第22話 光は、ただで配るほど価値が出る
――織江屋再興編・江戸の景色を塗り替える一撃
浅草寺の境内は、
朝の薄明かりに包まれていた。
参拝客が列をなし、
僧たちが掃き清める音が響く。
お縫は、
その本堂を見上げて静かに息を吸った。
(……ここだ。
江戸で最も人が集まり、
最も“光の変化”に敏い場所)
(この御堂が明るくなれば、
江戸中が気づく)
お縫は、
織江屋で作った 海の灰のガラス を積んだ荷車を見やった。
◆
水野が歩み寄る。
「本当に“無料で”寄進するのか?」
お縫は頷いた。
「はい。
寺社は、江戸の“見本帳”でございます。
ここが変われば、
江戸の目が変わります」
水野は苦笑した。
「商いとしては無茶だが……
お前の無茶は、いつも理が通っている」
お縫は、にこりと微笑んだ。
「光は、
ただで配るほど価値が出ます」
◆
お縫は浅草寺の僧たちに頭を下げた。
「本堂の障子を、
すべて“光を通す板”に掛け替えたく存じます。
費用は一切いただきません」
僧たちは目を丸くした。
「そ、そんな……
織江屋殿、いくらかかると思っておるのです」
「寄進にございます。
どうか、江戸のために」
僧正が静かに頷いた。
「……では、任せよう。
光は仏の慈悲。
それを広めるというのなら、
我らが断る理由はない」
◆
作業は夜通し行われた。
古い障子を外し、
新しいガラス板をはめ込む。
夜明け――
最初の光が差し込んだ瞬間、
僧たちが息を呑んだ。
「……なんと……」
「御堂が……
朝日で満ちていく……!」
参拝客が次々と立ち止まる。
「おい……見たか?」
「浅草寺が……光ってるぞ……!」
「こんな明るい御堂、見たことない!」
お縫は、
その光景を静かに見つめた。
(光は、
人の心を動かす)
◆
その日の昼。
江戸中の瓦版が一斉に刷り上がった。
「浅草寺、本堂が“光の宮”に変貌!」
「新しい障子は織江屋の“江戸ギヤマン”」
「参拝客、連日数万人!」
町人たちが口々に言う。
「織江屋のギヤマン、すげぇな……!」
「寺があれだけ明るいなら、
うちの店にも欲しい!」
「大名屋敷でも噂になってるぞ!」
お縫は、
店の前にできた行列を見て静かに頷いた。
(無料で配った光が、
江戸中の財布を動かす)
◆
その夜。
水野が織江屋に戻ってきた。
「大名からの注文が十件。
豪商からは二十件。
寺社からは“うちも掛け替えてほしい”と山ほど来ている」
お縫は静かに答えた。
「浅草寺は“見本”にございます。
見本が良ければ、
商いは自然と広がります」
水野は笑った。
「お前のやり方は、
江戸の商いの常識をひっくり返すな」
お縫は、前髪の奥で目を細めた。
(織江屋の名は、
江戸の空に届いた)
(次は――
江戸の“金”を動かす番)
(第23話へ続く)




