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○魂の洗い場○

「南十字星はユシカの魂が集まる拠り所ですよ。それも汚れて黒々とした魂がね。賛美の音色は薄汚れ、真っ黒になり果てたユシカの魂を、その音色で清めて洗うのですよ。


そして清らかな音色に(さら)されたユシカの魂は、罪も罰も許されて、純粋(じゆんすい)無垢(むく)雪白(せっぱく)な魂に産まれ変わるそうです」


「それは素晴らしいわ! 信じられない奇跡ね。それでは例えるなら音色は洗剤で、南十字星は洗濯をする洗い場なのね。つまり南十字星はユシカの魂の洗い場という訳だわ!」


「洗い場とは上手(うま)(たと)えですね。そう、元々この銀河、ユシカノホシ、猛火の王者星(太陽)も月光りする金の星(月)も、また私も貴方も、総て(ちり)から出来ている。


何でも銀河はぐつぐつと煮え立つ、ばかでかい鍋に塵を入れて、かき回して創造されたらしいですよ。今でも無限に広げる為に、総てを統べる御方、つまりは至上者が掻き回して広げているそうですよ」


「銀河は鍋の中に浮いているというの? 信じられないわ! 私なら疲れて卒倒(そつとう)してしまうわね。弾みで鍋に頭を入れて死んでしまうでしょうよ。ああ、哀れだわ。そんな死に方だけは御免(ごめん)(こうむ)りたいわね」


未だにこの銀河を広げる為に、御業を行使する至上者の偉大さに感銘を受けたウサギは、(しゅく)(ぜん)たる雰囲気に包まれ、(しばら)くの間黙り込み静かに緘黙した。


それはハレー彗星にとって良い兆候(ちょうこう)であったに違いない。


騒がしい生徒が静かになるのを待っていたハレー先生は、(ようや)静粛(せいしゆく)を手に入れ、ご満悦に不出来な生徒、ここではウサギだろう生徒に向けて、優しく(さと)すように口を開いた。


「それでユシカの魂が収まる拠り所たる器も塵で出来ている。しかしユシカの器は特別で、私達と違い頑丈(がんじょう)でなく(やわ)いので、百年も()たずに朽ち果てる。


そして器が腐り塵に還ると、魂は器を離れ銀河へと()くそうだよ。知っての通り、器を保つユシカが、宙を飛ぶことは許されていないがね。ユシカは器を無くし、身軽な魂にだけの存在となり、初めて宙を飛べるのだね。つまりは彼らは物質を捨て去り、意識体となり無に近い状態となるわけだ。


そして黒々した(よこしま)な魂は、南十字星に導かれ、純粋(じゆんすい)無垢(むく)純白(じゆんぱく)の魂に生まれ変わり、真新しい器で(ふたた)びユシカの星に帰るという事らしいね、そして――…」


緘黙の時間は数刻と持たず、ウサギはまだ話を続けようとするハレー先生の話を(さえぎ)り、当然の権利を行使せんと云わんばかりに話に割って入った。


「そうなの? けれどもおかしいわね。だって私、ユシカの魂が少しばかりも、銀河にあがってきたなど聞いたことがないわ。本当よ、私、悪いところは沢山あると思うけど、嘘だけはつかないのよ。双子の兄さんなど嘘をつくらしいけど――… 


あら、いけない! これは悪口だわ! これはいけないことよね。でも嘘はつかないのよ、天地神明(てんちしんめい)に誓うわ。嘘だったら懺悔してもよくてよ」


「まあ、まあ。それは大昔の話ですよ。何でもあの南十字星の白い光の中には、純白(じゅんぱく)白装束(しろしようぞく)に身を包み、足につくほど長い白髪(はくはつ)と、白髭(しろひげ)を生やしたユシカに似た老人がいたそうでね。


まあその方は至上者であり、総てを統べる御方だと誰彼構わず噂してますがね。つまりは至上者がユシカの黒い魂を洗っているのではないかとね。意識体の記憶をさっぱり消し去り、真新しい器を創造できるのは、その御方以外に思いつかないですからね」


「そうなの? 私も是非お会いしたいわ。だって魂を洗うことができるなんて(まった)く自然の(ことわり)を超越した素晴らしい奇跡だわ! とても見事な行いでしょう?


ああ、私その方に偶然でもお遇い出来るなら、もうどんなことでもしてよいと思うのよ。そうね、そうだわ。真っ赤なサソリの毒を、もう、何万回もうけて体が今よりもっともっと、もう永久に黒くなってもよいと思うほどよ。


これは大変な事だわ、分かってくださるかしら? だって私この黒い(なり)(いや)で厭で(たま)らないのだもの。それでも、もっと、もっと黒くなる覚悟なのよ?」


「そ、そうかい。それは確かに凄い決意ですね。けれども残念だ。貴方も知っての通りその御方はある日ぱったりと姿が見えなくなりましてね。それ以来ユシカの黒い魂はひとつばかりも導かれなくなったそうですよ。


噂ではユシカの魂はあまりに黒すぎて、もう洗ってもキレイにはならなくなったそうだとか… それで朽ち果てたユシカの黒く(きたな)らしい魂は、器が腐ると同時に、もうすっかり、きれいさっぱり消滅するそうですよ。跡形もなく、塵一つ残さずね」


「きれいさっぱり、消えてしまうの?……―――」


その刹那、何故かウサギは、胸が痛み心臓を掴まれているかのような、酷い息苦しさを憶えた。まるで罪悪という名の水の中で溺れているかのような感覚で、上手(うま)く呼吸出来ているのかと、真剣に考えるほどであった。


「そ、そう…… そうなのね。それで今では南十字星は空っぽなのね。でもとても気の毒だわ。それに純白の魂を持ったユシカもいるのではなくて? 洗う必要のない魂はどうなるの?」


「そうですね。確かにユシカの無知(むち)で、幼稚な小童(こわつぱ)は、雪みたいに真っ白い魂を持っていそうだね。私が思うに、清まるユシカの穢れない魂は、選別されて、何処か違う空間にいくと思うのです。


でも、残念ですがユシカの魂は私が知る限り、魂の抜け殻となった依り代たる器が、腐り、塵に還ると、総て、一瞬に、消えてしまう。そう、黒も白も選別することなくね」


「そうなの――… なんだかとても気の毒です――… 私、ユシカの全てが、暴虐無謀な悪党ばかりだとは到底思えないわ。ユシカ総てが余さず罪深き罪人なんて… とても哀しすぎるわ…――」


「ウサギさん、貴方勘違いしていますよ。ユシカは全て罪人ですよ。一欠片(ひとかけら)(あま)すことなくね。罪とは受け継がれるのですから。(さかのぼ)れば始まりのユシカが罪を犯したのです。その罪は永劫(えいごう)許されることなく、久遠(くおん)に受け継がれるのですからね」

 

「そんな――……」


ウサギは悲観し、隠すことなく、諦めと憐れみの表情を更けだし、黙り込んだ。


「ですから言うなれば、ユシカの器は罪人を囲う牢獄。ユシカの魂は罪と罰が練り込まれた鎖で縛られ牢獄に収監(しゅうかん)されている、囚徒(しゅうと)と同じです。牢獄から出られても鎖は外れませんよ。いずれまた、罪人は、牢獄に戻らなければならないのですから」


反論も正論も語れない。虚言(きょげん)でも妄言(もうげん)もない。総ては正真(しようしん)であり、ハレー彗星が言うことに違いはないと何故かそう思えた。それはまるで意識が芽生えると同時に、魂に刻まれたように、ストンとウサギの魂に落ちてきたのだ。


ーユシカの魂は鎖で縛られ、未来永劫(みらいえいごう)監獄に収監され、久遠の苦しみを刻み罪を償うー



ウサギは自らの黒い形を、ユシカの黒い魂と重ね合わせ、何とも悲しく切ない気持ちになり、泣き叫びながら、今にもわ――っと大声を張り上げたい気分になった。


しかしハレーの前で泣き叫ぶのは余りに馬鹿げたことであり、またうら恥ずかしくもあり、ウサギは下唇を噛みしめると、賛美の音色について問いただすこともなく、想いに耽る旅人のように、唯々静かに不変なる銀河を遠い目で見つめていた。


寂しげなウサギの様子を感じたハレー彗星も、どこか莫然(ばくぜん)と寂しそうで、千秋万歳(せんしゆうばんざい)、二人の間に千載(せんざい)とした沈黙が続いた。

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