とある転生者、殺されそうになったお嬢様を助けるためモブキャラ執事をやめることにした-6-
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マルスが衝撃的なことを口にしたのにもかかわらず、しかしオークス様たちから動揺を引き出すにはいたらなかった。
オークス様やオークス様に親しい人たちは事前に知っていたからだ。
その女━━イシスを名乗る者が女神であるはずないことを。
「その女が女神。本気で思っているのか?」
オークス様はマルスとイシスを睨んだ。
瀕死の重症をおっても威圧感ある眼差し。
しかしマルスとイシスはまっすぐオークス様の目線を受け止めた。
「目がくもったか?俺はかつてのお前には期待していたのだがな」
オークス様はため息をした。
「俺は後悔してませんよ。彼女と出会って毎日が楽しい。それに力も━━」
「それは邪な力だというのに。マルスよ」
オークス様は哀れな者を見る目をしたあとで決意ある表情をした。
「この手でお前を始末する。それが親としてのつとめだ」
「親?くくっ……親らしいことをしてないアンタが俺の親を名乗るな!」
吠えたマルスは剣を振りかぶりオークス様に斬りかかった。
オークス様は剣で一撃を防ぐもののマルスに力負けして吹き飛んだ。
「ぐぬっ」
オークス様は剣を杖がわりにして立ち上がり、マルスを睨んだ。
オークス様を見てマルスは笑う。
「老いたな、父上。万全だったとしても今の俺の敵ではない。俺は女神イシス様の眷属。俺にかなうものはいない」
マルスが手にしている剣は血のような輝きを放ち、もはや魔王のような禍々しさがあった。
それをオークス様も、オークス様の部下たちも息を飲んで警戒する。
オークス様たちも分からないのだ。
マルスが何なのかが。
「マルスよ、その邪悪な力で何をする?この王国を支配か?」
「そんなちっぽけなことではない。俺が見ているのは世界だ」
「世界の支配か」
「違う。本来、あるべき世界に戻す。それが女神イシス様の願い」
「マルス様」
うっとりした表情のヒロインイシスを抱き寄せ、マルスは唇の両端を吊り上げる。
「イシスの願い?」
「父上は知っているか?世界の三大国がどのような場所に建国されているのかを」
世界の三大国━━それはこの王国をはじめ、世界にもっとも影響がある強国。
その三つの国が揺るぎない同盟を結んでいるため大きな戦争はない。
そして三大国の中心には━━
「巨大な碑石を中心に国を形成している。文献によればその巨大な碑石は邪な存在の封印を担っているという。それこそ神々の天敵」
俺のおぼろげな記憶だと封印されているのは邪神や破壊神、そして当時神々に近い力を持っていたと伝えられている人族の狂王。
乙女ゲーム、永久の彼方ではちょくちょく出てくる名前だが直接ゲームのシナリオにかかわるものじゃなかったはずだ。
「それは人族が都合のいいようにねじ曲げた偽の歴史。確かに碑石は封印の機能がある。しかし封印されているのは人族に裏切られた女神イシス様の弟たち。俺は碑石を破壊し、女神イシス様の弟たちを救い出す。女神イシス様の弟たちを救い出すためには三大国の王族を贄にする必要がある」
マルスは分かっているのだろうか?
誰かを贄にすること、それこそが━━
女神イシスを名乗る女の思惑だということに。
☆
お嬢様はずっと無言だった。
「お嬢様、どうしました?」
お嬢様が一言も口を開かない様はかえって気味が悪い。
「何だかとんでもないことを聞いた気がするわ。女神イシスの何かを封印している碑石? それに贄って」
「これはお嬢様も無関係ではありませんよ。マルスが言う贄の中にお嬢様もふくまれていますから」
「それはどうして――私も王族の血をひいているから」
お嬢様は両肩を抱いた。
震えてはいないが、何やら難しそうな顔をしている。
「どうしてこんなことに。私はただ……」
「マルス様たちを見返したかった?」
お嬢様は頷いて、
「それなのに。マルス様のあのような変貌。あれは人ではなく……」
「闇の女神に身も心も捧げたモノは【魔人】と言います」
俺の言葉にお嬢様はごくり、と息を飲み込んだ。