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○ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)の建つ真実の森○

辺り一帯に(せわ)しく、子鬼らがかつかつと(たがね)を振り下ろす音が鳴り響き、相変わらず天井からは雨のように石ころが落ちてくる。


幾ら進もうとも変わらぬ眺望に、菲薄(ひはく)な不安を抱きつつ暫く進むと、遠くに小さな行灯(あんどん)のような柔らかな(あか)りが見えてきた。


その灯が見えた途端、幻王冠カラスの鋭い眼光が、灯に負けじと、より一層輝きを増した。


そして幻王冠カラスは貴重な遺産でも見つけたように、脇目も振らず、一心不乱に灯目掛けて、猛烈な速さで飛び始めた。それはひとつの始まりが終わる予兆である。


「ああ、そうなのね。その先にヒカリノタマの在り場所、安穏の地があるのね!!」


ウサギも興奮状態に陥り、まるで灯を偶像視する敬虔(けいけん)な信者のように、縋るように懸命に灯を追い求めた。


果たしてこのトンネルに、終わりはあり、救いはあり得るのか。そして錆びた幻の王冠を、誇らしげに誇示するカラスを心から信用して良いのか。ウサギが疑ったとしても無理はない。心の何処かで不安を抱き疑うのが、ごく当たり前であり、その権利を主張しても誰も咎めないであろう。


無我夢中で灯に突進する幻王冠カラスの姿を目の当たりにして、(ようや)く抱いていた疑義をただし、疑心感と云う、重い荷を下ろす時が来のだと、ウサギは悟った。


いい知れない寂寥感(せきりょうかん)が漂う感覚を味わいつつ、総てを見届け、総てを知るためにウサギも灯に向かい突き進む。


近づくにつれ、灯りは広がりを見せ、洞窟全体を明るく照らしはじめた。それは明らかにトンネルの出口へと続く灯だ。先に見えるのは、漸く辿り着いた、長い長い、暗いトンネルに終わりを告げる、待望の出口なのだ。


幻王冠カラスはいち早く光に飛び込み、光に吸い込まれるように視界から消え失せた。ウサギも後に続かんと手を伸ばしたその時、目の前が目映い光に包まれた。


突如(とつじよ)灯が爆発して瞬時にウサギを飲み込んだのだ。


炸裂した灯は白く発光する眩しい閃光となり、珍しい石も、化石も、子鬼らも余すこと無く、総てを消し飛ばして往く。その時6匹の子鬼の歓喜する声が遙か後方で聞こえた。


「あった、あったよ! 見つけた、見つけたよ! この石よ! 献上よ、献上よ……――」


振り返ると、小さくぼんやりとだが、薄明かりの中で、眉唾ではない、喜び、勇み、はしゃぎ回る6匹と子鬼と、七色に輝く淡い光をウサギは確かに見た。


そして閃光は輝きを増し、歓喜する6匹の子鬼も、七色の光も、純白なる遥か彼方へと追いやった。余りの眩しさに目を開けるのもままならず、ウサギは何度も目を(しばたた)かせると、(やが)て眠るように固く目を閉ざした。


純白たる光は、刹那にして、総てを幻の如く消し去ったのだ。


幾許の時を刻み、いか程眠りに落ちたのか。漸くして、深い眠りから目覚めるように、ウサギはゆっくりと目を開いた。


時移り、目の前に発現したのは、何処までも果てしなく広がる荒れ果てた宏大な森であった。遙か上空、空一面は朱く、また地面も朱い。草木はどす黒く、それは行き着いた先の朱であった。


直ぐ目の前には戦勝記念塔(ジーゲスゾイレ)のように(そび)え立つ、樹齢数千年は経つであろう、今にも崩れそうな一本の朽ち果てた巨木が、存在感を示すように威風堂々と立ち尽くし、幻王冠カラスは我が家に帰り着いたように、我が物顔でその巨木に()まり、こちらを窺っている。


いや、正真正銘迷うことなく、幻王冠カラスはこの地の主である。錆びた王冠はこの地を納める者の確固たる証明で在り、証なのだ。


「さあ、ウサギさん着きましたよ! 貴方様は今まさに、”時のトンネル”を越え! 様々な時間をかけぬけたのです。過去も未来も! あらゆる空間を飛び越え! あるゆる時間を飛び越えたのです!」

 

カラスの王は何処かの国の独裁者が宣言するように、威厳を見せびらかし、堂々と叫んでみせた。ルビーのような紅い目は、狂気を宿し、激しく血走り、(くちばし)は勝利の雄叫びを上げるように、宙に向け大きく開け放っている。


歓喜の絶頂に達したその様は、難解な使命を確実に遂行した者の秀でた姿であった。


「過去、未来? あらゆる空間、時間を飛び越える、時のトンネル…?」


だがウサギには、カラスの王が放つ言動の意味が理解できず、この宏大な荒れ果てた森が、ウサギの探し求めていた場所であり、ヒカリノタマが産まれ墜ちるであろう在り場所、”安穏(あんのん)の地”であるのかが気掛かりだった。


カラスの王はヒカリノタマを承知して、この森にウサギを(いざな)った。ならば何らかの形で、この地にヒカリノタマが現れると思うのが道理である。絶対なる確証を得たいウサギは、(すが)るようにカラスの王に確証を求めた。


「この地は私が探し求めた、ヒカリノタマが産まれ堕ちる在り場所、安穏の地なのでしょうか?」


「安穏の?地? (カラスの王は卑屈な笑いを浮かべた) そうですな、まあ、そう、云うなれば… 此処はあの世でもこの世でもない。”真実の森”とでも云いましょうか?


そして貴方にとっては、(まさ)にサンクチュアリである、安穏の地と呼ぶに相応しい地でしょう!即ち! 貴方が探しているヒカリノタマも、真実としてその目にするでしょう!」

 

紅い目をぎらつかせ怪しく笑うカラスの態度に一抹の不安がウサギの胸を(かす)めた。


「ここが安穏の地――真実とは、なんでしょうか?」


「真実、そうですね。しかし! ここは真実の森! 貴方が見るのは総て! 嘘偽りないのない真実! 貴方の望む真実が今! 現れるのです! そして私の望む真実もです! カー!!!」

 

カラスは(そら)に向け、あらんかぎりの金切り声で鳴いた。その鳴き声は、怒りながらも何処か物寂しく、堪え難い(なげ)きであり、また熱願冷諦(ねつがんれいてい)、総て叶わず、何もかも諦めているようにも聞こえた。


そしてバサバサと羽撃(はばた)くと、周囲の空気を何度も何度も、あらん限りの怒りをぶつけるように、狂気になって幾度となく叩きつけた。


叩きつけられた風が、轟音(ごうおん)となり辺り一帯が(どよ)めく。その風は疾風となり地面にしがみつく周りの草木をも盛大に踊らせた。


やがて総ての準備が整ったとばかりに飛び上がると、錆びた王冠を被るカラスの王は、憎き敵を誘い、復讐を遂げた報復者のように、最後に紅い目を激しく怪しく輝かせ、別れも告げず残響(ざんきょう)と、ウサギの複雑な想いだけを残し、遙か遠くへ飛び去った。


真実の森に取り残されたウサギは、最後に残したカラスのひと鳴きに込められた様々な感情、そして捨て台詞の意味に思いを馳せた。


「私が望む真実… そして幻王冠カラスさんが望む真実…――安穏の地には、何か途方(とほう)も無い秘密でもあるのかしら?」


何も無い、荒れ果てた森に独り取り残されたウサギ。孤独はウサギに、魂の永遠なる消滅と、底知れぬ不安、そして虞れを深くその魂に刻みつけた。


見ることが許された風が吹き付け、風の楽譜を描き、音符を刻み音を奏でる。


サン=サーンス『死の舞踏』


穏やかなワルツのテンポにのせて、不気味な夜の墓場のワンシーンが描写される。冒頭で夜の12時を告げる時計の音を模したハープの音が12回爪弾かれる。すると死神が現れ、ヴァイオリンの不協和音と共に、不気味な死の舞踏会が繰り広げられる。


『死の舞踏』で表現されるように、弱り切ったウサギの魂を捕るべく、三日月型の大釜を握りしめ喪服(もふく)を上手く着こなした、死と呼ばれる狩り人がウサギに迫ってくる。


大釜を喉元に付けられている恐怖を感じ、ウサギは小さくなるカラスの王を見送りながら、朱い空を見上げ、まだ現れてもいない、ヒカリノタマを掴むように、また、完璧たる救い主に救済を求めるが(ごと)く、顎と両手を宙高く突き上げた。

 

その時、遙か上空で、小さくなったカラスの王が一瞬僅かな光を放ったかと思うと、突然、朱い宙が張裂けるように爆発し、(すさ)まじい白い光線が、雨のように野原一面に降り注いだ。


止むこと無く降り注ぐ光線は、偽りの錆びた王冠が、カラスの王諸共(もろとも)砕け散り放った光の矢であった。偽りの王はその玉座から引きづり下ろされ、カラスの王は、偽りの王に相応しい、還るべき場所へと還ったのだ――…


戒めの如く、無数の光の矢は凶器となり、荒れ果てた大地へと降り堕とされる。


光の矢が放つ純白の光線は、目が(くら)む程であり、ウサギは目映(まばゆ)い光に包まれ、瞬時に目に映る総てが白一色の空間に包まれ、その通り、儚き盲目なる暗闇の住人となった。


同時に、凄まじい烈風が一陣の風となり、勢いよく駆け抜ける。


その勢いは凄まじく、ウサギは弾き飛ばされ、枯れ葉のように宙へと舞い上がり、空中でくるくると踊り狂った。そして地面に叩き付けられるとコロコロと転がり続け、やがて朱い地にキスをした。


更に光の矢は、地面に突き刺さると同時に燃え上がった。立ち上る炎の勢いは凄まじく、それは総てを滅ぼさんとばかりに駆け巡る滅ぼす炎。滅ぼす炎は脱兎の如く、真っ赤な絨毯を一面に敷き詰めて往く。


轟音を鳴り響かせ、怒り狂ったように火柱を上げながら、滅ぼす炎は津波の如く駆け巡り、いつしか目に映る総てを、きれいさっぱり炎の大地へと変貌させた。


かつての真実の森の支配者たるカラスの王の大地に、(くれない)に染められた絨毯が、見事なまでに敷き詰められたのだ。


炎に支配された大地、それはゲヘナの谷であり、地獄である。ウサギは炎に包まれ、何も出来ず、真っ赤な絨毯の上に座り込み、炎に焼かれ地獄へと、絶望の底へと堕ちて往く、己の姿を炎の中に垣間見た。


そして滅ぼす炎は、ウサギの黄金色の瞳をも、見事なまでに美しい深紅に焼いていた。滅ぼす炎と煙、深紅に焼かれた為に、ウサギの目に映る総てが紅くなり、辺りは深い深紅の霧に包まれた。


総ては灰燼(かいじん)()したのだ。

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