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因果の果て  作者: 中田英二
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伊藤愛の帰宅

そして、遂に、その日がやってきた。

曇って、雨が降って、晴れた「その日」、愛はドラッグを購入した後、帰宅するために乗った電車の中で自分の人生のあまりの惨めさに打ちひしがれていた。全ては愛自身が招いた事とはいえ、彼女にとって目の前の現実は受け止めるにはあまりにも過酷だった。

扉にぐったりともたれかかった愛は、顔を伏せて誰とも目を合わせないようにしていた。

最近では、愛が考える事はただ一つである。


あたしはいつも被害者だ。


愛は、そう思い込む事が習慣になっていた。自分の都合で我が子(しかも嬰児と四歳の娘)を二度までも死に至らしめた、という過去の所業を客観的に見つめれば、彼女はちっとも被害者などではないとわかるはずなのだが、もう彼女の脳はそうやって自己憐憫に浸ることでしか、自我を保てなくなっていたのである。

ふと顔をあげて虚ろな視線を彷徨わせて周囲を見回した。

どう見ても愛よりは幸せな人生を送っていそうな人々が、電車の中に集まっている。

時刻は午後五時五十一分。

帰宅途中のサラリーマンや学生などが乗客の大半を占めている。

愛は、周囲の人間達を老若男女問わず、睨みつけながら心の中で呪いの言葉を呟く。


こいつら、みんな、ぶっ殺してやりてえ!!!


伊藤愛という女性は、自分が世界一可哀想な「女の子」だと本気で思っている。

その思考は、初対面の人間達に対する歪んだ殺意へと転化される。

自称「強い女」・伊藤愛にとって、偶然同じ電車に乗り合わせただけの無辜な人々は、許し難い敵でしかなかったのだ。

伊藤愛は、自分が原因で問題を起こし、勝手に傷ついて勝手に苦しんでいるだけである。

だが愛という女性は、自分が哀れな犠牲者だと、どこまでも強烈に思い込み、頑なに信じきっていた。

そんな性格こそが、愛の人生がこうなった原因そのものだったのだが、彼女はその事に気付いていなかった。

愛に限らず、こうした人達の最大の特徴は「自分を客観視する能力の欠如」なのである。

自分がどれほど救いがたい存在なのか気付かずに、自分の人生が惨めなのは全て他人や社会のせいにしてしまう。

自分を客観視できない人間は幸福であり、不幸だ。


愛の絶望感を際限なく加速させていた電車は、ある駅に止まった。そうだ、ここで降りなくてはいけない。彼女の中に残った僅かな理性が足を動かしてくれたので、何とか電車から降りる事が出来た。

背後で電車の扉が閉まる音が、聞こえた。

愛は、自分の人生の扉も閉ざされてしまったように感じて、その場にしゃがみこむと両手で顔を覆って、嗚咽を漏らす。


自分がいくら強い女でも、こんな理不尽な不幸が次から次へと襲い掛かってきて、打ちのめされたら、もう、立ち直れそうにない。


そう思いながら、帰宅した愛は、ふらふらと寝室に入ってそのままベッドに倒れこんだ。

心身ともに限界だった。

塀の中であろうと外であろうと、いやそれ以前に現実であろうと夢であろうと、愛にとっての安息など最早どこにも存在しないのだと改めて痛感させられたからだ。ただ、彼女の生物としての本能が睡眠を欲していた。この時、眠ったら再び我が子の亡霊と殺し合わなくてはいけなくなる、と考えるだけの余裕も残されていなかった。

どこかで物音がしたような気もするが、もう、どうでもよかった。

愛という女は、目を閉じる。

もう、何もしたくない。

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