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精霊付き遺産相続 17

 「出かけていたの?」

「はい」

 再び精霊がわたしの前に姿をあらわしたのは、彼を最後に見てからかれこれひと月ほど過ぎた頃だった。彼はしばらく姿を見せなかった理由を、おそらく彼の真実のとおりに率直に告げた。

「どちらへ?」

 これまでわたしは彼の行動について詮索をしてこなかった。関心がないというのではなくて、これもメイドだった頃に気をつけて身につけた習慣だと思う。だからだろう。今日はいきなりの詰問(きつもん)に、彼は落ち着かない表情を浮かべた。

「友人の屋敷に誘われて、しばらくそちらに滞在していました。いつもこの時期は彼の屋敷を訪問することにしているのです」

 紳士や淑女たちは、親戚や友人同士で屋敷を訪問しあい、滞在しあう。わたしもメイドの頃はよく、旅立つ主人の衣類はもちろんゴルフクラブやテニスラケットも忘れないよう荷作りをさせられ、泊まりに来た客人のもてなしにあれこれと使われたものだった。

 グレッグソン家より格が上で待遇も良いと噂の紳士が客人の場合、使用人たちはなによりもエプロンや手袋が真っ白であることに気を遣った。そういうところで使用人の質が計られるからだ。そして引き抜きを待つのである。わたしも真っ白いエプロンを着込んだけれど、引き抜かれる前に遺産を相続した。

「友人とおっしゃると、そのご友人も、精霊なのかしら?」

 精霊はかすかに顎を上げた。

「ええ、そうです」

 精霊にいつもの口調ではっきりと答えられて、わたしはちょっと考え込んだ。

「精霊にもおつきあいがあるのね。ということは、あのシャンデリアはあなたの仕業じゃないのね」

「シャンデリアといいますと?」

「実は……」

 わたしはシャンデリアが落ちた一件を、あまり深刻にならないよう手短に語った。

「そうでしたか。見たところあなたもご無事のようですし、甚大な被害はなかったようでなによりです。しかし」

 彼はどこかかたい口調で言い、一度口をぎゅっと閉じた。

「なぜわたしの仕業だと思われたのですか?」

「ああ、その、ごめんなさい。ただ、今まで一人のんびりと暮らしていたところにいきなり人間がやってきたのが気に入らないどこかの精霊さんが、新しい主人を追い出しにかかったのではと思ってしまったのです」

 わたしはそれがごく軽く響くように願いながら言った。おもしろい勘違いのように。ところが、

「とんでもありません!」

 彼は黒い瞳を真剣に見開いて強く否定した。

「そのようなことはしません。むしろあり得ないと思っていただきたい」

 彼はそこで、日頃の自分を越えた振る舞いを恥じるように小さく首を振った。

「つまり、わたしとしては、あなたが主人となられたことをこれでも大変光栄に思っているのです」

「あなたの仕業だと決めつけていたわけじゃありませんわ。ただ、もう少しでわたしの頭の上に落ちていても不思議じゃないタイミングだったから。コニーもガッシーもここは幽霊屋敷なんじゃないかっていうし、事故なのかそうではないのか、はっきりさせたかっただけです」

 本当はそこまで考えていたわけではなかった。あのシャンデリアは彼のせいだと疑っていたわけではない。ただ念のために確かめておきたかったのだ。疑いは一度口にすると、自分が持っていたと思っていたものよりも大きくなるからやっかいだ。

「もう少しで? お怪我をされたのですか?」

「それは大丈夫です。何ともありませんわ」

 わたしは大急ぎで請けあった。彼は礼儀正しくほっとした表情になり、

「そう聞いて、安心しました。それで、なにか、なにかわたしでお力になれることはありませんか? お好きなことを何でもおっしゃってください」

 わたしは思わず目を見張っていた。メイドは紳士からどうでもいい物のように扱われるばかりだったので、こんな風に心配されることが新鮮すぎたのだ。

「あ、ありがとうございます。その、心配してくださって。わたしなら大丈夫ですわ」

 わたしはやっとそれだけ言った。彼も二〜三歩部屋の中をどこへというわけでもなく歩き、すぐに戻ってくると丁寧に申し出た。

「今日は、ミス・ダーバヴィルとアフタヌーン・ティをいただけるだろうと思い、スコーンやサンドイッチをご用意しました。あなたさえよろしければ」

「まあ」

「しかし、事故のあった日にお誘いできればよかった。そうすれば、わたしもその場にいられたでしょうし、お力にもなれたでしょう」

 まあ、なんてこと。

 この人、いえ、この精霊は誠実なのだ。このお屋敷で、誠実に今まで主人と屋敷を守ってきたのだ。わたしのような、主人としてはまったくふさわしくない者が突然主人面をしても、彼は誠実にそれを受け入れたのだ。わたしをこの屋敷から追い出そうと思っているなんて、愚かな考えだった。

 ガッシーと食事をして以来、精霊と会えない間、わたしの頭の中の彼は時々、陰謀めいた心を表情から巧みに消してどうやってわたしから屋敷を取り返すか、策を巡らせたりもしていたのだけれど。

 彼はそういうことをするような人じゃないと、わかっていた。ただ、それはわたしの中の不安、──わたしは精霊からみたらこの屋敷の主人には不適格なのではないかというなんとはない不安が、そんな想像を呼び寄せたのだ。想像の中でふくらんでいた彼の黒い像は、実際に精霊に会った瞬間に、あっけないほどもろもろと崩れていった。

「いいえ。もう平気ですから、気にしないでください。あれはきっとただの事故だったのよ」

「それでは、これから、お茶をご一緒していただけますか?」

 彼はすでにアフタヌーン・ティの用意を整えているのだと、わたしにもわかった。それを断ることはしたくない。

「ええ、もちろん。よろこんで」

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