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大奥で下女をしていたら、算術の才能がバレて勘定方と組むことになった件 ――利権まみれの大奥を最適化します。  作者: 細川 雅堂
【江戸再興編 ―風と光を操る店―】

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第16話 花の香りは、遠き海を越えずとも

――大奥構造改革編・価値観を覆す一撃


大奥の奥庭。

夏の花が咲き誇り、

薄紅、白、紫の香りが風に乗って流れていた。


ぬいは、

その花々をひとつひとつ手に取り、

鼻先でそっと香りを確かめた。


(……この香り。

 南蛮の香水に負けていない。

 ただ“閉じ込める術”がないだけ)


そこへ、女中たちが駆け込んできた。


「お縫様、大変です!

 本多様が“南蛮香水”を御台所様に献上したとか!」


「値が張るどころじゃないよ……

 大奥一年分の薬代が吹き飛ぶ額だって!」


お縫は、静かに目を細めた。


(本多……

 海外商人との密貿易で、

 権威を取り戻すつもりね)


だが――

お縫の口元には、

わずかな笑みが浮かんでいた。


(ならばこちらは、“和の香り”で勝つ)


お縫は御納戸の裏手に、

水野を呼び出した。


「例の“冷やす道具”、用意していただけましたか?」


水野は頷き、

木箱を開けた。


中には、

二重の桶と、

細い竹筒、

そして氷室から取り寄せた氷。


「これで“香りを閉じ込める”のだな?」


「はい。

 花の香りは、熱では逃げます。

 ですが――

 冷やせば、落ち着き、

 水に溶けて留まります」


水野は感心したように息を漏らした。


「南蛮の蒸留とは逆の発想か」


お縫は、花びらを桶に浮かべた。


「江戸には江戸のやり方がございます」


氷で冷やされた桶の中で、

花びらはゆっくりと香りを放ち、

水に溶け込んでいく。


お縫は竹筒でそっと香りを吸い上げ、

小瓶に移した。


「……できました」


水野が瓶の蓋を開け、

香りを確かめる。


「……これは……

 南蛮の香水より柔らかく、

 深い香りだ」


お縫は静かに頷いた。


「和の花は、強く主張いたしません。

 ですが――

 寄り添うように香ります」


翌日。

お縫は御台所の前に進み出た。


「お縫。

 本多より“南蛮香水”を献上されたが……

 どうにも鼻に刺さる香りでな」


お縫は深く頭を下げ、小瓶を差し出した。


「こちらは、

 大奥の庭に咲く花々を、

 冷やして閉じ込めた香りにございます」


御台所は瓶を開け、

そっと香りを吸い込んだ。


「……なんと優しい……

 胸の奥にすっと染み入るような……

 これが、江戸の香りなのですね」


お縫は静かに答えた。


「遠き海を越えずとも、

 美しき香りは身近にございます」


御台所は深く頷いた。


「南蛮香水は、もう要りません。

 これからは“和の香り”を使いましょう」


その言葉に、

側仕えの女中たちがざわめいた。


「本多様の香水、全部お蔵入りだって……!」


「南蛮商人の利権、終わったね……!」


その夜。

水野が御納戸に戻ってきた。


「本多が“香水の売上が消えた”と怒鳴っていた。

 南蛮商人も青ざめている」


お縫は、静かに目を細めた。


「香りは、

 遠き海を越えずとも作れます。

 大奥の庭に、いくらでも」


水野は笑った。


「お前の工夫は、

 贅沢の価値観すら変えてしまうのだな」


お縫は、前髪の奥で静かに微笑んだ。


(本多。

 あなたの“海外の逃げ道”は、

 これで閉ざされました)


夜風が、

庭の花の香りを運んでいった。


(第17話へ続く)

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