【第103話】決戦①
~フォルティス魔法学院 学生寮 118号室 にて~
「......言葉が出ないってのは、多分こういう時のことを言うんだろうな......」
自室のベッドで仰向けに寝転がり、真っ白な天井を見上げ、光は独り言を呟く。
自らの過去を明かしたシルヴィアは、あの後すぐに、城へ帰ると言い出した。
勿論、夜中に女の子一人で帰らせるわけにもいかないため、光が城まで送っていったものの。
その道中、二人の間に会話という会話は無く。
ただ一言、別れ際にシルヴィアは、こう言っていた。
『どうかシルヴィア様を、助けてください』
おそらく、この言葉に込められた想いは、一つではない。
そのままの意味で捉えれば、ドレットノートの手に落ちたガーネットを助けてくれ、という話になるだろう。
だが、忘れてはならない。
現在進行形でシルヴィア本人も、光の元クラスメイトである末元と、その上に君臨するドレットノートに命を狙われている、ということを。
だから本当は、他人の心配をする余裕なんてシルヴィアには無いはずなのだ。
「自分のことで精一杯の癖によく言うよ、ほんとに......」
そして、彼女の様子を間近で見ていた光が、そのことに気付かないわけもなかった。
彼女がどんな心境であんなことを言ったのかも、すぐに分かった。
たった一言ではあるが、あの言葉は、シルヴィアという人間の性格や癖なんかを漏れなく全て詰め込んだ、欲張りセットの様なものであった。
「シルヴィア様を助けてくれ、か......そんなこと、今更言われなくても分かってるっての」
そう呟き、フッと笑みをこぼす光。
きっと、自分がこれからすべきことを頭の中で整理し、いい具合に纏まったのだろう。
「俺は、末元の馬鹿をさっさと取っ捕まえて、ドレットノートとかいう奴もぶっ倒して、シルヴィアを守る。 そんで、ついでに赤薔薇の鬼女......じゃない、この国の元王女を取り返す」
ドレットノートおよびリザレア帝国から延びている魔の手から、2人の「シルヴィア」を救い出す。
これこそが、現王女から三刀屋 光に本日付けで課せられた、極秘任務の内容であった。
「とにかく、まずは奴らの居場所を突き止めねえとな。 たしか、城に成り代わる様な精霊を持ってる奴がいるんだっけ......改めて考えると、とんでもない能力だな......まず規模がおかしいだろ、規模が」
合宿初日の夜に、レイリスとシルヴィアから聞いた話によると、なんとリザレア帝国という国には、実体が無いらしい。
土地や城など、国が本来持つべき拠点が一切存在しない代わりに、とある男が従えている精霊が、その時々によって姿形を変え、拠点を担っていると推測されている。
それ故に、5年前にガーネットが攫われ、殺害されたと受け取って以降。
エルグラント王国は復讐のため、ヘカトンケイルを始めとする各地の騎士団が総力をあげて帝国の潜伏先を探り続けてきたが、一向に成果が出ないといった状態が、今現在も続いているのだ。
「毎日毎日コソコソ隠れながら過ごしてるとか、まるで俺みたいだな......そういう時って、いつもどこに隠れてたっけか......ふあぁ......」
ふと、大きな欠伸が漏れてくる。
気付けば、深夜の2時をまわっていた。
「これは......さすがに限界が来た、か?......学校がある日の朝と同じぐらい瞼が重い......」
任務を果たす為に作戦や方針を固めるのは大切だが、事が事だけに、一朝一夕でどうにかなる話でもない。
また、明日は学院が休みの日でもある。
1日の時間をすべて、対帝国への準備等に費やすことが出来るので、今日のところは一秒でも早く身体を休めておくべきだろう。
「必ず俺が......俺とエグゼキューターなら......絶対やれる......今の俺なら......」
光は最後の最後まで、瞼と、瞼を動かす神経の熱い戦いを繰り広げていたものの。
抵抗虚しく、数分足らずで、静かに夢の中へと堕ちていくのであった。
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『ば、化け物だ!!! 逃げろおおおお!!!! 』
『逃げるたって何処へ!? 家や店が全部※△■&$#!!!???』
『うあああああん!!! パパーーーー!!! ママーーーー!!!』
(......あ? なんだ? うるせえな......せっかく人が気持ちよく寝てるってのに......)
『皆さん落ち着いてください!! どうか落ち着い.....ぐわああぁぁ!!!』
『一体何がどうなってんだ!? 悪い夢なら覚めてくれえええ!!!』
(悪い夢......? ああそうか、俺は夢を見てるのか......じゃあいいや、もう少し寝てよ......起きたら、今日こそ末元の奴を見つけて......それで......)
『燃えろ、フレイム・スピア!!!......だ、だめだ! 効いてない!?』
『こいつら本当に人間なのか!? 痛覚が無......うわああ!!??』
(チッ、やけに騒がしい夢だな......勘弁してくれよ......つーか声がめっちゃリアルていうか、なんかおかしくねえか、これ.....)
『おい、民の避難は済んだのか!?』
『避難なんて出来るわけないじゃないすか!? この状況見れば分かるでしょ!? ※△■&$#.....なんだから!!!』
(避難......戦争中か何かか? 昨日あんな話を聞いたからかな......シルヴィアもガーネットも王様も、本当につらかっただろうな......)
『クソッ!! 帝国の奴らめ!! 5年前の雪辱、必ずここで果たしてやるぞ!!』
『シルヴィア様は......シルヴィア様だけは、我らの手で何としてても守り通さねばならぬ!! ここはもう良い、城周辺に増援を送れ!!』
(......帝国? シルヴィア......? 夢とは言え、聞き捨てならねえな......まっ、そういうことなら俺も参加させて貰うとしよう......)
深い深い眠りの中で見ていた夢。
光はいつものように右手を突き出し、いつものように相棒の名を叫ぶ。
(来い!!! エグゼキューター!!!!!!)
その瞬間、驚くほど、綺麗にパッと目が覚めた。
そして........
―――――――その直後に自分の目に飛び込んできた光景を前に、絶句した。
「......は? なんだ、これ......俺もしかして、まだ夢見てんのか?......違う、意識はハッキリしてる、ってことはまさか―――――」
目が覚めた光の視界に、真っ先に入ってきたもの。
それは、異世界という、この非現実的な環境に転生した彼でさえも。
「信じられない」「有り得ない」と、心の隅々から感じるほどに、現実を越えた現実を更に凌駕する、あまりにも非現実的な光景だった。
「これが......現実だって言うのかよ......」
約1ヶ月の時を過ごし、この世界における光の故郷とも呼べる街、王都ニヴルヘイム。
食材や衣類の調達などで何度も世話になった、近所の商店街。
多くの生徒が住まう施設、学院寮。
日々通い、魔法の心得を学んだ、フォルティス魔法学院。
そして、絶対に守ると誓った相手、シルヴィア=ルー=エルグラントが身を置く、ニヴルヘイム城。
いま、これらを含む"王都ニヴルヘイムそのもの"が。
―――――――まるで巨大生物の体内を映したかの様な、醜怪で気味の悪い、赤紫色の肉壁に飲み込まれていたのだ。