新参者
――緊張する。
初めてのことで、体のあちこちが強張っている。
いけない。
ここでは、無機質に振舞わないといけないのだ。
人間臭さを出しては駄目だ。
深く深呼吸をして、顔を上げる。
あの扉を開けてからどれだけの時間が経ったのか、どうにも実感がない。数年経った気もするが、現実には数日なのかもしれない。
どちらでもいい。
ここは、現実世界ではないのだから。
死者が到達する密閉空間――ここでは、あらゆるモノが自由で、あらゆるモノが不自由。イメージは具現化され、周囲の光景も思うがまま。
だが、その実際は、虚無だ。
何もない空間で、死に際の記憶をなくした死人が自分の死を見つめ直す場所。それが複数人なら、会議が始まる。
死人の死人による死人のための死人会議。
今日も――その参加者がやって来る。
わたしは着慣れないメイド服を整え、背筋を伸ばす。
白い扉を開け、一人の人間が入ってくる。
「 様ですね?」
何度もシミュレートした台詞を淀みなく言う。
相手は、キョロキョロと不安そうな顔。
手を差し伸べ、エスコートする。
影に日向に、空間に来た死者を誘導し世話するのがわたしの仕事。
きっと、最初からこうなることは決まっていたのだろう。唯一、純然たる被害者であったわたしに罰は与えられず、その代わりにこの仕事が与えられた。わたしをここに連れてきた先代も、きっと同じような境遇だったに違いない。彼の生前なんて、まるで想像がつかないけれど。
その先代に教え込まれたことを一つ一つ思い出しながら、極めて無機質に、機械的に――だけど先代よりは丁寧に、わたしは新参者を誘導する。
「ようこそいらっしゃいました。案内人のミズホと申します」
(終)




