第23話 一年目③ 一輪の花
お披露目は何とか無事にすんだ。
公爵邸の庭園で、皆さまがお帰りになるのを見送り、ほっと息をつく。
高位貴族の集まりに参加するのは、初めてだった。
アデレインはオルダートン侯爵家の娘ではあったが、十六で婚約し、十八で結婚。その後はフェアモント領にいたので、こういった集まりに顔を出すことがなかったのだ。
「……大丈夫? 疲れてる?」
隣から声を掛けられた。
(……近い)
婚約者として並んでいたのだから当然と言えば当然なのだが、アデレインはまだこの距離感に慣れていない。
「大丈夫です」
声のした方を見てしまえば、至近距離から美貌を浴びることになると分かっているので、そっけなく、前を向いたまま答える。
「本当に?」
アデレインは愕然とした。
ヒューイ様がアデレインの顔を覗き込んできたのだ。
ローズピンクの瞳と、すっと通った鼻筋、血色の良い唇で、視界が埋まる。
「近いです!!」
アデレインは後ろへ一歩下がる。
「え……えええ!?」
ショックを受けているようだが、いい加減、己の顔の良さを理解してほしい。
アデレインは態度が悪いと知りつつも、心配してくださったヒューイ様を置いて、公爵邸のサロンで休ませていただいているパーシーの元へと向かう。
「オルダートン嬢!?」
後ろから声が追いかけてきても、足を止めるどころか歩く速度を上げた。
* * *
お披露目を終えたことにより、アデレインの婚約は貴族であれば誰もが知ることになった。
王宮の廊下を歩いているだけで、女性からは羨望の眼差しを、男性からは興味深げな視線を受ける。その全てに気づかないふりをする。
「ねぇ、アデレイン」
隣を歩く先輩女官もできたもので……
「優越感が凄いわ」
「……」
「あと、男性の目。あの中からわたしの運命の相手が現れないかしら」
(屈強な精神力だった)
「まぁ、それはおいといて、貴女、夜会はどれに出るの?」
「はい?」
言っていることが分からない。
「あら? ヒューイ様から訊いていないの?」
「……何を?」
「アデレインと婚約できて浮かれているのかしら。結婚しているか、婚約者がいる場合、夜会の一つには出席できるの」
「……そういえば、去年……」
「そうでしょう? 全員が仕事に回っていなかったでしょう?」
「はい」
「たぶんいずれ女官長から、どの夜会に出席したいか訊かれると思うわ」
「……」
「全員の要望が叶えられるわけじゃないけれど、ほら、同じ夜会にみんなが出席したいってなったらこちらが困るじゃない」
「ええ」
「人数の調整はされるけど……あ、でも、ブランデルウッド公爵家だから忖度されるわね」
「……まさか」
「まさか、じゃないわよ。だって、夜会への出席となったら私的な話じゃない? そうなると、筆頭公爵家の名前を無視はできないと思うわ」
「……」
「蕾の夜にする? 待ちきれないわね~」
先輩女官はとても楽しそうであるが、アデレインの内心はすでにぐったりしていた。
お披露目会で、ただ挨拶を受けて立っているだけでも疲れたのに。
今度は夜会。ドレスも用意しなくてはいけないし、それに……ダンス。
(ヒューイ様と踊るの!?)
想像するだけでゾッとした。
* * *
週末、ヒューイ様はいつものようにオルダートン侯爵邸にいた。
アデレインは庭の東屋から、ヒューイ様とパーシーが小さな革のボールを投げ合うのを眺めていた。
パーシーの投げたボールが東屋の近くまで転がる。
それを拾いにヒューイ様だけがこちらに来た。
アデレインと目が合う。
「あ、そうだ。オルダートン嬢」
アデレインに声を掛けてから、ヒューイ様は拾ったボールをその位置からパーシーへと投げる。パーシーは見事に受け止めた。
「パーシー、ちょっと待ってて!」
「うん」
パーシーは何故、こちらに来ないのか。待つ必要などない。
不満に思っている間にも、ヒューイ様が東屋に来た。
当然のように隣に座ろうとするので、指で向かいのベンチを示す。
ヒューイ様は大人しくそちらに座ると、身を乗り出してアデレインに問い掛けてきた。
「夜会だけど、どうする? 僕は蕾の夜がいいな」
にこにこと無邪気な笑顔を浮かべている。どれも嫌だと言いたいが、さすがに筆頭公爵家の子息が、婚約していながら仕事漬けで夜会に出ないというのは体裁が悪いかもしれない。
「……月の夜で」
「え?……月の夜って一番最後の八月の夜会だよ? お預け期間長くない?」
「お預け?」
「そうだよ! アデレイン……あ、間違えた」
(間違えてはいませんけど、確かに間違えましたね)
「オルダートン嬢をエスコートして、一緒に踊るの楽しみにしているんだよ?」
「……こちらとしては、できれば踊りたくないと思っています」
「酷い!! そんなに嫌?」
情けなく眉を下げられても可愛くなどない。
「……嫌です。しかもあなたと踊ると……」
「あなた……」
「……ヒューイ様と踊ると」
「もう一回言って!!」
「ヒューイ様と」
「違う。あなた、あなた」
嬉しそうに言われて誰が二度も言うのだろうか?
ヒューイ様には学習能力がついていないと思う。
「ヒューイ様と踊ると注目されます」
「……強情」
「ええ。姉からは頑固と言われています」
にっこりと微笑んでみせると、なぜかヒューイ様が手で顔を覆った。
「あ~その笑顔も好き!!」
「はい!?」
「その他人行儀な? ちょっと冷たい感じ? アデレインの冷たい綺麗さがよく出て、アデレインの雰囲気にとてもあってて、好きなんだよ」
「……」
アデレインは表情を消したが、ヒューイ様はとても嬉しそうなままである。
(……人の名前を勝手に呼ばないでください。それから、わたくしが冷たいって言いたいのかしら?)
諸々納得がいかない。だが下手に騒げば目の前の男は喜ぶ。それぐらいもう分かっている。どうすれば喜ばないのかを誰か教えてほしい。
「あ! 注目されるのが嫌なら、今からここで二人で踊る?」
ヒューイ様はパッと立ち上がって、アデレインの元へと来た。
しかも跪いた。
「ちょ……ちょっと待ってください!!」
「オルダートン嬢、僕と踊ってください」
下から差し伸べられる手、見上げてくるローズピンクの瞳。
東屋に差し込む光がヒューイ様の金髪をきらめかせる。
まるで一枚の絵のようなその光景に、アデレインの心臓は止まりそうになる。
「ほら」
ふわりと微笑まれて、あやうく手が伸びそうになった。
アデレインは慌てた。
視界の隅で捉えたのは、東屋のテーブルの上の一輪挿し。そこに活けられたピンクのラナンキュラス。
それを手で掴んで、ヒューイ様の手の上に置く。
(……な、なにしてるのわたし!?)
ヒューイ様もきょとんとしている。
でも、彼の口の端が緩やかに上がり、目が細められる。
「アデレインから、花をもらった」
一輪のラナンキュラスを手に、彼は艶やかに微笑んだ。




