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ここは、観覧車の中、と違って……あの、人がいるんですけど……。
さすがにハルくんも自重してくれたのか、触れるだけのキスの後、また二人で歩いて、アーケードに戻った。
夕飯を食べてからっていうけど、車で送ってもらうんなら、ハルくんの帰りの時間が心配になる。今日だって予定を無理に空けてもらって、明日はバイトが詰まってること知ってるし。
「ハルくん、ご飯、パーキングエリアとかでいいよ」
アーケードのにぎわいの中を擦り抜けるように歩きながら、私が言うと、ハルくんは驚いたようにわずかに眉を上げた。
「……クリスマスなのに?」
「ハルくんさえ、よかったら」
「俺の時間とかだったら、気にしなくていいよ」
「そうじゃなくて……、それも、あるけど、ハルくんと一緒だったら、どこでも嬉しいから」
「そんなこと……」
ハルくんは、立ち止まり、言葉に詰まった。それから、私たちは、通行の邪魔にならないように、お店のショーウインドウのそばまで寄った。
「どこかで食べるなら、パーキングエリアとかじゃなくて、落ち着けるところがいい。これは、俺の希望。いい?」
噛んで含めるように話し始めるハルくん。私がうなづくと、
「時間的には、多少の差はあっても、あんまり変わらないと思う」
と続ける。
「で、ここに来たのは俺の個人的な都合だから、美緒は気にしなくていいし。ここからなら、学校とか俺の家とかよりも、美緒んちに近いから、送って帰ってもそんなに遅くならない」
せっかくだから、食べていこう、とハルくんは結んだ。
でも、なんだかすっきりしない。時間的なことは、まあ、そうかもしれないけど。
「ここに来たのは、ハルくんの都合?」
そう言えば、会うのは午後からでもいいかって聞かれて、私がすぐ返事しなかったから、じゃあWSJに行こうって……。
「そこ、突っ込む?」
ハルくんが苦笑する。
それから、ハルくんは小さく息を吐いて、
「こういうところだったら、一日中つぶれるかと思ったんだよ」
と観念したように言った。
テーマパークデートっていうのも憧れではあったし、すごく楽しかったのでいいんだけど、一日中つぶれるって、どういう、こと?
「……だから、変に時間があったら、俺んちとかに連れ込みたくなるし」
「ハルくんちなら、行ってみたいけど?」
どんな感じの部屋なんだろうとか、見てみたい。
「美緒。それ、わかって言ってる?」
私の顔を覗き込むハルくん。
……?
……!
あ……そういう、こと?
一呼吸おいて、私の顔が沸騰したのを見て、ハルくんは腰が砕けたようにその場にしゃがみ込んだ。
「だから、まあ、とりあえず、俺の理性の邪魔はしないようにしてくれる?」
「そんなの、してない……」
「……してるよ。せめて、俺とだったらどこでもいいとか、部屋に行きたいとか言わないよーに」
ええと。どうしたらいいんだろう? 私もハルくんのそばにしゃがんでみる。
「ハルくん」
だって本当にそう思ったんだから、仕方ないと思うんだけど。なんだかいろいろ我慢をさせてしまってるのかな、と理解したので。
「頑張って、努力、します」
と、返事をしてみた。
しゃがんだまま、ハルくんに引き寄せられて、二人で転びそうになったけど。ほんわりと幸せだった。
できるだけ雰囲気のいいところってハルくんが言うので、パークの海にせり出したカフェレストランで食事した。
プレゼント、いつ渡したらいいんだろうと迷っているうちに食べ終えてしまって、タイミングを逃してしまった。渡したら開けて見てほしいし、落としたりするといけないので、もういっそ車の中で渡した方がいいかなと決めた。
それからパークを出て、ハルくんについて駐車場に向かった。
歩いていると、ちらちらと雪が舞い始めた。
「寒いと思ったら……降ってきたね」
「積もるかな?」
「そうでもなさそうだけど」
ホワイトクリスマスには、ならなさそう。軽くて、儚げな花のような雪。
ハルくんに助手席のドアを開けてもらって、車に乗り込む。ハルくんが、運転席に回り込む間に、バックからプレゼントの包みを取り出した。
「やっぱり車冷えてるね」
そう言いながらエンジンをかけるハルくんに、
「メリークリスマス」
と言って包みを差し出す。
「俺に?」
「うん」
「ありがとう、開けていい?」
「気に入ってもらえるかどうか、わからないけど……」
千裕に強引に連れてい行かれたアクセサリーショップで、見つけたもの。
銀色のバングルが、ハルくんの手首に収まった。それをじっと見ていたハルくんは、
「これ、そのまま受け取っていい?」
と少しかすれた声で聞いた。
――― I promise you eternity ―――
バングルの刻印をじっと眺めて。
「うん」
「……ありがと。……けっこう来るね」
そう言ったハルくんの瞳が、かすかに滲んでた。
それから、ハルくんは、コートのポケットから小さな包みを取り出した。
「はい。俺からも、メリークリスマス」
「……ありがとう」
「開けてみて?」
「うん」
そっと包みを開けると、リボンをかたどった小さなネックレスが入っていた。すごく可愛くて、綺麗……。
「ありがとう、大事に、するね」
「つけてみて?」
「うん」
自分でしようとしたけど、下ろした髪に絡まりそうで、上手くいかない。
「かして」
ハルくんが言うので、ネックレスを渡し、髪を持ち上げる。
留め金を持つハルくんの手がひんやりと首筋をなぞる。
「できたよ」
ハルくんは言い終わると、私が髪を下ろす前にうなじにキスを落としていった。
「は、ハルくん!」
電流のような痺れが走って、びっくりする。
「……似合うよ」
ハルくんは何食わぬ顔。
そうして、車のブレーキを解除して、運転し始めたハルくんが、バックミラー越しにいたずらっぽいとろけるような視線をくれる。
視線だけでも胸をぎゅっとつかまれたような気分になってしまう。それでも、私は、あわててシートベルトをつけて。
ハルくんの、夜に舞い降りる風花を背にした端正な横顔を見つめた。
この雪は、溶けて消えても、胸の中に確かに降り積もる花のような思いがある。
ずっと好きで、どうしようもなくて、ただ思い続けたひと。
誰かを好きになりたくて、やさしくして、それでも満たされなくて、迷っていたひと。
そのひとが、私に向き合って、気持ちを預けてくれた。奇跡のような幸せ。
駐車場から、高速のインターまではあっという間で。高速に入ったと思ったら、ハルくんの左手が私の右手を絡めとった。
前よりもっと、好きになって。
加速する、恋心。
ハルくんのそばで、ずっと。
それは、永遠の、
―――――― sweet pain.
―― FIN ――




