第21話 一年目① 公爵家訪問
冬の時期ということもあり、婚約を公にするのは春になってから。
春に公爵家が主催するお茶会を、お披露目の場とすることに決まった。
これはアデレインとしては大変ありがたいことではあるが、筆頭公爵家としては問題ないのか、少しだけ気になる。
ただ、公爵夫人はとても楽しそうで、『お披露目のドレス選びに時間が取れるわね』と仰り、『さっそく来週、うちでドレスを選びましょうか』とお誘いまでしてくださった。
断るなどできるはずもなく、アデレインは硬い笑顔で頷いた。
* * *
翌日、アデレインが王宮に出勤すると、王妃様がにこやかにアデレインに声を掛けてきた。
「アデレイン。おめでとう」
同僚たちにはお披露目まで黙っているつもりだったのだが、王妃様から直々にお言葉をいただいてしまう。
「あら? アデレイン? どういうこと?」
「もしかして、ヒューイ様と!?」
「そうよね。あんなに熱烈に抱き合っていたんだものね」
「ち、違います!!」
あの日の目撃は、口の堅いはずの女官たちの間でも囁かれていた。それでも、誰もアデレイン本人に直撃してこなかったのだが、王妃様の一言で遠慮は無用だと思われたのだろう、先輩たちの口が軽くなっていく。
「……ヒューイ様の独身期間なんて短いだろうとは思ってましたけど」
「アデレインが掻っ攫っていきましたわね」
(そうとは決まってません)
とはさすがに言えないので、アデレインは苦笑いを浮かべるにとどめた。
* * *
そうして、週末。
「はじめまして!」
ピンクブロンドの髪がふわふわと揺れている。
ヒューイ様とよく似たローズピンクの瞳が、アデレインをまっすぐに見つめている。
(妖精のようだわ)
アデレインはパーシーと共にブランデルウッド公爵邸を訪れた。
そこで紹介されたのは、ヒューイ様の妹クラリッサ様だった。
十四歳のクラリッサ様は大人顔負けの優雅な一礼をした後、無邪気な笑顔をアデレインたちに向けた。
パーシーは尻込みして、アデレインの後ろに隠れようとする。
アデレインはパーシーをそっと前に押し出した。
「お招きいただきありがとうございます。アデレイン・オルダートンと申します。この子はわたくしの息子でパーシーです」
「……パーシー・オルダートンです」
パーシーもおそるおそる挨拶をした。
先日の正式契約の時には、公爵閣下と公爵夫人にきちんとご挨拶できたのだが、年上の可愛らしい令嬢相手だとどうしていいのか困るようだ。
対してクラリッサ様は、物怖じなどされないらしい。
「アデレイン様に、パーシー様ですね。わたくしはクラリッサです。本当は一緒にドレスを選びたかったのですけど、お母様から邪魔だから部屋で過ごすように言われていますの」
「……クラリッサ」
とても素直な発言に、公爵夫人がにこやかな笑顔のままクラリッサ様の名前を口にした。
「はい。お母様」
「ご挨拶が終わったのだから、お部屋に行きなさい」
「はい。それでは失礼いたします」
クラリッサ様は気にしていないらしく、もう一度綺麗なお辞儀をしてから、部屋を出ていった。
「……少し……変わっているというか……」
「歓迎されていることは、とても伝わりました」
そうアデレインが返すと、公爵夫人は優しく微笑んでくださった。
* * *
「で、母上、どうして僕の同席を許してくれないんだ?」
クラリッサ様の退室まで、実は壁際で大人しく控えていたヒューイ様だったが、とうとう口を開いた。だが、公爵夫人は冷たく言い放った。
「クラリッサの相手でもしてなさい」
「僕だって一緒にドレスを選びたい」
「聞こえなかったのですか? 邪魔です」
「でも、ほら。パーシーの服なら僕でも選べると思うし」
「それなら、サロンでクラリッサとパーシー様と一緒に彼の服を選びなさい」
唐突に公爵夫人と二人きりにされるのかと、アデレインは密かに焦る。
「え? なんで? パーシーの服も一緒に……」
「ドレス選びは女性同士でするものです。ほら、行きなさい」
公爵夫人は手でヒューイ様を追いやる。
そして、パーシーと目を合わせて言った。
「ごめんなさいね。うちの息子の面倒をみてくださるかしら?」
「……は、はい」
パーシーはちらりとアデレインを見た。
(お願い。残って!!)
縋るような視線を向けたアデレインに、パーシーは戸惑ったようだったが。
「失礼します」
そう言ってヒューイ様の手を取って、部屋を出て行ってしまった。
公爵夫人はドアが閉まると、ため息を吐いた。
「……パーシー様の方がよっぽど大人ね」
誰のことを指しているのかは分かったが、アデレインは曖昧に微笑むにとどめた。
「さて、邪魔者はいなくなったから」
ドレスを選びましょう、と言われると思ったのだが。
「貴女の気持ちについて聞きましょうか?」
まさかの発言にアデレインは驚いた。
* * *
「ヒューイはね、それはもうびっくりするほど真っすぐというか。ある日突然貴女に婚約を申し込むと言い出してね。あまりにも突然だから、こちらとしても止めたのよ? まずは貴女と貴女の家族のことを調査しないといけないでしょう?」
(……胃、胃が痛い)
父の気持ちをようやく悟った。
そんなアデレインの動揺を知ってか知らずか、公爵夫人は穏やかに微笑んで、話を続ける。テーブルの上に置かれたドレスの見本帳らしきものは閉じられたままだ。
「それなのに調査なんていらないとか。貴女のことなら知っているから問題ないとか、キャロラインに訊けば分かるとか。ほんと勝手よね。まぁ、確かに貴女は王妃付き女官ですものね、身元がはっきりしてるのは事実だわ。それにキャロラインに訊いたら、とても優秀な女官で、お薦めよとまで言われたわ」
公爵夫人は元王女で、現国王の姉君にあたる。
公爵夫人とキャロライン王妃が仲良しだとは聞いていたが、まさか裏側でそんなことになっているとは思いもよらず、アデレインはくらくらしてきた。
そろそろドレスを選ばせてほしい。ドレス選びなんてしたくないと思っていたけど、今はそっちのほうがいい。
「貴女のお姉様のグレイスコート侯爵夫人も面白くて素敵な方ですしね」
「……姉と交流が?」
「交流と言えるほどのものではないわね。お茶会などで顔を合わせることがあればお話するぐらいね。本当はもっとお近づきになりたいと思っているのですけれど、グレイスコート侯爵が何故かわたくしを遠ざけるのよね」
「……」
もうこれ以上は聞きたくなくなって、アデレインは見本帳へと手を伸ばすも、さっと公爵夫人が遠ざけてしまう。
「で、貴女はうちの息子をどう思っているのかしら?」
「あの……」
「乗り気ではないと聞いているけど」
「そ、そこまで!?」
思わず口走れば、にんまりと公爵夫人は笑った。とても悪い笑みである。
「やっぱり乗り気ではないのね」
「……」
「うふふ。そう」
何故、楽しそうなのか分からない。
「ということは、三年の間にあの子が貴女を落とせなかったら、この婚約はなしと」
「……そ、それは」
(ん……?)
アデレインは今更ながら賭けの内容について考えた。
(わたくしがヒューイ様との結婚を望むかではなく……ヒューイ様が三年も待てるか?……よね?)
だが、そんなことまで公爵夫人に説明するわけにもいかない。
曖昧にしたまま黙っていると。
「面白いわね」
ぐいっと公爵夫人がアデレインの方へと身を乗り出してくる。
「とても面白いわ。でも、今のところ貴女が不利ね」
「え?」
「だって、貴女のお姉様も、キャロラインも、それからパーシー様もあの子の味方でしょう?」
「……」
(味方とかそういうことなのだろうか?)
アデレインは不思議に思った。だが、公爵夫人はうんうんと頷いている。
思わず壁際へと視線を逃せば、控えていた侍女がため息を吐いたのが見えた。
「わたくしは貴女の味方をするわ」
「……どうやって?」
思わず口にしてしまえば、公爵夫人は笑った。
「いつだって、わたくしに泣きついてちょうだい」
(全然分からないわ)
ただ、とりあえず公爵夫人は事情を知っても、この婚約を破談にする気はないと分かった。
(というか、それだと……ヒューイ様の味方では?)
アデレインにはそうとしか思えなかった。
ちなみに、本題のはずだったドレスの見本帳が開かれたのは、ヒューイ様とのこれまでのことを根掘り葉掘り訊かれ、全ての質問に答え終わってからだった。




