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巫女と護衛 移行版  作者: 水花
巫女と護衛~後日談~
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巫女と護衛後日談~ほどいて、むすぶ~


 ゆるゆると、ほどけていく。




 うつ伏せになったまま、未だ整わない呼吸を繰り返していた。

出来る事なら露わになったままの体を隠してしまいたい。

けれど、疲れ切った体は指一本すら動かせそうになかった。

 呼吸をするたびに、あらぬ場所がじくじくと痛む。そこからぬるりとした体液がこぼれるのを感じて、何ともいたたまれなかった。

 こんなに痛くて大変だとは、思わなかったと遠い目をしたくなった。


 子どもの頃、それなりに荒んだ環境で育ってきたから、男女のあれこれについて知識だけは、あった。

近所に住んでいた、夜の商売をしていたお姉さんがかなりあけすけに教えてもくれた。

 わたしの親の様子を知っていたからだろう、いずれどこかへ売られかねないと思っていたのかもしれない。

 その時に少しでも自分の身を守れるように、不本意な痛みから逃れられるように、と、それはお姉さんのせめてもの優しさだったのかも、しれない。

 ただ、その時のわたしは、まるで気付かなくて、どこか遠い異国の言葉のように感じていた。

 それを今とても後悔している。

 あの時、もっとちゃんと聞いていたら、もう少し楽だったかも、しれない……と。


 でも。と何とか息を整えようと大きく息を吐き出す。

 これだけ体格が違う相手だと、どのみち楽にはいかなかったんだろうと、あれこれされた時間を思い出して身もだえしたくなった。

 ええ、確かにあれは必要なことでしたね、そう頭は納得しても、心はついてこないようで、喉の奥からはくぐもった唸り声がこぼれる。

 恥ずかしいし、居たたまれないし、最後には痛かったし。

うううと唸りながら、そっと横に視線を向ける。するとそれを待ち構えていたように、べろりと目元を舐められた。

 うひゃ、と間抜けで色気のない声が思わず出てしまう。

思わず首を竦めていると、彼は汗で張り付いた髪の毛を払いのけ、あらわにした首の後ろに吸いついてきた。きつく吸っては、唇を放す。ちくり、ちくりと感じる痛みと、痛みの中に感じる疼きに、身を捩じらせた。

 それでも、檻のように囲われた腕の中からは、抜け出せそうにない。

 わたしの体に覆いかぶさるように、大きな体で、長い手足で囲われているから。

 どこにも逃げ場など、なさそうだった。

 疲れたかと尋ねられ、こくこくと頷いた。これで今日はやめてくれるかも、そう期待したのだけど。 

 お尻のあたりに腰を押しつけられて、体が硬直した。

 なんでそんなに元気なんですか。そう問いただしたい気分だった。

すると彼はわたしの脇に手を差し込んで、軽々と体を持ち上げた。くるりと体を正面に向かせると、胡坐をかいた足の上にわたしを座らせた。

 赤い跡が点々と散った体をまじまじと見られ、そしてどこもかしこも小さい体を見られて恥ずかしかったものの、抱きついてしまえば体を見られなくて、すむ。彼の首筋に顔を埋めて、ぴたりとくっついていた。

 しがみつく様子がまるで子どものようだと思わないでもなかったけど、それはこの際横においておく。

 こうして抱きしめられているのは、とても安心する。

 わたしの体をすっぽり覆ってしまう、大きな体。抱きしめられて安心するなんて……どこか父性的なものを求めているんだろうかと思ったりもしたけど、それは違うんだろうとすぐに否定した。

 時々、彼のことを、大きな子供みたいだなあって思って、それから可愛いなって思うから。

 冷静に考えれば、互いに一糸まとわぬ状態で、隙間なく抱き合う方が後で思い出して羞恥に身悶えしたが、このときは全く気付かなかった。

 彼は喉の奥で笑いながら、わたしの髪の毛を撫で、すうっと背中を辿り腰のあたりを撫でる。

 疲れたかと尋ねる彼の言葉に、頷いた。

 痛かったかと尋ねる言葉にも。

 彼はゆるゆると腰を撫で、もう片方の手のひらでわたしのお腹を撫でた。

 こわしそうに薄い腹だな……今日はもう何もしないから。

 驚いて思わず顔をあげ、彼の顔を見上げた。

 だって、と呟いた声は、苦笑を滲ませた彼の声にさえぎられる。

 無理をしてするものでは、ないだろう。俺の事は気にしなくていい。

 下肢に当たる熱と、合わさった胸に伝わる鼓動。それが彼の状態を知らせていた。

 まだ痛いし、疲れたし、このまま眠りたい気もあるけれど。

 むう、と唇を尖らせたまま、再び彼の首筋に顔を埋める。

 背中に回した手に触れる、彼の髪。

 神官に倣い、護衛をつとめる人たちもまた、髪は長かった。今までなにかと慌ただしく、彼の髪はまだ長いままだ。わたしは髪を伸ばしても途中で傷んでしまうので、肩をこえるくらいでいつも切ってしまう。

 彼は何も手入れをしている様子はないのに、背の半ばをこえるほど伸ばしていても、傷みなど少しも見当たらない。それが少し羨ましかった。

 いつもは首の後ろで束ねているが、今は解かれている。

 何となく、指で髪の毛をくるくると巻き付けては、もとに戻す動作を繰り返していた。

 

 ねえ、髪の毛、切っちゃうんですか。

 ああ……もう伸ばす理由もないしな。

 わたしが切らないで、って言ったら、このままにしてくれますか。

 

 彼は、お前がそういうのなら、と答えた。

 わたしは頭の中でとある想像をしながら、彼の首筋から顔をあげる。

 そして彼の唇に自分の唇を重ねたあと、にこりと笑って、言った。

 

 わたし、もう少しは大丈夫そうなので、おつきあい、しますよ?

 

 しかしな、と苦い顔で彼は答えたものの、下肢に当たる熱がびくりと跳ねたのをわたしは知っている。

 内心悲鳴をあげそうになりながら、もう一度彼の唇に触れた。

 

 ただし、痛くしないで下さいね?

 ……努力は、する。


 唸るように答えた彼は、わたしを再び横たえると、体のあちこちに触れ始めたのだった。



 彼の手が触れていないところはないし、また舐められていない場所もないくらい。

 今度こそ指先すら動かせないような疲労感に包まれて目を閉じる。広い胸に抱きこまれて、温かな体温と規則的な鼓動を感じていると次第に瞼が落ちてくる。

 眠ってしまう前に、これは言っておこうと口を開く。


 ねえ、明日あなたの髪の毛、結ってもいいですか?

 お前の好きにしたらいい。

 ふふ、どんな髪型にしようかしら。

 あまり、突飛なのはやめてくれ……。


 眉間に深い皺を刻む彼が可笑しくて、やがて眠りの波にさらわれるまで、くすくすと笑い続けていた。



 ゆるゆると、ほどかれていく。

 ほどいて、いく。


 自分でも忘れたような、歪んで縺れた、何か、を。




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