第17話 ラスボス登場
カンナが次に意識を取り戻した時は、なぜか魔法陣の上にいた。
どうやら自分は生贄になった事を悟った。そばにはヘレンやメリアの姿もあり、座ったままで眠りこけていた。
意識はないが、死んではいないようでホッとした。
周りを見渡すと、どうやらここは地下室みたいだった。
窓もなく、音の響き方が地上のそれとは違う気がした。
電気はなく、ゆらゆらと蝋燭の火だけが灯っている。薄暗く、それだけでも恐怖で膝が砕けそうだ。
ただ、敵だと思っていたレンもそばに倒れていた。
口から泡をふき意識もないようだった。脈を見ると動いていたので死んではいないようだったが、とりあえずホッとした。
おそらく自分は魔術師であるレンに生贄にされそうになったのだ。あの魔導書に書いてある通りの魔方陣の上にいる事から、間違い無いようだった。
レンはこの儀式の途中で何かアクシデントがあり、倒れていたようだ。
「ラッキー! ご都合主義万歳!」
思わずガッツポーズをとりたくなる。ご都合主義世界のラッキーには、文句をつけた事もあったが、今は何よりありがたい。
この隙にメリアやヘレンを起こして逃げようとした時だった。
目の前にフワフワと白い光が現れた。
「て、天使?」
こに世界に来る前のバアルという赤ちゃん天使に会った事を思い出す。あの天使と同一人物だった。
しかし、白い光を放っているのは一瞬だった。
すぐに真っ黒い悪魔の姿のなった。よくキリスト教の絵画であるように頭にツノを生やし、なぜか男性器もあるのに、女性の胸もつけていた。
「あんた、悪魔ね!」
『ご名答』
騙された!
あの赤ちゃん天使は偽物だった。そういえば聖書では悪魔は天使のフリをしていると書いてあった事を思い出す。
バアルという名前も悪魔のそれだった。なぜか今まで忘れていたんだろう。もっと聖書をよく読んでおけばよかった。
「レンやメリアはどうして倒れているの?」
『こいつらは、生贄儀式をしようとしていたんだ。あんたらを生贄にな。ただ、レンのは途中で怖気付いてな。このザマよ』
悪魔はヒヒヒと嫌な笑いを浮かべた。生贄儀式で悪魔を呼び、願いを叶えて貰おうとするのは、本当のようだった。
自分も殺されるのかもしれない。
カンナは恐怖で身体が固まるが、祈った。今はそれぐらいしかできない。
『まて、まて。神の名前を出すんじゃない!』
イエス様の御名前を出したら、悪魔は明らかに動揺しはじめた。聖書に書いてある通り、悪魔は神様を怖がっているのは事実のようだった。
『くそ!』
身を捩り、苦しみ始めていた。
このまま祈れば悪魔退治できるかもしれない。エクソシストのように「イエス・キリストの御名前で命令する、でてけ!」と言えば良いのかもしれない。それにこの悪魔が、この世界に招いたんだろう。この悪魔を倒せば元の世界に帰れるかもしれない。
カンナは口を開き、そう言いかけたが、なぜか頭の中に礼央の顔が浮かんできた。
『本当に現実に帰りたい? 元の世界は、恋愛が大変だよぉー?』
悪魔は誘惑してくるような言葉を吐いてきた。さっきまで苦しそうだったが、こちらのスキをついてきて、余裕を持ちはじめた。
『この世界ではいつの間にかイケメンに溺愛されて最高だね? 自分で告白しなくてもいいし、面倒臭い事は何もないね?』
「うっ……」
心は揺れていた。確かにこの世界は、夢のように素晴らしい世界だったが。
『ねえ? ずーっと夢みたいな漫画世界で暮らそうよ。ここは天国じゃん?』
確かにこの世界は夢みたいだった。でも、そこに神様はいない。ずっとこの世界にいたとしたら、自分の救いはどこにあるの?
それにここは、自分にとって都合が良いだけで、天国ではない。自己愛だけが増していきそうだ。
聖書の言葉はいくつも頭に浮かんでは消える。
父の恵理也の顔も浮かんだ。父には散々偉そうな事を言っていたのに、自分はこのザマ。
弁当も料理もまともに出来ない子供である事を思い出す。それは公爵様と一緒にいても感じる事だった。自分が裸であると気づいたアダムとイブはこんな気持ちだったんだろうか。
自分がやるべき事は、泥臭い現実から目を逸さない事だ!
自分はまだまだ子供だ。自分の弱さをしっかりと認めなければ、生きてはいけない。自分は大人でもなければ神様でも無い。
『ね、カンナちゃん。一生、この夢みたいな漫画世界で幸せに暮らそうよ?』
「うるさい!」
カンナは言葉づかいが乱れている事もすっかり忘れて叫んでいた。
「私はこんな世界はいらない! 神様のいる現実世界で生きるわ!」
『いいじゃん。この楽〜な世界で生きようよぉ」
「うるさい! イエス様の御名前で命令する! でてけ!」
そう叫んだ瞬間だった。
悪魔は雄叫びを上げながら、去っていった。同時に強い光に満たされて、目の前は何も見えなくなった。
レンの姿も魔方陣も、メリアもヘレンも見えなくなった。
「ようやく帰れる……」
この世界が消えたと同時に、環奈の意識もぷつんと消えていた。




