○真の奇跡が創り出すモノ○
愚かな女らが、今にも飛び掛かからんばかりの勢いで騒ぎ立てる。少女を愚弄し、貶め、辱めようと必死に叫び、狂ったように罵声を浴びせる。だが、少女は全く動じない。相変わらず優しく、柔らかく、穏やかな口調で諭すように語りかける。
まるで聖職者のように。
「今私達を見ている人らに言っておくわ。そうただ見ているだけの、罪深い人らよ。貴方等は、このようにとても小さな王国の中でさえ啀み合い、軋轢を生み、そして悪と分かりながら真実から目を背け、頑なになり、口を閉ざし、とても無関心だわ。
ああ、貴方等もいずれウサギのようになるのよ。考えてご覧なさい。腐る器に其の魂を入れた瞬間から、貴方等はいつでも不平等よ。でも全くの平等もあるのよ。それは天に召されるときだわ。
貴方等はいつでも覚悟を持てるように、準備を怠らず備えているでしょう? 眠るのがその良い証明でしょう。幾ら眠らぬよう堪えても、結末として眠ってしまう。それは腐る器から離れる備えを整えている証なのよ。
その時を貴方等は普遍的に刻んでいるの。片方の手で、片方の手首に軽く指を当ててご覧なさい。血が脈打ち、刻んでいるのを感じるでしょう? 息を吸い、吐くのを止めることは出来ないでしょう?
それも刻々と終わりを迎える支度を整えている証なのよ? 刻む時は嵩んでいるのではなく、軽くしているのよ?
そう、時を刻み、残された時を減らし続けているのね。貴方等はそれを病に侵されるか、年をとり、衰えるまで目を瞑り、愚かな盲目者となりやり過ごす。貴方等は迎える結末を、全く承知しているでしょう? でしたら終わりを迎えるのに目を瞑らず、成すべき事を成しなさい。
器が腐り、魂が抜ける時、誰彼もが平等になるの。そして終わりは誰彼にも避けられない運命であり、永劫約束された取り決めですの。そして貴方等は召される僅かな時に、過去の行いを振り返るのよ。
それは一瞬であっても、まるで永久と錯覚するほどに、とてつもなく長いものなの。そしてそれは楽しく、悦びに満ちあふれた記憶ではないのよ。
そう、貴方等が終焉に見る光景、それは罪であり、”戒め”ですの。
幾らかの時を有しても魂の成長もせず、誰彼構わず自らの無知を振り回し、貶し、貶め、苦しめた貴方等には、その時苦しめられた人らが、必ず目の前に現れ立ち塞がるのよ」
少女は知っている。目の前に群がる総ての魂に、決して千切れることのない鎖が巻き付き、文字通り、雁字搦めにされていることを。
その血と肉を貪るように、深く食い込み締め付ける鎖は、未来永劫逃れることの出来ない贖罪であると。
どのような許しも、懺悔も通じない。この子らは、何も知らず繰り返す滅びと、未来永劫の苦しみを捧げているのだ。
「そう、立ち塞がる人らは、とても、とても悲痛にみちた苦痛の表情で現れるわ。貴方等はその方らの虞れと、憎しみと、恨みを宿した薄暗い瞳を見て、真の恐怖を知るのだわ。負の感情を宿した幾百もの目が、貴方等を睨み付け、真底貴方等の不幸を望むのよ。
貴方等は耐えられて?
無理でしょう? 貴方等は苦しむわ。それは耐え難いものでしょうね。そして貴方等はもう狂気になり、泣き狂い、キチガイになって絶叫しながら懇願するのよ。助けて下さい、許して下さい。私が悪かった、と… 後生だから安静して消えて下さい――と。
そう、器が崩れ消え去る瞬間の苦しみは、痛みや消滅への恐怖などの苦痛だけではなくてよ。そして貴方等の顔は、立ち塞がる人らへの恐怖で、醜く、醜く、醜く、崩れ、歪んでいくの。
誰でも意識が芽生えた瞬間から、多かれ少なかれ、深く浅く罪を犯すのよ。それもまた、貴方等の宿命。穏やかな顔で亡くなった人は罪の浅い人。醜く歪んだ顔の人は罪深い人。そうよ。貴方達が見るのは、つまりは良心。良心に嘘はつけないものよ」
少女は知っている。無知で無教養な拙い稚児を思い浮かべると、自ずとその答えは容易く手に届く所にある。稚児は残酷である。欲しいものがあれば泣き叫び、喚き散らし、どのような手段を講じても手に入れようとする。
目の前に異質なものがあれば、何の躊躇なく、偏見と、差別を口にし、誰彼も止めなければ、叩き、凶器と認識せず、足下に転がるものを平然と投げつける。
その行動に悪意はない。一切衆生に、悪意なき犯罪者程恐ろしいものはない。だからこそ訓育するのである。しかし如何に仕込まれようと人は人である。
悲しいかな、犯罪者の血は永劫犯罪者の血となるのだ。
どのように隠そうとも、それが例え稚児でなくとも、闇に追い込まれた大半の者は、いともたやすく道徳を捨て、犯罪者に還る。まるで鳥が巣穴に還るように、至極当たり前に。
それが人だからだ。罪と罰に塗れた鎖に魂を締め付けられ、贖罪と狂気が魂に深く刻まれ、その傷は永久に癒えることがない、犯罪者の血と肉で形創られた、その、人だからだ。
一殺多生、その結果が今目の前にあり、此の愚かな女らは、その落とし子なのだ。
少女は愚かな落とし子らを見る。何も知らないその顔は、余りに拙く酷く醜い。そして改めて少女は想う。人はなんと傲慢で、強欲で、無知で愚かな魂であると。真の真実を知らないとは、なんと罪深い仕業であろうかと。
「ああ、私、貴方等が可哀想。いいえ、貴方等の身内の方がね。だってそうでしょう? 貴方等の死を悼み、悲しむために集まって頂いた方達に、貴方等の顔を見せられないんですもの。そうよ。あまりに醜いのでね」
人は生まれながらの罪人には違いない。それは永劫の運命であり、変えられぬ契約である。だが人は生まれてより、自らの意思で大なり小なり必ず罪を犯す。
それは決して定められたものではない。自由意思である。
だが、しかし、必ず自らの意思で何らかの罪を犯すのだ。
何故なら生まれてより、直ぐに泣き叫び、誰彼に構わず負担をかけているではないか。そしてかけられた相手が負担と思わずとも、それは何年とも定められぬ、義務と、責任という計り知れない重荷を、背負わせるのである。
では、この世に生まれることなく消えた魂はどうなのか。
やはり罪人である。だが、罪はたった一つである。
それは人として魂を受けた罪。
「そして貴方達のその汚れた邪な魂は、薄暗い時のトンネルへ運ばれ、醜い子鬼となり、その絶えることのない欲望のまま、いつまでも、そうそれはもう永久に石を掘り続けるのだわ」
少女の教訓を幾許も理解していないであろう女らは、もう辛抱溜まらんとばかりに、ブタのような女が叫び声を上げ、ガイコツのような老女が辺り構わず怒鳴り散らし、愚かな女らが少女に掴み掛かろうとした、その時。
「ああ!! あれはなんだ!!! 」
誰かが宙を指さし叫んだ。その叫び声を聞き、その場にいた全ての人等が宙を見上げた。其処には、驚くべき光景が広がっていた。
それは全く異望な情景だった。夜空一面を、何千、何万という数の流星が流れている。見渡す限り目に映る宙は総て、流星で埋め尽くされている。もはや一欠片の宝石が入り込む余地がないほどに――……
見よ、普段なら見えるであろう、カシオペア座のアステリズも、七曜星さえも、総ての星座が流星に飲み込まれている。
それは牢獄の器に囚われた罪深い人らが、何の代償もなしに拝観出来る代物とは、到底思えないほど壮大であり、また、余りに壮麗な情景だった。
どのように高価な絵画を眺るより、どのような美しい彫刻に触れるより、この絢爛な美しい光景を見る事は、全く価値があり、至極尊い経験であった。
人が完璧を求め、何かを作り、生み出すには、どのように足掻こうともやはり限界がある。
百年とない、余りに短く限られた時の中で、完璧なる理想の無欠を求め、追求し、探求し、どのような手段を講じようとも、真に納得できる産物を生み出す偉業を成し遂げることは出来ない。
そう、器が腐り、朽ち果て、唯の肉塊になり、塵に還るまで魂を燃やし尽くし、持てる対価を総て投げ捨て取り組もうとも、人には到底、到達できない純然たる辿り着けない領域があるのだ。
だが見よ。今、真にその領域を超えた存在が、超越した情景が、目の前に広がっている。
真の奇跡とは、真のモノである、真のモノが造り出すモノなのだ。




