、見事に赤く染まった耳に囁き続ける。

「顔を見せてくれ」

「いやです~見慣れた顔でしょう?面白いことないですからっ」

「俺にとっては、十分面白いぞ?」

「……悪趣味っ」

 不貞腐れたように、甘えるように頑として顔を上げようとしないミモリ。

 しかし腕は自分の背中に回されたまま。

 それを知っているから、思わず口元が緩むのを止められないでいた。

 誰にも見られなくて幸いだった。




 そうして。

 彼女との結婚式当日がやってきた。

 晴れ渡った青空の下、真白の婚礼衣装は彼女によく映えていた。

 つつがなく式は進んだ。父親役を務めた次期殿は、「何か困ったことがあったら、戻ってきなさいね。私はあなたの後見人ですからね。お父さまと呼んでもらってもいいんですよ」などと彼女の手を握りしめてそれは熱心にかき口説いていた。

 はいはい落ち着いて落ち着いてねと友人が背後から羽交い絞めにしていなければ、自分は式場で凶行に及んでいたかもしれない。

 わかっている、あれは次期殿の嫌がらせ、だ。

 さすが父と長年親交があるだけに、食えない人だと内心で歯軋りしていた。

 そして、署名と宣誓も終わり、彼女は己の妻になった。

 彼女の腕を引きながら、外へと続く扉を開け放つ。

 そこには近しい身内……自分の両親や姉たち、兄はいうに及ばず、親しい付き合いの親族や自分の悪友などが待ち構えていた。

 彼女の腕を引き抱き上げると、彼女は小さな悲鳴を上げた後自分にしがみついてきた。婚礼衣装は嵩張るが、抱えて歩けないことはない。

 もう、と文句を言いながらも彼女は大人しく腕の中におさまっている。

 人々の間をゆっくりと歩く。口々におめでとう、との声が掛けられ、花吹雪が舞う。結婚式に使われる赤い花と白い花が、皆の手からふんだんに振り撒かれた。それらにありがとうと返しながらも、ゆっくりと歩みをすすめ、彼女がついと衣装の袖を引っ張ったのに気付いて足を止めた。

 彼女は手にしていたブーケを掲げてみせる。

 ああ、と頷いたところで、彼女が参列者に向かって笑顔を向けた。

 空高く放り投げられたブーケ。

 弧を描いて落下したそれを、受け取ったのは誰だったのか。

 わあ、と歓声があがり……しかし再び別の歓声が、あがる。


 ひらりひらりと、金の花が降っていた。

 晴れ渡った空の、どこからか。

 金の光のようなそれは、彼女の頭上にも肩にも舞い降り、真白の衣装を身にまとう彼女をより華やかに彩った。

 彼女は目を丸くした後、金の花弁を手の中でそっとくるむ。

 

 これ、もしかして……。お祝い、して下さったんでしょうか。


 間違いない。眠っているはずの、末神の仕業だ。

 眠りながらも己が“徴”をつけた彼女の事をどこかで見ているのだろう。 それには腹の底が煮えるほどの怒りを覚えるが、心の一部では別の事を考えていた。

 末神にとっては、自分こそが邪魔者だろう。

 約束を楯に、現実に彼女を手にしている存在が、腹立たしくて仕方ないに違いない。出来る事なら呪ってしまいたいくらいに。

 しかし、それは出来るはずもない。自分を呪うことはすなわち、彼女の血筋を呪うことにも繋がるから、だ。

 腹立たしさはお互いさま。だが。

 彼女には……もう触れることすら、できまい。

 そこで見ていればいいさと腹の底で呟いて、一瞬きつく目をつむる。

 そして再び開けた目には、青空と、絶え間なく降り続く金の花が映っている。

 

 おそらくなと自分は答えた。

 声にも表情にも変わるところはなかったと思う。

 彼女は一瞬瞼を伏せ、そして自分に笑いかけた。

 さあ、行きましょう。

 細い腕を伸ばして、自分の首にしがみついてくる。

 

 温かい愛しい体を抱きしめながら、金の花降る中を、歩き去ったのだった。






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