表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境の貧乏貴族に転生した俺、千年の軍事知識で小国を救う  作者: 空鯨レイ
第2章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/36

第二部 第9話 神の沈黙と、装甲列車の福音

「神は我等と共に在り! 異端の煙を、聖なる炎ですすげ!」


ソレイス教国の聖都から、三万の「聖戦軍」が北の国境へと進軍を始めた。

異端審問局の失敗と権威失墜を受け、教国の強硬派である枢機卿イグナティウスが「聖戦ジハード」を宣言したのだ。

彼らの装備は、教国が数百年かけて貯め込んだ古式な槍や剣、そしてオルヴァーネから高値で掴まされた旧型のマスケット銃。

だが、彼らの瞳には理性の光はなく、ただ「神の敵を討つ」という狂信の炎だけが燃え盛っていた。


「……見ろ、イグナティウス様。地平線の先に、異端どもの『鉄のレール』が見えます」


副官が指差す先には、ヴェラム王国の領土へと伸びる鉄道の線路が、冬の曇天の下で鈍く光っている。

イグナティウスは白馬の上から杖を掲げ、叫んだ。


「あの冒涜の鉄を引き剥がし、工場を焼き払い、神の風をこの大地に取り戻すのだ! 突撃せよ、神の戦士たちよ!」


三万の狂信者たちが、ときの声を上げながら線路へと殺到した。

だが、彼らが線路の周囲数百メートルまで近づいた時、大地の底から不気味な振動が伝わってきた。


「……ん? 地震か?」


イグナティウスが馬の手綱を引いたその時、霧の向こうから「それ」は現れた。

馬ではない。城でもない。

黒鉄の装甲板で全身を覆われ、側面には無数の銃眼と、屋根には回転式の連装砲を備えた巨大な「鋼鉄の城塞」——装甲列車『鉄の使徒アイアン・アポストル』 が、蒸気を噴き上げながら線路の上を滑走してきたのだ。


***


装甲列車の司令車両内。

石炭ストーブの熱で暖められた車厢しゃこうで、俺は温かい紅茶をすすりながら、窓の外の狂信者たちを見下ろしていた。


「……アルデン。敵の数は三万。対する我々は、この列車に乗った二百名の銃兵と、四門の野戦砲だけだ」


カイルが、窓の外を埋め尽くす敵の群れを見て、珍しく緊張した面持ちで呟いた。


「数など意味がありません、兄上。彼らは『神』を信じていますが、我々は『物理』を信じていますから」


俺は懐中時計を取り出し、秒針が12を指すのを待った。


「全砲門、開放。散弾キャニスターショット装填。……そして、鉄条網の通電を開始してください」


***


「神の御名において、砕け! 異端の鉄よ!」


先鋒の狂信者たちが、線路の脇に張り巡らされた奇妙な「針金の網(鉄条網)」に飛びかかった瞬間だった。


バチバチバチバチッ!!


「ぎゃあああああ!」「なんだこれは!? 雷だ! 網から雷が!」


これは、発電機を搭載した貨物列車から送電される「電気鉄条網」だ。

まだ実用的な電力網ではないが、湿地帯の泥濘ぬかるみに立つ敵へ、致死性のショックを与えるには十分すぎる。

感電した兵士たちが次々と痙攣けいれんして倒れ、後続の兵士たちは恐怖で足を止めた。


ひるむな! これは悪魔の幻だ! 神の加護があれば雷など——」


イグナティウスが怒鳴ろうとした時、装甲列車の屋根が開き、四門の野戦砲と、二基のガトリング砲が唸りを上げた。


ドドドドドドドドドド!!

ガラガラガラガラガラガラ!!


神の言葉など、音速の前ではただの空振りに過ぎない。

散弾の嵐が狂信者の列をぎ倒し、鉛の雨が大地をえぐっていく。

それは「戦闘」ですらなかった。工業製品が、肉体という名の旧式な素材を「処理」する現場だ。


「……な、なぜだ……神は、なぜ沈黙されているのだ……」


泥と血にまみれた兵士たちが、空を見上げて嗚咽を漏らしている。

彼らが祈りを捧げても、天からは何の奇跡も降ってこない。

ただ、機械的なリズムで弾丸を吐き出す「鉄の使徒」の黒煙だけが、空を覆っていた。


***


その頃、戦場から数百キロ離れたオルヴァーネ商業連合の本部。

ヴェロニックは、教国の「聖戦」の進捗を待つため、上機嫌で葉巻を吹かしていた。


「……ヴェラムの鉄の馬など、三万の狂信者の肉弾戦の前では止まる。

教国がヴェラムを焼き払えば、我々は再び大陸の『救世主』として進出し、市場を独占できる」


だが、彼の机の上に置かれた通信機(有線電信のプロトタイプ)が、甲高い音で悲鳴を上げた。


「……ヴェロニック様! 大変です! 教国の聖都から緊急連絡が!」


「どうした? イグナティウスがアルデンの首でも送ってきたのか?」


「い、いえ……! 教国の民衆が、聖都の『大聖堂』を包囲し、暴徒化しているとのことです!」


「なんだと!?」


部下が震える手で差し出した電報には、絶望的な文字が並んでいた。


『教皇庁の金庫が空であることが民衆に発覚。

イグナティウス枢機卿が、オルヴァーネからの多額の借金を、民衆の「什一税じゅういちぜい」を担保にしていた書類が、ヴェラムの商会によって公開される。

民衆は「我々の信仰は、オルヴァーネの金で買われた」と激昂。聖都は崩壊寸前。

さらに、ヴェラムの列車が戦場で降伏した教国兵に対し、「石炭と新しい聖典、そして職」を配って解放しているとの噂が扩散。前線からの逃亡者が続出』


ヴェロニックの葉巻が、ポロリと床に落ちた。


「……ば、馬鹿な……。アルデンの小僧め、戦争をしながら、裏で教国の『債権』を買い占めていたというのか!?」


***


戦場。

砲煙が晴れ始め、三万の聖戦軍はすでに崩壊していた。

生き残った数千の兵士たちは、武器を捨て、泥の上にひざまずいて震えている。


装甲列車の扉が開き、俺は衛兵を連れて外へと降り立った。

イグナティウス枢機卿は、折れた杖を抱え、血走った目で俺を睨みつけている。


「……悪魔め。殺すなら早くしろ。だが、神は必ず貴様らを罰する……」


「神は罰しませんよ、枢機卿。なぜなら、神はすでに『会計帳簿』の上で、あなたを見放していますから」


俺は懐から、一枚の羊皮紙を取り出し、彼の眼前に突きつけた。


「これは、オルヴァーネ商業連合が教国へ貸し付けた『戦争債券』の証書です。

ですが、昨日の夜中に、我々の王立銀行がその債権をオルヴァーネから『買い取り』ました。

つまり、今この瞬間から、ソレイス教国の最大の債権者は、ヴェラム王国です」


イグナティウスの顔が、土気色に変わった。


「な……なんだと……我々の神殿も、聖遺物も、すべてはオルヴァーネの担保では……」


「ええ。そして、その担保の所有者は私です。

枢機卿。あなたたちは今日、神のために戦ったのではありません。

『私の所有物』である教国の資産を、勝手に持ち出して壊そうとした『泥棒』なのです」


俺は冷徹に宣告した。


「これより、ソレイス教国の全聖堂と修道院は、債務の返済としてヴェラム王国に差し押さえられます。

修道院の広大な土地は『綿花畑』に、聖堂の地下室は『石炭の備蓄庫』として再利用させていただきます。

……安心してください。あなたたち聖職者には、新しい『印刷工場』での校正プルーフリードの仕事を斡旋アサインして差し上げましょう。神の言葉を広めるという点では、同じ仕事ですからね」


イグナティウスは、天を仰いで崩れ落ちた。

彼が信じていた「神の権威」は、ただの「不良債権」として、産業国家の帳簿の上に吸収されたのだ。


***


帰路の列車内。

カイルは、窓の外を流れる冬の荒野を見つめながら、深く息を吐いた。


「……アルデン。お前はついに、神すらも『抵当ていとう』に入れたのか」


「違います、兄上。神はもともと、誰のものでもありませんでした。

ただ、古い人間たちが、自分たちの都合よく『神』という名のラベルを貼って、民衆を縛っていただけです。

私はそのラベルを剥がし、代わりに『労働と規格』という、誰にでも平等なルールを貼り直した。ただそれだけですよ」


俺は紅茶のカップを置き、机の上の大陸地図を見つめた。

教国は崩壊し、帝国は属国化し、オルヴァーネは信用と海を失った。


「……残るは、オルヴァーネの『本部』だけですね」


俺はペンを執り、セラフィナ女王宛ての報告書をしたためた。


『大陸の「旧秩序」の清算、完了。

次は、オルヴァーネの金庫の扉を、我々の「紙幣」でこじ開ける番です。

——辺境伯アルデン』


車輪がレールを叩くリズムが、新しい時代の鼓動となって、大陸中に響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ