【第102話】呪われた娘.END
たった一夜にして、私は全てを失った。
今まで面倒を見てくれていた両親もいなければ、帰る場所もない。
かと言って、生きることを諦めてはならない。
飲まず食わずの状態が続けば、いずれ息絶えてしまう。
だから私は、まず森を抜けることを第一に考え、沿岸都市レーブルを目指した。
道中、魔物との接触は避けれない環境でしたが、魔力感知の力を活用し安全なルートを見極めることで、なんとか無事に辿り着くことが出来たのです。
~沿岸都市レーブル にて~
「......ここで......合ってるよね」
レーブルに到着後、私が最初に向かった先。
そこは、本来は冒険が集う場所である「ギルド」でした。
『ねぇ、ちょっとあの子.....服も身体も顔も、何から何まで血だらけじゃない?』
『親が貧乏なのかねぇ。 かわいそうに......』
『あれは貧乏とかそういう系の部類とはまた違うだろ。 ほら、あの目を見てみな......ありゃ多分、やってるぜ』
「...........」
施設の中は、沢山の冒険者で溢れかえっていました。
屈強な鎧や武器を背負った、腕っぷしの強そうな人を始めとして、
そういった男性に媚び諂う女性や、一日中お酒を飲んでいる年配の方など、本当に色んな人がいましたね。
そんな物騒な環境の中に子供一人で来ていたのですから、目立たないわけがありません。
ただでさえ目立つというのに、それに加えてボサボサの髪の毛に泥だらけの服、そして血で汚れきった顔。
正直、嫌味や皮肉を言われても仕方がなかったのかなって思います。
『おい嬢ちゃん、こんな所に一人で何の用だ? ママはどうしたよママは? もしかして迷子ってやつかぁ?』
「............」
『チッ、無視かよ.....そうだ、せっかくだからこの俺がお前の面倒見てやってもいいぜ?......そう、色んなところの面倒をな......ガハハハハッ!』
「............」
ギルドに通っている間は、こういった類の煽りをしてくる人が後を絶ちませんでした。
口先だけでは終わらず、実際に暴力を振られたことも多々あります。
殴られたり蹴られたり、クエストで稼いだお金を奪われることだって珍しくなかった。
でも当時の私には相談できる人なんて居なかったし、他に行く当てもなかったから、ここに留まるしか選択肢がなかったのです。
だから私は、全部自分一人の力でなんとかした。
本気で身の危険を感じた時は、ここでは話せない様な道理に反したやり方をしてでも、自分の身を守ってきた。
だってそうでもしないと、生きていけないから。
勿論、こんな状況だったので、別に生きていたいとは全然思ってなかったけど。
一度決めたことは、意地でも変えたくなかったのです。
~沿岸都市レーブル 大港 にて~
「......海って......広い......」
クエストをこなしてお金と最低限の食料を確保し、夜は街周辺の小さな森で野宿。
翌朝、またクエストを受注しにギルドへ向かう。
そんな生活が、半年ほど続いたある日。
私は、レーブルでも特に大きかった港に何気なく立ち寄り、堤防に座ってぼーっと海を眺めていた。
「......もぐもぐ......んぐっ。 うぇっ、ゴホッゴホッ......」
なけなしのお金をはたいて買った安物のパンでも、それなりに空腹は満たされます。
味に関しては、決して良いとは言えないものでしたが。
「......もう日が暮れてきちゃった。 早く森に移動しないと」
大体夕方から夜にかけて、レーブルには荒くれ者が各地から集まってきます。
この辺では最も栄えていて人口も多い街なので、そう言った人達にとっては何かと都合が良いんでしょうね。
そういった理由もあって、私は街から森へ移動する間は、常に魔力感知の力を使い、周囲を警戒しながら進みます。
そしてこの日も例のごとく、港を出る前に周囲の様子を探ってみました。
――――――すると、今まで一度も見たことのない様な、異質な輝きを放つ魔力を感じたのです。
「なに、これ......大きくて、暖かくて、真っ赤な色......すごく、綺麗......」
その美しさに私は思わず立ち止まり、魅入ってしまった。
魔力の大きさだけを見ても、明らかに一般的なそれとは大きくかけ離れていましたが、驚いたのはそこではありません。
力強さと威厳を、これでもかと言うほど押し付けてくる真っ赤な色をしているのに、時に優しさや、暖かさなんかを感じさせてくれる。
そんな不思議な形をしていたのです。
「............」
私はあの事件以降、まるで感情が欠落したかの様に、何事にも関心を持たなくなっていました。
他人の動向や国の行く末とか、知ったことではなかったし。
街の路地裏で何度酷い目に合わされても、つらくもなんともなかった。
―――――それなのに。
この時だけは何故か、無性に気になってしまったのです。
『この綺麗な魔力の所有者は、一体どんな人なんだろう』と。
「......ッ!.........!!!」
気が付くと、私は無我夢中で駆け出していた。
時が経った今でも、どうしてそんなことをしたのかよく分かっていません。
―――――――でもこの日の、あの方の出会いが。
絶望の淵にあった私の人生を、大きく変えてくれたんです
「......つ、着いた......もうすぐ、会える......!」
それから少しの時間が経過し。
私は、例の赤い魔力の持ち主がいると思われる場所に着きました。
しかし、ここにきて想定外の事態が生じます。
「どの人だろう.....もう、いっぱいいて全然分かんないよ......今日に限ってなんでこんなに人が多いの......?」
膝に手を置き、肩で息をしながら目当ての人物を探しますが、なかなかその姿を捕らえられません。
というのも、何故かその日は、いつもの数十倍にも及ぶ人々が、街の表通りに集まっていたのです。
魔力感知を使った時点では、あの人の周りには多くても20人とか、それぐらいしか人がいなかったのに。
「......お願い......通して......通してください......ッ!」
身長が低く、力も弱い私は、人だかりの最終列から一向に前へ進めない。
あの人はこの群衆の中心部に、確かにいるはずなのに。
近いようで遠い、手が届きそうで届かない、もどかしい気持ちになる。
更には、追い打ちをかけるように......
「だめ......これじゃいつまで経っても......」
『ああ? ウロチョロしてんじゃねえよ汚ねえガキが!!! どけ!!!』
「.....きゃあっ!?」
後ろからやってきた男性に、まるでゴミを片すかのように手で払われ、地面に叩きつけられる。
『ヘッ、ざまあみろクソガキ。 って、お?......ま、まさかあれは......!!!』
その直後。
なぜかその男性が突然、氷の魔法でもかけられたかのようにピタリと硬直した。
それから.........
『お......王女殿下だ!!! ついにシルヴィア王女殿下がお見えになられたぞ!!!!』
『うおおおおお!!! すげえ!! 本物なのか!?』
今度は街一帯が、大喝采の音で包まれ始める。
耳を塞ぎたくなってしまうほどの、歓声と熱気だった。
「シルヴィア王女殿下って......たしかエルグラントの......」
ここで私は、なぜ今日だけレーブルに、人がこんなにも大勢集まっていたのか、その理由がようやく分かった。
どうやらここ最近、ジブニール=ザ=エルグラント王を始めとする王族の方々が、5年に一度の聖典のようなものを開催しているらしい。
聖典の内容は凄くシンプルで、王族が国の主要都市を回り、民との親交をより深めようというもの。
つまりこの異常な混雑の理由は、レーブルに訪れた王族を一目見ようとして、瞬間的に人口が激増していたからです。
「お姫様、かぁ......って、それよりも私は......」
私がここに来た理由はそうじゃない。
あの美しい魔力の持ち主に会ってみたいから、ここに来たのです。
「......もう少しなんだ......もう少しで......!」
地面に転んだ時に擦りむいた膝を抑え、もう一度立ち上がる。
ですが不運なことに、私は立った時の振動で、お金を入れていたポーチを落としてしまった。
「......あっ......えっ......?」
ポーチを拾おうと手を伸ばした時。
自分とは別の大きな手が先にポーチを掴んだ。
『ボロい袋だなぁオイ......ざっと800ルビぐらいか』
見上げるとそこには、身長が2メートル近くもあって、顔に複数の傷跡を作っている、見るからに怖そうな人が立っていた。
「あの......それ、返してくれませんか?」
『はあ? なんでだよ? 俺が先に拾ったんだから、これは俺のモンだろうが』
「お願いします......それがないと生きていけな―――――」
『うっせえなゴミが!!!!』
「っ......!? がはっ......あ......」
尖った靴のつま先で、私は腹部を思い切り蹴られた。
凄く痛くて、息も出来ない。
でも、もうこんなことにも慣れてしまった。
地面に膝をつき、お腹を抱えてうずくまりながらも、内心「またか」と思ってちょっとだけ笑いがこみ上げてくる。
(......また一からお金稼ぐの、大変だなあ......)
そんなことを思いながら、呼吸が復活するのを待っていると。
私の方に向かって、誰かが歩いてくる音が聞こえた。
もしかしたら、この怖そうな人の仲間が来たのかもしれない。
私は痛みと呼吸の苦しさから、頭を上に向けることさえ出来なかったので、魔力感知を使い、いま接近しつつある人の魔力を探る。
―――――それから見えてきた光景に、私は目を疑った。
「......赤くて、大きくて......綺麗な形の......あの人......?」
その瞬間。
痛みとか、呼吸とか、もう全部どこかに飛んでいった。
会いたいと思っていたあの人が今、私のすぐ目の前にいるのだ。
私は膝をついたまま顔を上げ、前方を確認する―――――。
『ほら、立てる?』
「......あの......あなたは......?」
『シルヴィアよ。 一応この国の王女をやってるんだけど、ご存知ない?』
「シルヴィアって......もしかしてお姫様......?」
『そう。 お姫様。 ふふ、まあ、そんな柄でもないんだけどね』
こんなに可愛く笑う人を、私は生まれて初めて見た。
絵本の中から飛び出してきたんじゃないかって思うぐらい、美しかった。
そしてまさか、あの赤い魔力の持ち主が、自分と同じぐらいの子供だったなんて、思いもしなかった。
同じ子供といっても、私と目の前の王女様とでは、何もかもが違う。
大切なものを全て失い、現在は日々他人からゴミ同然の扱いをされている浪人と。
赤色のレースにフリル、リボンが飾られた華美な洋服を身に纏った、正真正銘本物のお姫様。
なのに王女様は、私と目線を合わせるように、わざわざ屈み込んでくれて。
洋服の裾が地面についているにも関わらず、そのまましばらく私と話をしてくれた。
力強くて、威厳があって、それでいて優しくて、とても暖かい。
確かに、あの時感じた魔力と、同じものだった。
『お、おい......一体どういうことなんだあれは? なんでシルヴィア様があんな子供と......?』
『聖典の最中とはいえ、いくらなんでも距離が近すぎるだろう......』
気付くと、周りは静まり返っていた。
国のトップに立つ方が、私みたいな人間と会話している光景が、あまりにも異質だったからです。
そして、更に王女様は、周りに居た誰もが驚く様な行動を取りました。
「ところで......そこにいる、大きな"ゴミ"。 手に持っているポーチを今すぐこの子に返しなさい」
『へっ!? ご、ゴミって......お、俺のことですかい?』
「あら、他に何があるの? あなたまさか、いま自分が周りにどう見られているか、分かってないわけ? さすがはゴミね。 いや、もはやゴミ以下の知能ね、可哀想に」
『クッ......こ、この......』
王女様は、私のポーチを奪った男性に対し、私の代わりに返すよう忠告してくれたのです。
何の関りもない私のなんかために、なんでそこまでしてくれるのだろう。
なにからなにまでよく分からない状況が続いて、開いた口が塞がらなかった。
「往生際の悪いゴミね、さっさとしたら? ほら、周りをご覧なさい。 誰もあなたの味方なんてしていないわよ」
『チッ......ほら、返してやるよ』
「........ありがとう.......ございます」
結局男性は、私に渋々ポーチを投げ渡し、そのままバツが悪そうにしながら去っていきました。
すると、再び街一帯に大喝采が巻き起こります。
皆、王女様の行動に感動、賞賛し、しばらくの間は拍手の音が鳴り止まなかった。
「なんかごめんなさいね、変に目立っちゃったみたいで」
「いえ......そんな......」
その場に居る人の注目が、全て私と王女様に向けられている状態の中。
鋼鉄の鎧を身に纏った護衛らしき男性が、焦った様子でこちらに向かってくるのが見えた。
『ちょ、ちょっと殿下! 困りますよ、あのような勝手な行動は!』
「なによグナン。 私は別に間違ったことはしてないと思うけれど?」
『それはそうですが、一応我々は殿下の傍を離れるなと、何度も釘を刺されているわけで.....』
「はいはい、確かにそこは悪かったわね。 以降気を付けるから」
後に分かったことなのですが、この時はヘカトンケイルの精鋭部隊も同行していたようでして、私を助けるために持ち場を断りなく離れたシルヴィア様を巡って、大騒ぎになっていたようです。
『殿下、用事はもう済まされたのですか? そろそろ城に向かい始めないと、日没までに間に合いませんよ』
「......用事、か。 そうねぇ......」
時刻は18時。
時間的にもきっと、今日の聖典はこれでお開きになるのだろう。
つまり、王女様とはここでお別れになる。
思わぬところから貴重な体験が出来て、本当に良かったと思った。
普通に生きていれば、生涯絶対に関わることのない様な方と、こうやって一対一で話すことが出来た。
おまけにポーチまで取り返して貰って、感謝してもしきれない。
だから、せめてこの溢れんばかりの気持ちだけは、ちゃんと伝えておきたい。
私は数刻ぶりに地面から立ち上がって、王女様にお礼を言った。
「あの、本当に色々とありがとうございました。 今日あったことは、一生忘れません」
「ん......そう......」
「......? は、はい......」
王女様から返ってきた反応が、思っていたものと違って、困惑する。
勿論、もっと暖かく接して欲しかったなんて図々しいことは考えてなかったけど、さっきまでの態度と違って少しそっけなかったので、ちょっとだけ寂しく感じてしまう自分がいた。
「......では、私はここで失礼します。 どうかお気を付けてお帰りください」
長居しても仕方がないし、いつもならもう森に着いている時間でもある。
今日は良い事があったから、夕飯は少し贅沢をしてもいいかな、なんてことを考えつつ。
最後にもう一度王女様に深くお辞儀をして、その場を離れようと歩き始めた。
そのときでした。
「―――――もう少しだけ、私と話してみない?」
「......え?」
なぜか私は、王女様に呼び止められた。
これ以上私なんかと話すことなんてないだろうし、そろそろ城に帰るって言ってたのに、なぜだろう。
もしかして、ご迷惑をかけてしまったから、やっぱりそれ相応の罰が下されるということなのだろうか。
それならさっき、少し態度がそっけなかったのも頷ける。
―――――でも実際は、そうではなかった。
何百人にものぼる人だかりの中心で。
もう一度、私と王女様の、一対一での「対話」が始まった。
夕暮れ時の、真っ赤な太陽に照らされながら。
「あなた、名前はなんていうの?」
「ルーナ......エアハートです」
「ルーナ、か。 かわいい名前ね、あなたにピッタリだわ」
「そうでしょうか......」
「ご両親は?」
「数ヵ月前に、二人共......」
「......そう、悪いことを聞いたわね。 帰る家はあるの?」
「ないので、大体はこの近くにある森を宿の代わりにしてます」
「ふーん......」
「あの......なんで私にこんなこと聞くんですか?」
「あら、聞いちゃダメだった?」
「いえ、そういうわけでは......ただ気になって......」
「そう......。 ねえ、ルーナ?」
「はい?」
「―――――いま、寂しい?」
いままでの質問は、考えるまでもなく即答出来ていたけれど。
最後のこの質問だけは、すぐには答えが出てこなかった。
確かに私は、あの日の夜に大切なものをすべて失い、絶望の淵に立たされた。
けど、それをきっかけに感情そのものが消失したみたいになって。
普通ならつらいと感じることや悲しいと感じることも、平気になっていた。
だから当然、寂しいなんて思うはずもない。
だって、寂しいとか嬉しいって感じるための、感情自体が私にはもう無いのだから。
「......寂しくなんて、ないです」
「本当に?」
「本当です」
「......そう。 じゃあ――――――」
『なぜあなたは今、泣いてるの?』
言われるまで、気付かなった。
王女様の言う通り、私はこの時泣いていた。
それも、すすり泣き程度ではなく、大粒の涙を流して。
感情が無いなんて思っていたのは、気のせいだったのだろうか。
いや、きっとそうではない。
そうでもしない限り、まともな精神状態を保てないと分かっていたから。
一瞬でも気を緩めれば、きっとあの日の出来事を、嫌でも思い出してしまうから。
だから、自分で自分の心に蓋をしていたのだ。
「あれ......私、なんで涙なんて......ごめんなさい......!!!」
王女様に見苦しい姿を見せるわけにはいかないと、私は逆方向に向かって逃げるように走り出す。
「......ッ!......待って!」
でも、すぐに王女様に手首を掴まれて、また止められてしまった。
なんでこの人は、私にこんなことをするのか。
私に優しくなんて、しないで欲しい。
優しくされればされるほど、心に被せた蓋が緩んでくる。
今まで必死に閉じ込めていた感情が、溢れ出てきてしまう。
――――――もう、限界だった。
「......うっ......ぐずっ......うぅ......私......私は......」
「ほら、やっぱりつらかったんじゃない......」
「突然......おかあさんと......おとうさんが......お家が......」
「うん......あなたは一人でよく頑張ったわ。 詳しいことはまだ聞けてないけれど、それだけは私にも分かる」
王女様は私を抱きしめてくれて、そう言ってくれました。
身体も服も汚れていて、においだってあったはずなのに。
――――――結局、私が落ち着くまでの間、王女様はずっとそのままでいてくれたのでした。
「ごめんなさい......ご迷惑をかけてしまって......でも、なんだか色々と吹っ切れたような気がします」
「そう、ならよかったわ」
「はい、本当にありがとうございました!」
「......ところでルーナ」
「はい?」
「私と一緒に、ニヴルヘイムに来ない?」
「......はい?」
この人は、突然何を言い出すんだろう。
何を言っているのか、全然分からなかった。
「帰る場所がないなら、私のところに来ればいいじゃない。 暖かい食事と広い部屋、ふかふかのベッドに可愛い服、なんでもあるわよ」
「あの......何を仰っているのか、よく分からないのですが......」
最初は冗談かと思って流してましたが、どうやらそんなつもりでも無かったらしく。
「話した通りの意味よ。 私は本気。 もちろん強制はしないわ。 どうするかはあなたに任せる」
宿もなければお金もない私には、これ以上とない有難い話だった。
しかし私のような浪人が、本当に王女様についていっていいものなのか。
常識的に考えれば、答えはNGに決まっている。
そんなの、前代未聞だ。
でも、私の本心は。
もっとこの人と沢山話してみたい。
もっとこの人と深く繋がりたい。
この先もずっと、この暖かさを感じていたい。
そう思ってしまっている自分がいた。
仮にニヴルヘイムに行くことになったとしたら、それはそれで、新しい問題が次々に出てくることだろう。
きっと、この時の私が思いもしなかったような、重要な役割をある日突然任せられたりするかもしれない。
それでも、自分に気持ちに嘘はつきたくなかった。
せっかく出会えたのに、ここでお別れなんてしたくない。
―――――私は、この人の傍にいたい。
「......ほんとにいいんですか?」
「ええ、いいわよ。 父上と母上には私から説明しておくし、あなたは何も心配いらないわ」
「......じゃあ......お言葉に甘えて......その......よ、よろしくお願いします」
「ふふふっ、じゃあ決定ね! 今日からよろしく、ルーナ!」
シルヴィア様は、この日一番の眩しい笑顔でそう言って、またしても私に抱き着いてくる。
「わっ!? あ、あの......私しばらくお風呂に入ってないので......あの、その.......!......ダメです!」
「そう? 全然気にならないけど? あ、じゃあ帰ったら一緒にお風呂に入りましょ! ぴっかぴかに洗ってあげるから!」
「えええええッ!? さすがにそれはちょっと恥ずか―――――」
「女同士でなに言ってんのよもう~~~」
私がついていくと返事をした途端、心なしかシルヴィア様もご機嫌そうに見えた。
「あの......殿下? 大丈夫ですか、その、それ?」
「んー、大丈夫でしょう、別に。 まあなにかあったらグナン、頼んだわよ」
「ええ......勘弁してくださいよ、ただでさえ最近は聖典続きで、陛下はピリピリしてらっしゃるのですから......」
「大丈夫大丈夫いけるいける。 そもそも、民との交流を深めるのがコレの目的なんでしょ? なら私のやってることは正しいわよね?」
「はあ、もうなんでもいいです......とにかく、もうそろそろ本当に引き上げましょう、殿下」
「それもそうね......じゃあ、いこっか」
シルヴィア様は、護衛の方とそんな会話を交わしあと。
私に笑顔で右手を差し伸べてくれて。
「ほら、なにぼーっとしてるの。 あなたも来るのよ、ルーナ」
と、言ってくれました。
そして、私はそれに答えるように。
「.......はいっ!!! いま行きます!!!」
と、あの日以降、ずっと閉じ込めていた感情を全部まとめて吐き出すように。
私は、大きな声で返事をしたのでした。