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【第101話】呪われた娘⑨

『望ミ通リ殺シテヤロウ......シネ......!!!』


ゴリアテの機械染みた声が聞こえてくる。


あの大剣が再び私の身体を切り裂こうとしているのが、目を瞑っていても分かってしまう。



けれど、一度死を覚悟したからか、不思議と怖くはなかった。


向こうにいったら父にまた会えると思うと、むしろ嬉しかった。



これで私も、死ぬことが出来るんだ。


苦しみながら生き続けるくらいなら、死んだ方が良い。



―――――しかし、そんな私の甘ったれた思考を、母は許してくれなかったのです。



「.......ルーナ!!!!!」


(......えっ?)


突如、私の名を叫ぶ母の声が聞こえた。


同時に、誰かに身体を思い切り押される感触があった。



―――――そして、その直後。



生き物の肉と骨が引き裂かれた様な鈍い音と、ドロッとした液体が爆発的に噴き出る音が、森一帯に鳴り響いたのです。



(あれ......私、まだ生きてる......? じゃあ今の音は、なに......?)


地面にぶつけた背中以外に痛みを感じないことから、自分が斬られたわけではない。


でも確かに今私の目には、赤い血で染まった木や草、地面が見えている。



その血は、一体誰の物なのか。


今までの流れから見て、それは想像に難しくなかった。



「.......なんで......?.......やだ.......やだよ.......」


一度枯れたはずの涙が、息を吹き返したかのように再び溢れ出てくる。



そもそもの話、この度の事の発端は私なのだから、私だけが死ぬべきであって、それ以外の人は関係ない。


母と父は、何も悪いことをしていないのに。



.......それなのに村長は、父だけでなく。



「ヒャッハアアア!!! よくやったゴリアテ!!! ナイス一閃!!!」



―――――母までも、私の目の前で殺してみせたのです。



『お、おえ......え、えげつねえな、村長の精霊......』


『の、呪われた娘の親なんだから、あ、あれぐらいされて当然だろっ!』


『そうだよ......大体俺達はもうルーゼルをやっちまってんだから、今更引き返すことなんて出来なかったんだよ......』



母の遺体に、かつての面影は無くなっていた。


どう生きてきたら、他人にあんな殺し方を出来るのだろうか。



「おかあ.......さん........」


私は、母の顔にかかっていた血を手で擦り、可能な限り拭き取った。


せめて綺麗な顔で送り出してあげたいと、必死に擦った。



「今日......私の誕生日だったんだよ......8歳の......」


私の目から零れ落ちる涙が、いい具合に血を落としてくれる。


もちろん母に何を言おうと、返答はこない。


母はもう声を出すことはおろか、まばたきすら出来やしないのだから。



「ケーキを買い損ねたからって、明日はちゃんと買ってくるからって......そう.....言ってたのに......」


「感動のお別れを満喫しているところ悪いが、お前もこれから死ぬんだぜ? 呪われた娘さんよ」


両親の仇が私の後ろに立ち、嘲笑いながら何か言っている。



(私もこれから死ぬ、かあ......)


母が自分の身を犠牲にしてまで、私を生かした理由。


その理由は結局聞けずに終わってしまったけど、きっと「親だから」「子供だけは守りたかったから」「自分の分まで精一杯生きて欲しいから」みたいな理由だと思います。



でも私は、他にも理由があると思った。


母は私に、ある思いを託したのだと、勝手にそう思った。



なら私はそれに従って、行動を起こすほかない。



「..........たぶんそういうことだよね。 大丈夫、わかってるよ......おかあさん」


地面に落ちていた、母の形見である短剣を拾う。


それから、砂埃を一息で飛ばしてから、柄を右手で握り締めた。



「わかってる......わかってるからね.......安心して見守ってて......えへへ......」


そして私は、その短い剣先を一人の男に向けた。



「お? 抵抗する気か? この化け物が―――――」


「......絶対に許さない」


「......あん?」


「これが私の.......使命.......ッ!!!!」



気付けば、無心で飛び込んでいた。


たった一人の男の、喉笛を掻き切るためだけに。



「うああああああああ!!!!!!!!」


「フンッ、小賢しい真似を......ゴリアテ!!!」


『御意.......!』


巨大な剣が、私を迎え撃つべく構えられた。


力の差は歴然であり、まともに相手をしたところで敵うはずはない。



なら、いつの日か母から教わった魔法を今ここで使おう。



村長は今、私を子供と思って軽んじている。


この圧倒的不利な状況の中、そこに微かな勝機がある。



「ゴリアテと正面からやり合う気か? 馬鹿め!!!」


「レイ・フォールド......エクリプス......!」


私が選んだのは、幻惑系の中位魔法。


自身の身体を大いなる光が包み込み、ごく僅かな時間だけではあるが、相手の視界から姿を消すことができるというもの。



『ム......消エタ......?』


「その妙な光の中に隠れただけだ!! 気にせずに剣を振れ!!!」


そう、実際のところ私はまだゴリアテの射程圏内、それも真正面にいる状態。


このまま剣が振られれば、私に命中するでしょう。



だけど、レイ・フォールド・エクリプスにはもう一つ効果があった。


その効果とは.....



『ヌンッ!!!!!』


私を飲み込むように生成された大きな光玉に向かって、ゴリアテが大剣を振り下ろす。



しかし、それは不発に終わることとなる。


なぜなら私はもう、そこにはいないのだから。



『手ゴタエガナイ......!?』


「よし......抜けた!!!」


「なっ!? いつの間に―――――」


レイ・フォールド・エクリプスは魔法を解除すると同時に、もう一つの効果を発動する。


その効果は、月の明かりが指している場所に限り、術者の出現位置を自由に移すことが出来るというもの。



それを利用して私は、前後に並んでいたゴリアテと村長の、丁度中間地点に疑似的な瞬間移動をしたのです。



「くそっ.....舐めやがって!!!」


「......ッ!」


勢いよく飛び込んだ私の顔面に向けて、村長は拳を繰り出す。


でも、今更そんなこと気にしてられない。



この男だけは、絶対に許すわけにはいかない。


絶対に、母と父の仇を討つって、そう心に決めたんだ。



「てやああああああ!!!!!!」


「し、死にさらせ!! この化け物が!!!!」


「......死ぬのは......お前の方だあああああ!!!」


「いぃっ!?........あ......―――――――」


私は感情の赴くままに、短剣を前に突き出した。


その瞬間、今まで感じたことの無い様な、ひどく嫌な感触が剣越しに右手へ伝わってくる。



同時に、自分が今なにをしたのかも、すぐに分かった。



「......はぁ......はぁ......うっ......」


服や顔、手の平が返り血で赤く染まっている。


目の前には、喉に短剣が突き刺さり、白目をむいて倒れている村長がいた。



『そ、村長!? おいおい、嘘だろ......』


『あのガキ......マジでやりやがった.......?』


『ひ、ひいいいいいいい!?』


信じがたい光景を前に、悲鳴をあげ、その場から(こぞ)って逃げていく村人達。



「......やった......やったんだ、私......」


私は、人を。


父と母の仇であるオーゲン=フランツを.......



―――――他の誰のものでもない、自らの手で殺したのです。



「うっ......おえ......げほっ! ガハッ.......うええ......」


無残な姿に変わり果てた母と、村長の亡骸、そして赤く染まった自分の両手を見て、この場で何が起きたのかを改めて実感する。



嘔吐が止まらなかった。



つい先程まで、あんなに騒々しくて殺伐としていたはずの森は、すっかり静寂を取り戻している。


いま聞こえるのは、いつの間にか小降りになっていた雨がポツポツと落ちてくる音と、自分の叫喚だけ。



「うう.......おかあさん......おとうさん......私、人を殺しちゃった......ほんとに、呪われた子になっちゃったよお......」


家を焼かれ、居場所を剥奪された。


両親が目の前で殺され、唯一自分を愛してくれていた人が、この世を去った。


そして自分は、いくら仇とは言え、人を殺した。



「ひっ......えぐ......なんで......なんでこんなことになっちゃったの......私を置いていかないでよ......」


想像を絶するほどの喪失感と虚無感に襲われ、頭が破裂してしまいそうだった。



結局、私だけが生き残ってしまった。


追っ手も、これ以上は来ないだろう。


夜が明けるまでは身体を休めて、日が昇ってから隣町に向かったとしても、きっと問題ない。



しかし当然、素直に喜べるはずもありませんでした。


今の私は、身体こそ生きているけど、心は死んだ状態。


そんな状態で喜べるわけがない。



ここで自暴自棄になり、自分の首を切るのは簡単。


でもそんなことをしたら、母と父の死が無駄になる。



私にとって、死ぬということは、もはや逃げに等しい行為。


「仇を討ったので、私もそちらに向かいます」では、あまりにも失礼だから。



命を救って貰った以上、私は理が非でも生き続けなければならないのです。


たとえこの先、どんなに厳しい未来が待っていようとも。



ただ、百歩譲って、仮に死んでも許される状況があるとするならば。



――――――それはかつての母のように、大切な人を守ろうとして死ぬ時だけでしょう。



「あああ.........ひぐっ.......ぐすっ.....うわあああああああああ!!!!!!」



最後に私は、母の頭を抱き。


海に向かって思い切り、泣き叫んだのでした。

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