第1話 求婚
「……お帰り下さい」
「オルダートン嬢、僕の話を少しは聞いてほしいんだけど?」
「婚約のお話以外であれば」
オルダートン侯爵邸の応接間で、アデレイン・オルダートンはそっけなく返した。
それでも彼は、へにゃりと眉を下げて困った顔をするだけで帰ろうとはしない。
(……どうしたら諦めてくれるの?)
アデレインの目の前で優雅に紅茶を飲んでいるのは、筆頭公爵家の三男ヒューイ・ブランデルウッド。
光り輝くような金の髪と、やわらかなローズピンクの瞳。
誰もが振り返る美貌の持ち主で、国王の甥という絶対的な出自でありながら、なぜかアデレインに懐き、さらには婚約を願い出るという奇行に走っている。
「うーん。困ったなぁ? そのために来ているのに」
「それなら、お帰り下さい」
「でも、まだ君と話していたい」
女官仲間が聞いたら卒倒しそうな言葉を、さらりと口にする。
だが、アデレインはもう慣れてしまった。
婚約の申し入れをされて、すでに一か月。彼は毎週オルダートン侯爵邸に現れ、飽きもせずアデレインに求婚する。そのたびにまっすぐな好意を伝えてくるのだ。
「わたくしは、特に話したいとは思いません」
「え? ちょっと傷つくなぁ。……あ、そうだ!! 君がこの間気にしていた、帝国の本だけど」
「……それは、ズルくないですか?」
「婚約以外の話ならいいって」
アデレインは言葉に詰まる。
確かにそう言った。
反論できずにいると、ヒューイ様が微かに笑って、話を続けた。
「君は、花を受け取ってくれないだろう?」
「……当然です」
「だから代わりに本を持って来たんだ」
「……それも受け取れません」
「パーシーが楽しみにしてた本なんだ」
ずるい、ズルすぎる。
アデレインにとって養子のパーシーは、とても大事な存在。パーシーのためなら何でもできると思っている。
「先ほど、帝国の本だと言いませんでしたか?」
「うん。君が気にしてた帝国の本と、パーシーの好きな冒険譚のセット」
彼はそう言って、脇に置いていた鞄から二冊の本を取り出し、ローテーブルに置いた。
アデレインはそれを受け取ることはせず、彼を軽く睨みつける。
「セットにしなくてもいいのでは?」
「だって、セットにしないと君は受け取らないだろう?」
「……それはそうですが」
「あと、いつもみたいに職場で返してもらうのは無しで」
「え?」
「今回は君のための本もあるから。僕は別に気にしないけど、君は僕と噂されるのは嫌なんだよね?」
「当たり前です。……そういう前提なら、お借りしません」
「僕も持って帰る気はないんだ」
彼にしては珍しく押しが強い。
「というわけで」
彼はにこりと微笑んだ。
「返してもらうために、来週また来るね」
その発言にアデレインは違和感を覚えた。
ヒューイ・ブランデルウッドは腹黒さとは無縁だと思っている。
それは王妃付き女官として外交儀礼官のヒューイ様と仕事をしていくうちに、知ったことだ。彼は筆頭公爵家の三男らしい気品と知性を持ち、それでいてどこか人懐っこい。そんな彼から計算や打算を感じたことはない。
(……誰かの入れ知恵?)
アデレインの脳裏に、姉コルネリアの顔が浮かんだ。




