第一ダブルス 「勝負のゆくえ」
コートの中も外も、びっくりするくらいの静寂に包まれていた。背後からは聞こえてくる他校の試合への声援やシャトルを打つ音が、なんだか別の世界での出来事のよう。
「ゲーム。マッチワンバイ晴風高校!21-17、21-17」
奇しくも一ゲーム目と同じスコアでの幕引き。それでも、ゲームの内容自体は比較にならないくらい別物だった。今の二ゲーム目は精神的にも肉体的にも苦しすぎた。結局最後は運勝ち。妙里南の二人は、ここを落としたら負けって場面でも最後まで攻め続けてきていた。正直気持ちで負けてしまっていたんじゃないかって思いもちらつく。
試合には勝ったけれど、勝負には負けてしまった。
気の所為とかじゃなく確実に。
「……それでいいのかよ、松下」
握手をしてお互いに背を向けたタイミングで、中之矢さんが呟いた。自分にも聞こえているんだから、隣を歩く人にだって届いているわけで。先輩は肩を揺らすと立ち止まって振り返った。
だけど、遠ざかる中之矢さんを眺めながら何かを言いかけて口をつぐんでしまって、結局言葉を発する事はなかった。
事情が分からない以上、先輩と中之矢さんのことに対して部外者が口出しできることは何もない。今自分にできるのは次の試合で勝つことだけ。
いつまでもコートに残り続ける訳にもいかないから、妙里南の二人を眺め続ける先輩を促してどうにかベンチにたどり着く。気づけばほとんど皆居なくなっていて、唯一残ってくれていたコーチからねぎらいの言葉を受けはしたものの、その後はいつものようなアドバイスや次に向けての話なんかが始まらない。きっと、かける言葉に迷っているんじゃないかと思う。自分はともかく今の先輩にどう触れたものか、大人でもわからない。どうやら今はそんな状況なのだ。
今まで先輩に散々助けてもらってきたんだから少しでも何か役に立ちたいって思いはある。なのにその気持ちだけじゃ何も解決できないんだから嫌になる。
汗を拭きつつドリンクを流し込み、それでも続く沈黙に少し気まずさを覚えはじめたちょうどその時だった。
「たった今第一シングルスも終了しました。小夜川君、勝ってくれましたよ!」
駆け寄って来た先生が届けてくれた朗報。
「よ、かったぁ……」
そういえばさっきベンチ見た時晴風全員集合してるって思ったけど、よくよく思い返してみると小夜川と南先輩と先生いなかったじゃん。
なんだかんだ冷静に戦ってるつもりだったけど、周りの状況すら把握出来てない時点でそうではなかったみたいだ。これは団体戦で、自分の試合だけでなく皆の状況にも気を配らなくちゃって、ずっと思っていたはずなのに。全然それができていなかった。
ほんと、コートの中でポカをやらかさなかったのが不思議なくらい。とにもかくにも試合を乗り切った自分を、今日ばかりは褒めてあげたい気さえしてくる。
隣のコートでやってたひなた先輩と涼先輩の第二ダブルスが早めに終わったのは把握していたんだけどなあ……。結局途中からそれどころじゃなくなっちゃったし、小夜川の状況は全く掴めてなかった。まあ、こっちにいた先生がコーチと入れ替わってたくらいだから、悪くはない状況なんだろうとはぼんやり思った記憶があるけれど……。
「見事!ほんっとうに見事!春風杯の頃とはまるで別のように自信にあふれた戦いっぷりでした!!いや~本当に見ていてワクワクする試合だった!」
まだまだ興奮冷めやらぬといった様子の先生。いや、むしろ気を遣って明るくしてくれているのだろうか?そうだとしても今は、それがありがたかった。
ひとまずこれで妙里南側に第一ダブルスを取られ、|晴風〈こっち〉がどうにか仁田さんと中之矢さんから逃げ切って第二ダブルスを取り返した。そして今、小夜川が第一シングルスを取ってくれた。
つまりは現在二対一。幹人先輩と俺のどちらか一人でも勝利をもぎ取れればいい。
事実だけ並べると凄く勝利へ王手って感じだけど、現実は首の皮一枚繋がったといったところなのである。
「休憩中の二人には、青葉君が付き添ってくれているんですが……。特に天野君が暑さと疲労でかなりグッタリしています。松下君と羽代君もコートが整うまでまだ少し時間があるでしょうから、今の内にコンディションを整えてくださいね!」
コーチに状況報告をしたと思えばこちらに向き直り笑みを浮かべた先生を見て、やっぱり大人なんだなって随分と上から目線なことを考えてしまった。
「コーチ!先生!」
ひとまず荷物をまとめてしまわねばとしゃがみかけたタイミングで、今度は南先輩が駆け寄ってくる。
「とりあえず他の面子と小夜川を合流させてきました。ただ、やっぱり天野が相当しんどそうで……。それで……本人は絶対に嫌がるだろうけど、様子で先帰らせた方が良いんじゃないかとボクは思ってるんです。一度お二人にも状態を見ていただいて判断をお願いしたいのですが……」
「なるほど。それでは一度見てきます。南君は松下・羽代組が荷物をまとめ終わったら連れてきてください」
「二人共、出来ればエネルギー補給をしておいて。南君もサポート頼みました」
先輩の報告を受けて早足でフロアの出口を目指す大人二人。
そう。まだこの後がある。
今の状況は一度置いておいて、自分の試合のことを第一に考えないと。負けたらそれこそもっと取り返しのつかないことになる。
ブンブンと頭の中をありとあらゆることが飛び交っていて、少しだけここから逃げ出したいと思ってしまった。
大変お久しぶりです。
更新頻度はさておき、必ず完結させるという気持ちだけはずっと持ち続けています。




