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○始まりであり終わりである回想○

父がレコードプレーヤーに、シューベルト『魔王』をかけた。


<語り手>夜の風をきり馬で駆け行くのは誰だ?それは父親と子供父親は子供を腕にかかえしっかりと抱いて温めている


息子よ、何を恐れて顔を隠す?お父さんには魔王が見えないの?王冠とシッポをもった魔王が息子よ、あれはただの霧だよ


魔王:「可愛い坊や、私と一緒においで楽しく遊ぼうキレイな花も咲いて黄金の衣装もたくさんある」


お父さん、お父さん!魔王のささやきが聞こえないの?落ち着くんだ坊や枯葉が風で揺れているだけだよ


魔王:「素敵な少年よ、私と一緒においで私の娘が君の面倒を見よう歌や踊りも披露させよう」


お父さん、お父さん!あれが見えないの?暗がりにいる魔王の娘たちが!息子よ、確かに見えるよあれは灰色の古い柳だ


魔王:「お前が大好きだ。可愛いその姿が。いやがるのなら、力ずくで連れて行くぞ」


お父さん、お父さん!魔王が僕をつかんでくるよ!魔王が僕を苦しめる!


<語り手>父親は恐ろしくなり 馬を急がせた苦しむ息子を腕に抱いて疲労困憊で辿り着いた時には腕の中の息子は息絶えていた


父様、何故、こんな怖いお歌を聴くのかしら? 私とても怖いわ。


美しい音楽に囲まれ、自ら旋律を愛し、様々な旋律に愛された十歳になる、金髪に青い眼をした愛くるしい少女は、誕生日に父から贈られた、大好きな黒いウサギのぬいぐるみを、その腕にきつく抱きしめながら、父に問うている。


安楽椅子に座った父は、パイプを咥え、ワインの注がれたグラスを片手に、優しく少女に微笑んだ。そして、すっと立ち上がると、ワインをテーブルに置き、広間に鎮座したグランドピアノの鍵盤を軽く叩いた。


そうだね、お前には、とても恐ろしく感じるかもしれないね。ゲーテの『魔王』のストーリーは、デンマークの伝承をベースにした『ハンノキの王の娘』に基づくそうだ。


「ハンノキ」とは、カバノキ科ハンノキ属の落葉高木で、「ハンノキの王」は、樹木の精霊の王という超自然的な存在として描かれている。


4人の登場人物で歌い分け『魔王』には、「語り手」、「父親」、「息子」、「魔王」の4人の人物が登場する。一人の歌手によって歌われるのが通常だが、4人の歌手によって別々に歌われることもあるそうだ。


シューベルトは4人をそれぞれ異なる音域に配置し、それぞれに固有のリズムを持たせているんだよ。

((https://www.worldfolksong.com/classical/schubert/erlking.html 参照 2025年8月16日))


ああ、きっと今は不気味に思えても、お前も大人になれば、きっと此の歌の素晴らさが、理解できる時が来るだろうよ。何時か、きっとね――……


ああ、私よくわからないわ。だって、可哀想よ…… この息子は亡くなってしまうのだもの。死ぬのはとても、怖いわ。独りはとても怖いわ。何故、神様は私達を殺してしまうのかしら?


父は少女の波打つ柔らかい金色の髪を優しく撫ぜながら、微笑んだ。


それは、救いだよ。神は私達に救いを贈られたのだよ。


何故、死ぬことが救いなの? 少女は不思議そうに首を傾げた。


いいかい。神は自らを模して人を創造された。でも、全く総てを模したわけではない。私は思うのだよ。唯一無二である神が、もし、苦しみを持つのなら、それは、永遠で永久で、無滅であることだとね。


だからこそ、神は人にその苦しみは与えなかった。滅ぶという、祝福をお与えになったのだと、私は思うのだよ―――……


少女はその夜、震えてベッドに潜り込んだ。少女は思った。夜になると黄金色に輝く月を見て、ああ、私、全く消えて滅んでしまうなら、このぬいぐるみように、お月様に映る可愛らしいウサギのように、とても長く生きてみたいわ。


この地上でどのような事柄が始まり、そうして終わりを迎えるのか。始めから、終わりまで、そうね、全くの終いを、この眼で確かめてみたいわ。


少女は黒いウサギのぬいぐるみ抱きしめ、胸に飾られたネックレスの十字架を、真固く握りしめ、深い眠りについた。

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