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○赤い眼のカラス○

先は漆黒の暗闇。この黒い(なり)で進むなら、闇と同化し、全く煙のように消えてしまうのではないか。一欠片の希望も見いだせず、唯々絶望しか見えない、真の恐怖で(たたず)むウサギの頭上で、擦れたような、ガラガラとした濁声がした。


「おや、月のウサギさん。こんなところで何をしているのかね?」


見上げると墨のように黒く、ルビーのように紅い目をした大きなカラスが一羽、宙からウサギを、値踏(ねぶ)みするかのように見下ろしながら、頭の上をくるくると徘徊していた。


「このような処で月のウサギさんにお目見え出来るとは、これは天運(てんうん)、全く至極(しごく)光栄ですね。しかし貴方、一体全体ここがどのような処か、御存知なのですかな?」


まるで至極優秀な執事のように気取るカラス。知性と寛容さを保ち、自慢の難しい言葉が詰め込まれた引出を備えた戸棚を持つウサギなら、負けず劣らず、悦んでカラスの相手が出来たであろう。


だが憐れかな。緊張と畏れで強張った顔をしたウサギは、気の利いた言葉一つ拾い上げることも出来ず、唯々無言のまま首を横にふるだけである。


するとカラスは捕食者のようにウサギを睨み付け、鋭い一瞥を与えると、紅い目をぎらつかせ、獲物を誘い込むかのように、優しく挑発するように鳴いた。


「まあ、それはそうでしょうね。とりあえず着いてこられると良いでしょう」

 

カラスはそう言い残すと同時に、絶望へと続くであろう暗闇の奥へと飛び始めた。突然の出来事で考える余裕もないまま、果たして、この得体も知れぬカラスに従い、突き進んでよいものなのかと迷うウサギ。


何故ならカラスの頭の上で、暗い灰みの黄紅色をした、言ってしまえば錆び付き、今にも崩れてしまいそうな王冠が、ぼんやりと見え隠れしていたからだ。王冠ははっきりと見えたと想うと、幻のように薄く透けて見えなくなる。それをひたすら繰り返しているのだ。


「不思議だわね。幻の錆びた王冠を被るカラスの王様なんて。態度は丁寧で、上等な執事みたいでしたけど、もしかしたら、何処かしらの森の偉い王様カラスかも知れないわね。私は幻王冠カラスと呼ぶのがよいと思うわ」


その王冠が、ウサギにだけ見えているのかは知る由もない。だがこのまま留まっても、唯々途方に暮れ案山子(かかし)のように立ち尽くすだけだ。いや、まだ案山子の方がましだ。何故なら案山子には、立ち尽くす理由があり、また役目があるからだ。


何の役目もないウサギ案山子は、僅でも希望があるのなら、縋りついても手を伸ばし、掴みとらなければならないはずだ。その先にどのような困難や災厄(さいやく)が待ち受けようとも、不安や迷いを追いやり、前へ前へと進むのだ。今までもそうして栄光の冠を授かってきたのではないか。


目を瞑るなら潰しなさい、口を閉じるなら舌を切りなさい。

その覚悟をウサギは決して忘れていないのである。


カラスの形もウサギに負けず劣らず黒い。宙を照らすのは薄く淡い光。僅かに差し込む光では、高い煉瓦の壁に囲まれた細い路を照らすには遠く及ばない。この暗闇の中で、唯一はっきりと確認できるのは、ルビーのように怪しく光る、幻王冠カラスの紅い目の光だけだ。


うかうかしていたら、カラスは闇に溶けて消えてしまうかもしれない。ウサギは納得し、覚悟を決めると、錆びた王冠を誇らしげに被る、怪しい幻王冠カラスの後を追いかけた。


真っ暗な一本道をつき進むと、細い路は扇子のようの開かれ、煉瓦で積み上げられた横壁は、遠く左右に離れていった。だが横に広がる空間とはことなり、宙は徐々に長細く、視界が小さくなってゆく。壁の先端が湾曲しながら、緩やかに倒れ込んでいるのだ。


構わず進み続けると宙はもはや細い線となり、やがてきれいさっぱり消えて無くなった。煉瓦造りの横壁の先端がしっかりと張り付き宙を隠したのだ。

煉瓦の壁に挟まれた細い一本道の空間は煉瓦造りの巨大なトンネルへと大きく変貌した。

 

暗さが増した空間は、幻王冠カラスの紅い目の光を一層際立たせた。紅い残光を頼りにトンネルを突き進むと、煉瓦造りの壁がごつごつとした岩肌へと変化した。


煉瓦が消え去り代わりに現れた岩肌は、所々崩れ落ち何層もの地層が見えている。地層には、花崗岩や黒溶岩、白雲母か黒雲母など、様々な種類と色をした岩石が張り付いていた。


そして地面には、誰彼に掘り出されたように、無数の石ころが無造作に転がっていた。ウサギは無意識に転がる石ころを避けていた。転がる石の少ない隙間を、特に意識すること無く、ステップを踏むように、テンポ良く、軽快に、難なく避けている。


そしてはたと気付いた。目線が先ほどより高く、高所から石ころを見下ろしている。今更になり、自分が歩き慣れた仕草で、普段通りに歩いてることに気がついた。


そう、四本ではなく二本の足でだ。


「わ、私、二本の足であるいてるわ! それに何てことでしょう? ブローチも碧いフード付きの天鷲絨(てんかじゆう)のコートも着ているわ! お月様の魔法が戻ってるの?! もうここはユシカノセカイではないの? カラスさんどうして? ここはどこなの?」


ウサギは昂揚する感情を抑えきれず、興奮気味に声を荒げた。


「さあ、まだまだ先はありますよ。まずは本来の姿に戻ったと、素直に喜んだらどうでしょうかね。さあもうすぐ、もうすぐウサギさんの求めるものが、きっと見つかりますよ。急ぎましょう!」

 

幻王冠カラスは落ち着き払い、紅い目をらんらんとさせてウサギを()き立てた。


「私の求めるもの? まさかカラスさん、ヒカリノタマを知っているの?」


ウサギは驚きと期待で上擦り、あたふたと落ち着きなく肩を上下させた。


「さあ、どうでしょうね? このまま進めばきっと答えは見つかると思いますよ。ウサギさん、貴方が真に心から望むなら、そのヒカリノタマとやらも、間違いなく見つかるでしょう。ここはそのような拠り所ですからね」

 

「ああ、何てことでしょう。カラスさん貴方は恩人だわ! 私にとんでもない明るい路を照らして下さったのよ。このジメジメした牢獄のように暗く、絶望しか見えない路に、栄光たる一筋の光を下さったのですもの! 私、今は余り惨めではないわ!」


意気揚々と目を輝かせ、気分はこの上なく高揚し、ウサギはとても穏やかで、愉楽な気持ちになり、その足取りは軽快そのものとなった。

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