○対価と贖罪○
大罪人が蒼い炎に焼かれ踊り狂う。
笛を吹き、弦を弾き、手を叩き、足を踏みならす。
泣き響むそれは狂気の歌。
狂った音と、歌に合わせ、狂気の舞を狂った踊り子が、舞い続ける。
牢獄たる器はその機能を失うまで舞い続け、後は唯々朽ち果てるのを待ち、地べたに横たわりキスをする。糸が切れた人形は、もう、二度と踊れない。
贖罪と云う名の鎖に繋がれた魂は、蒼い炎に焼かれ、穢れた魂は子鬼となり、時のトンネルで、いつ果てると知れない欲望を満たすため、ひたすら天井や壁を叩き続ける。
そして上手く事をなしても、辿り着く先の終わりは、朽ちる牢獄の器である。未来永劫、人はその贖罪を繰り返し、苦しみ続ける宿命なのだ。
少女は見た。踊り狂う罪人の群れ。辺り一帯を焼き尽くす蒼い業火の炎。
それはまるで燃え盛る狂気の山。
ゲヘナの炎に焼かれた邪な魂の悼み。
ゲヘナの炎に焼かれる苦痛や恐ろしさ。
瞬間思い出される、永劫繰り返される、消滅という恐怖。
凄まじい負の感情が火柱と同じく激しく渦巻いている。しかし地上に降り注ぐ流星や、蒼い炎に包まれる人らを見ても、全く動じず、逃げ出さない人らもいた。
良心に嘘をつかず、良心にやましさのない人らだ。人は誰しも久遠の罪人である。其の魂は、等しく罪の鎖に繋がれている。だが、しかし、それでも真の善人はいる。
朽ち果てる器が保つ間、他人を尊重し、尊び、敬い敬意を払い、自然を愛し、他の種族も柔軟に受け入れ、自らの出来うる総ての犠牲を対価とし、あり得る代償に差し出す覚悟を持った、真なる守り手たる白い魂の子ら。
真、その様な人等も正真正銘あり得るのだ。
真の、清まる魂の人らである。
例えその行き着く先の終わりが同じであっても、それでも、やはり、彼等の行いは尊び、敬うべき行いである。
少女は知っている。例え行き着く先の終わりが同じであっても、彼等の目先は時のトンネルではない。
牢獄たる器に還るまでに、彼等は銀河の星となり、暫くの悠久の時を謳歌するのだ。だが星も不滅ではない。
いつかは塵へと還る運命故に、永劫の懺悔を強いられた鎖に繋がれているのは、誰彼も等しく平等であり、軈て戻り還るのは、百年と保たず、腐り、塵へと還る、牢獄である人の器なのだ。
まるで引き寄せるられるように清まる魂を保つ人らが、嘘偽りない悲痛の面持ちで、月のウサギと、ウサギを抱きしめる少女を中心にして取り巻いている。
清まる魂を宿した器は未だに焼かれることなく、宙から垂れ下がる糸は、まだ、切れることは無い。彼等が笛を吹きならがら、手を叩き狂気になりはて踊り狂うことは、決して無いのだ。
畏れを抱きつつ、清まる魂を宿した小僧が、少女に近づき、ウサギの頭を優しく撫で始めた。
「この子可哀想に。もう死んでいるんだね。なんて綺麗な服を着ているんだろう。まるでりっぱな貴族様のお子のようだよ」
すると少女の口許が綻び、自然と小僧に笑いかけた。
「そう、貴方には真が見えるのね。そうよ、この子は月のウサギ。ほら、ご覧なさい。この碧いフード付きの天鷲絨のコート。此程キレイに輝くのは、七色天然石の欠片が鏤められているからなんだわ。
ほら、この胸もとの大きな宝石。これは天の河で数千年に一度、いえ数万年かしら? 採れるとも知れない、それはそれは貴重な七色水晶石を加工して創りあげたものなの。永久に美しく、七色に輝き続けるのよ。
時のトンネルで働く子鬼らが、必死になって掘り出した宝石の原石を加工するの。宝石の原石は子鬼らが償いのため、苦しめた子らの為に必死に探すのよ。罪が深ければ深いほど、貴重で美しい原石を探さないといけないの。
私はね、子鬼らが苦しめた子らに、掘り当てた原石を探すのがとても得意なの。だから銀河に来た子らに合った、ぴったりの宝石に上手く加工して、贈ってあげられるのよ。
この七色水晶石は――… 6匹の子鬼が漸く掘り出した宝石の原石だわ。此程の原石を見つけなければならない子鬼等は、余程の罪深い罪人でしょうね。
ああ、私、その子鬼らの苦痛、痛み、辛さ、悶絶する様が目に浮かぶようだわ」少女の優しい慈愛に溢れた微笑みは、絶えることを知らないが、その目は笑っていない。だがその目には、悦びと、満ち満ちた満足感が宿っている。
「四苦八苦して困難な境遇を恨み、時には嘆き、そして時に後悔するのよ。私はその姿を思い浮かべ嘲り、軽蔑し、何処かで高笑いを浮かべるのね。
でも、此程までに貴重で美しい原石を堀り当てても尚、罪は許されないのよ。まだまだあの6匹の子鬼らは掘り続けるわね。それほどに極悪な罪を犯したのだわ。そう、あの6匹の子鬼らは、未来永劫、時のトンネルに留まり続けるのが相応しいわね」
一瞬、少女の目は色味を無くし、薄い霧がかかった。そして冷ややかな笑みを浮かべると、氷のように冷たく微笑んだ。
そして小僧を見つめ、お返しとばかりにその頭を優しく数回撫でた。
小僧は顔を赤くして、照れ臭さそうにはにかんだ。少女の中にまるで母親の胸に抱かれているような、慈愛に満ちた深い安らぎを感じたのだ。
少女はウサギの額に手を乗せ想いに馳せる。
ウサギは総てを知ってしまった。貴方が何者で、私等が何者であるかを。貴方は繰り返す。未来永劫を、同じ時を繰り返している。
一殺多生、貴方は自らの清まる魂を対価に、夥しい数の清まる魂を銀河へと導く。それは決して変わらぬ輪廻の鎖。
貴方の過去は悲惨だわ。血が凍り、泣き狂い、狂人になるのは、至極真面だわ。悪党を恨み、罪を憎み、力を嫉み、汚らしい感情が芽生えるのも、また瞭然たる権利でしょう。
貴方は黒い邪な魂が、南十字星の白熱で焼かれ、浄化され、銀河の星となり、一時の悠久の時を過ごすのが許せ無かった。だからこそ、貴方は自らの清まる魂の片隅に、黒い点が垂れることを承知で、その清まる魂を対価にして祈った。
それは救いを求めるに等しい祈りだわ。
挙げ句、清まる魂は変わらず銀河の星になり、黒く邪な魂には新たな苦痛を与えるべく、時のトンネルで久遠とも思える時を、醜い子鬼として、罪を償うべき石を掘り続けるという苦渋を味わうこととなった。
それは貴方が望み、貴方が感懐し、貴方が英断した事柄。人は永久に愚か者よ。汚れた魂は決して消滅しない。ユシカノホシが穢れた魂で充ち満ちた時、貴方は総てを忘れ、黒いウサギになり私の陰として生まれ堕ちる。
銀河で忌み嫌われる黒い体躯を保つのは、貴方への罰。清まる魂の片隅に落とされた、一滴ばかりのどす黒い点が、全身を貪り浸食した罪深き黒なのよ。
それは永久に償おうと許されない、貴方の罪への代償。
総てを統べる御方は無慈悲よ。成すべき大義に対して、それ相応の対価を、平然と、残酷に求めるの。
そう、もう永年の時、私は貴方が陰として生まれ堕ち、貴方がヒカリノタマに興味を持ち、ユシカノマチに征こうとする度に止めてきたわ。
それは悠久の如く、もう数え切れない程にね。
それが無駄なことだと判っていてもよ。
もし私が貴方にどのように懇願し、嘆願し、強く願っても、貴方がユシカノホシに征くことは判っていたわ。
貴方が。過去も未来も、総ての時間が混ざり合う時のトンネルで、貴方の犯した罪を知り、過去を知り、総てを悟り、そう、清まる魂は変わらず銀河へ、穢れた魂は、永劫に近い苦痛を与える、時のトンネルへ誘う願いが叶えられた真実を知ることもね。
それが貴方の野心であり、望んだ野望であり、探し求めた真実。その自らの汚らしい感情を知り、千万の黒い魂を子鬼にした罪を、貴方は魂が砕けるほど悔やみ、悼み、苦しみ続ける宿命。
それが貴方へのもっとも由々しい久遠の罰。
それでも、止められないと判っていても、私は貴方を止めずにはいられない。それが私が負うべき贖罪。
そして時のトンネルで、子鬼になり、久遠の苦しみを科せられると知りながらも、千万の黒い魂をゲヘナの炎で焼き尽くして送らねばならない苦しみ。
ああ、私の愛しい、穢れなき魂の貴方――心から愛する、貴方の変わらぬ辛く苦しい未来を、此の何時朽ちるとも知れない身体が塵に還るまで、永劫見続けなければならない、耐えがたい苦痛。
それが私への最も由々しい罰。
それが私から貴方への心からの贖罪。
そう、貴方の家族であり、母である私の永劫の償い。
私もまた、何時か塵へと還るでしょう。でも私の罰も消滅しない。
何故なら私の魂も、貴方と同様に久遠に贖罪を償う鎖に繋がれているのだから。
総てを統べる至上者は、総てにおいて全く平等なのよ。
だからこそ無慈悲でなければならない。
完全無欠であり得るが為に。




