二回戦 第一シングルス 決着
スマッシュ、スマッシュ、おまけにプッシュ。ドライブ、ドライブ、ヘアピン、スマッシュ。
動かされてはいるものの、俺が得意な形でラリーを続けることができている。ここまで後手に回ることはほぼなく、気づけばスコアは14―6。あと一点で一ゲーム目を取れる。
ロングサーブを相手がクリアしてきたからすかさずスマッシュ。返って来た低いレシーブをネット前に落とすと稲生はすかさずロブ。後ろに下がってカットすると前に落としてきて、今度はこちらがロブ。それを稲生がクリア、俺がドリブンクリアを返すと今度はまたネット前に落としてきたから拾いに前へ。ヘアピンを返すとまたロブで後ろへ戻される。相手のフォアサイド一杯にドロップすると、今度は俺と逆方向のサイドにクロスヘアピン。前へ出てヘアピンを返すとまたもやロブ。長引いて少しきついけど、ここで取り切るべくクロスへスマッシュ。
カン!
ようやくシャトルが落ちた。
「っしゃ!」
長いラリーに攻め勝っての一ゲーム目ゲット。これはかなり嬉しい。
「ゲーム。ファーストゲームワンバイ晴風高校。15―6」
「しゃあ!」
これで、大分気持ちにも余裕ができた。あと一ゲームで勝てる!思わずガッツポーズをしてからベンチへ向かおうとしたその時、なぜか寒気がして思わず振り返る。
「うん、いい感じ」
するとネットの向こう、稲生がこちらを見てニタリと笑みを浮かべているからゾッとした。本当に何なんだ?なんか掴みどころがなくて気持ち悪い。
「お疲れ小夜川!やー、スマッシュ今までで一番良いじゃん!でも、ちょっと俺気になることあったんだよな」
「ありがとうございます。気になること……ですか?」
「そ。なーんかあいつ、点を取るってより小夜川を動かすことを優先してる感じがしてさ」
「確かに!それ思いました。ひたすら前後左右に振ってきてましたよね……。スマッシュ打たれるの防ごうともせずに」
「ボクもそれ気になった。インターバルまではまだ様子見してるだけなのかなって思ってたけど……。後半は明らかに小夜川を動かすのを優先してた。本人の意思なのか監督の作戦なのか、そのあたりはわからないけど相手に何か狙いがあるのは確かだね」
そうか。点差の割にやけに時間かかったとは思ってたけど、俺動かされてたのか。確かに最後のラリーとか、かなりキツかったな。インターバル明けからはスコアの動きが鈍かったのも納得だ。
「……もしかすると、稲生さんが後半強いのって一ゲーム目で相手の体力を削って二ゲーム目から攻めだすから、とかだったり?」
羽代が顔を引きつらせながら絞り出した言葉は、ネット越しの笑顔を見てから一層強くなっていた違和感を確信に変えた。
「多分、それだ。なんで俺直接戦ってんのに気づかなかったんだ?!」
まんまとあいつの作戦に引っかかってるじゃねえか?!
「まーまー小夜川、落ち着いて。多少動かされたくらいでバテちゃうようなやわな練習してないでしょ?二ゲーム目は少しスマッシュの使いどころを絞って返球テンポを変えてみるとか、何なら今度はこっちが温存して三ゲーム目に持ち込んだっていい。自分の思うようにいかないラリーなんて、リードしてたって一番ストレスでしょ?相手がその気ならこっちだって意地悪しちゃおうよ!」
スゲー良い笑顔の南さん。なのにとんでもない圧を感じるのは俺だけなのか?
「ま、最終的にはコートに立ってるおまえの感じたことが最優先だから。俺らもアドバイスはするけど、最後に決めるのは自分だぞ。体力削られないようにとか、二ゲーム一気に取り切りたいとか、連戦だと気にしちゃうのはわかる。でも、南先輩の言う通り、時には温存も作戦だってことだけは、頭に入れとくと良いかもな!」
先輩方のおかげで、ごちゃついていた思考がすっきりした。難しいこと考えても仕方ないってことは自分で一番わかってるはずなのに、考えないことも意外と難しい。
今相手の作戦がとかどうだとか考えても足が止まるだけだ。先輩方と羽代のおかげで気づけた稲生の意図を踏まえて、俺のバドミントンをするなら、自分が一番強い状況を作るなら。今やるべきことは……。
「よし!行ってきます!」
腹くくろう。目には目を作戦には作戦を、だ。
そうして迎えた二ゲーム目、俺は体全部をフルに使っての全力スマッシュをほぼ封印した。万全な体勢で打てるとき以外は打ちにいかない。それを徹底した結果、思い通りにいかないことにストレスを感じてか相手のミスが増えた。一ゲーム目は、俺がジャンジャンスマッシュを打ちに行ったおかげで稲生は俺の体力を削りやすかったんだろう。ちゃんと決まるのが嬉しくてシャトルが上がる=スマッシュだったから、今思うと単調すぎて反省だ。
そして、攻めに転じようとする相手の得意なこと……コートを広く使った緩急のあるラリーをさせないように俺がカットやドロップ、ドリブンクリア主体の配球をしたことで必要以上に動かされることも明らかに減った。ネット前でも一ゲーム目と比べてドライブを増やした。緩急をつけられるよりは、相手がペースを掴む前にこっちから速い展開に持ち込んだ方が、ゴリ押ししやすいしやりやすい。
反面スマッシュを封印するとどうしても決定打に欠けるから、その分試合のペースは遅くなった。だがここまで、リードされているものの大きく離されることなく来ている。
「サービスオーバー11―13」
こちらの試合がインターバルを迎えるころに、天野さんと花光さんが一勝をもぎ取ってくれた。これで俺が勝てば晴風の勝ちが決まる。だから尚更稲生はプレッシャーを感じてミスが増えてるのかもな。
まさに今も、稲生がサーブをネットに引っ掛けた。
「あーあ。案外粘るじゃん」
シャトルを取ろうとネット付近に近づくと、流石に少し焦ったような、面白くなさそうな顔をしている。
よし、そろそろ良いかもしれない。ここを落としても次のゲームがあるからこそ思い切りいける。
ほとんど封印してきたスマッシュを解禁する。
サーブは、唯一相手の返球を受けてこちらの動きを決めない。つまり、一〇〇%自分の好きなところから打ちたい場所へ打てる。スマッシュを打つ展開を作るなら、今までの稲生の返球パターンを考えると打つべきはショートサーブ。ロングにすると、最初っから相手にコートを広く使わせることになる、ショートなら打った後ネット前ならすぐ対応できるし、下げられたとしても移動する時間と体力は十分ある。足はこの二ゲーム目、十分温存できたから。
打ち出したシャトルはちょっと浮いたからヒヤっとしたものの、これはシングルス。コート全てを一人でカバーしなければいけない関係上、サーブレシーブでそこまで攻めたポジショニングや返球をするとその後に響く。現に運動量が武器の稲生でも、サービスラインすれすれに構えるようなことはしていなかった。おかげで叩かれずにすんで、こっちとしてはラッキー。ダブルスだったら絶対叩かれてた。
ちょっと反省しつつ、稲生がヘアピン……と見せかけて上げてきたロブを追ってコート奥まで下がる。
うしっ!絶好球。一ゲーム目終盤、少し重かった体もかなり復活している。
久しぶりのフルパワースマッシュ、くらいやがれ!
バゴン!
「12-13」
「よっしゃ!」
後三点、あわよくば一気に取り返して逃げ切る。
「うええ~。そんなに速かったっけ?まっ一球だけならまぐれまぐれ。次は取る」
手をブラブラさせながら不満げな稲生。ここまでスマッシュ無しでもやり合えたことはスゲー自信になったし、スマッシュの使い方間違えなきゃもっとやれるってことだ。
一ゲーム目は連発して俺の体力が削れて来ていたことや、相手に振り回されて万全な体勢で打てる回数が減ってきたことから、威力が減って決まりにくくなっていたと思っていた、しかし、それと同時に相手の目が俺のスマッシュに慣れてきていたこともあるんじゃないかって、今のラリーで気づいた。一ゲーム目と比べて、俺のスマッシュが突然そんなに早くなるはずはない。なのにあんなに拾われていたスマッシュがたったの一回で決まったのは、間違いなく稲生の「慣れ」がリセットされたから。
一ゲーム目は最初の七点まではバンバン決まっていた。一度目よりかは早くあわせてこられる気がするが、三球、いや四球くらいはいける。思ったより離されなかったおかげで相手が慣れる前に三点取れれば勝てるって期待以上の状況に持ち込むことができたんだから、あとは打つだけ。
今ので相手は俺を後ろにさげることに、少なからず嫌なイメージを持ったはず。でも、まだ取れると思ってる。それに、このゲームで俺はとことん相手の動きに付き合わないようにしてきた。
・・・
序盤は、相手の動きに振り回されないようにしつつもまだどこかで「このゲーム取って早く勝ちたい」って考えが頭の片隅にはあって、少し半端な動きをしていた。
そんな中相手にリードされて迎えたインターバル、南さんが「もっと自己中になりなよ」って言ってきて最初はクエスチョンマークが頭に浮かんだ。
「シャトルよこせや!」とか、「このゲームの支配者は俺だ!」とか、偉そうにするってことか……?それは……ちょっと……。
と思っていると、今度は逆方向から声がかかった。
「あー小夜川……?なんか変な事考えてる気がするけど、南先輩が言いたいことは多分違うよ?今はさ、相手のペースに乗せられないようにって返球してるじゃん?それをさ……んーなんて言ったらいいんだろ?あ、そうだ!相手ありきじゃなくて、小夜川は今無駄に振り回されることを避けたいわけだから、もっとこう……振り回されたくない!って感じを前面に出して行っていいんじゃないん?」
「……?」
「あーつまり、今小夜川は相手のショットを受けてどう返そうかってラリーを組み立ててる。んで、南先輩と羽代が言ってんのは、一ゲーム目のスマッシュごり押しみてーに、相手に一方的に振り回されないぞ!ってもっと全面的に出してプレイしたら?こっちのやりてーこと押し付けたら?ってこと。ほらさ、小夜川データキャラやってた時も、事前に知った相手の弱点を突こうって動いてたじゃん?ダブルスん時だって、羽代にあーしてほしい、こーしてほしいって言われれば相手が何してこようとそれを徹底してた。スマッシュ修得してからだって、自分の得意でガンガン押せてる時の方が勝率よかったろ?相手のやってくることを受け流してどーこーするよりも、自分のやりて―こと押し付けるほうがあってるんじゃね?」
「なるほど……」
確かにこのゲーム俺は、相手の動きを見てこちらも動いていた。でも、自分だけ動かされないようにするんなら、変に相手の様子を窺うよりも俺にとってもっとやりやすい方法があることを見失っていたなんて。
「ありがとうございます。なんか、わかった気がします」
「このゲーム、後半まで二点差くらいを保てればスマッシュ解禁して逃げ切るのもありかもね!」
「ま、最後の判断は小夜川次第ですね!とにかく思い切っていって来いよ!」
・・・
そっからは無理して相手がコントロールしにくい場所への返球を狙ったり、負けじと自分も緩急をつけてみたりするのを辞めた。スマッシュだけが俺の武器じゃない。俺の武器は「パワー」。追い詰められたと思った時だって、ギリギリからでも相手を奥に下がらせるショットを打てる。それなら、一ゲーム目のように攻撃だけに意識を向けすぎなければ振り回されることもない。
あのインターバルをきっかけに、相手に気持ちよくプレーさせないようにできていたと思う。おかげで今、体力は守りつつ勝ち切るチャンスを生み出すことができた。これを無駄にはしない。
こっからは何も気にすることなく、とにかく自分のやりたいバドミントンをする。
相手が何してこようと、打って打って打ちまくる。
俺のショートサーブに対して、稲生はフォア側のハーフを突いてきた。すかさずサイドショットで打ち上げる。
すぐさま下がってスマッシュを打ってきたから、すかさずまた上げる。相手のスマッシュ、俺が上げる。相手のドロップ、俺が上げる。相手のスマッシュ、俺が上げる。
攻め続ける方もきつい。だからどんな奴だって、一度立て直したくなる時が来るはず。
相手の……クリア!
来た!
すかさず下がって、スマッシュ!
「ぬっ!」
ほんの少しだけ出遅れた稲生のラケットを掠めて、シャトルは飛んでいった。
「13オール!」
よし、行ける。相手の粘りにも十分付き合える。
「もう少し……上か」
ぽつりと呟く稲生の息は上がっている。
間を開けずにすかさずロングサーブ。時間を作りたいのか、返って来たのはクリア。すかさずスマッシュ!と見せかけてドロップ。かなり良いと思ったけど、相手も流石の後半型。追いついて上げてきた。そこを今度こそスマッシュ。
バン!
しかし稲生が差し出したラケットに捕らえられる。チクショウ!まだ三打目なのに完璧な返し。ネット前に落とされたシャトルを追って前へ、今度はこちらがロブを上げる。
すかさず稲生がスマッシュ。アウト?いやインか?
「グッ……!」
ここ取られたら相手はゲームポイント。今は迷ってらんねえ!
苦しい体勢からどうにかレシーブ。コントロールしてる余裕なんてなくて、相手がほとんど動かず返球できる位置にシャトルが飛んでいく。
ピシャ!
そこをまたスマッシュ。でも角度が浅え!
すかさず前へ踏み出しドライブ。どうにかピンチを切り抜けたかと思ったが、相手も反応して前に落としてくる。
パシャ……!
ロブを上げるつもりが、当たり所が悪くシャトルはネット付近にふわりと飛んだ。
そこを見逃してくれる相手じゃない。
ドド!
思いっきり打ち込まれたシャトルは床に叩きつけられた。
「サービスオーバー14ゲームポイント13」
やられた。
「ドンマイ小夜川!よく動けてるから気にすんなー!」
「落ち着いて一本取り返そう!」
ベンチからは松下さんと羽代の声。
「ナイッショー!」
「稲生さんもう一本!」
それがかき消されそうなくらいに雷山応援団の絶叫に近い応援が押し寄せる。
勝ち切るかそれとも延長戦か。すべてはこの試合で決まる。
バッ!
稲生が打ってきたのはロングサーブ。
軌道が低めだから角度つけた返球は難しい。そう判断して、相手の位置から遠いバックサイドにドリブンクリア。
ギャン!
相手はスマッシュで攻めてきた……が、ネットにかかってこっちの点に。
「サービスオーバー14オール!」
こっからは二点差つくまでデュース。苦しい展開なのはお互い様。我慢比べだ。
「…………」
ここに来てもまだ軽く首を振ったり腕を回したり、余裕があるように見える稲生。だけど多分そう見せているだけだと思う。明らかに口数も減ってるしな。
ポッ!
俺のショートサーブに対して、返って来たのはヘアピン。返そうと前に踏み出したところで、想定外のことが起こる。
キュ!
汗で濡れていたんだろう。床で軽く滑って、体勢を崩した。それでも何とかシャトルを捉えたものの、良い当たりじゃない。待ち構えていた相手のスマッシュを何とか返したが、次に備えて下がったところで打たれたドロップに足が出なかった。
「サービスオーバー15―14」
うおお!と雷山側からあがる声。ここで気持ちを切らしちゃだめだ。集中。
パン!
ここに来て稲生はロングサーブ。それならやってやろう。
まだ俺は動ける。打てる。
スマッシュを打ち込み、返って来たレシーブをまたスマッシュ。
バッ!
今度はハーフに返って来たからドライブ。そこから何球かドライブの応酬。でもパワーなら負けない。そのままじりじり前進し、相手を押し込む。
カキン!
反応が遅れ、打ち損ねたシャトルはネット付近に浅く飛んでくる。
バン!バッ!
スマッシュで打ち込んだものの、相手が苦し紛れに出したラケットにシャトルが当たり、またもやネット前に。
ドッ!
今度こそ打ち込んで決めた。
「しゃあ!!」
「サービスオーバー15オール」
雷山側から漏れる悲鳴。いつの間にか隣のコートにいた皆も、ベンチに来てくれている。祈るように手を組む青葉と先生が、やけにはっきり見えた。
ここで引かない。守りに入らない。
低めの軌道でロングサーブ。反応が遅れた稲生はなんとか手だけでシャトルを捕まえたが、それじゃあ奥までは飛ばせない。予想通り落ちてきたシャトルをヘアピン。お返しとばかりに返って来たヘアピン今度はクロス方向へ。たまらず上げてきたから下がってスマッシュ。触られたけど返球には力がない。すかさず今度はカット。相手も前に出てきたが、届かない。
「16マッチポイント15」
よし。
「ナイス小夜川!あと一点!」
天野さんの声がする。雷山のベンチで祈るようにコートを見つめる監督と、何も言わずに見守る選手たち。コートやその周りまで、さっきからやけにハッキリ見える。
良いイメージが残っているうちに、次へ。打ったショートサーブを、稲生はロブで返してきた。それなら決めてやる!
下がって打ち込んだスマッシュ。
パン!
それを完璧に返された。間違いなくこの試合一番。そう確信できるくらい、コートの奥まできれいに飛ばされたシャトル。クッソ、もう対応されてる。それでも、あがってんならもう一球!決まるまでやってやる!
バガッ!
全力のスマッシュに、稲生はまた追いついてきた。返される!打った直後にそう思わされるくらいには、完璧な動きでレシーブに入られた。
カラン!
しかし、備えていても一向にシャトルはこない。かわりに聞こえた硬い音に何事かと相手を見れば、ラケットが落ちている。
「17―15。マッチワンバイ晴風高校。15-6、17-15」
勝っ、た……?
「全く。とんだ馬鹿力だね~。もう手に力、入んないし」
そうぼやく稲生。審判に促され、握手をしようとネットに近づく。
「っちぇ。途中までは行けると思ったんだけどな~。結局経験者サマには敵わなかったよ」
差し出された手を握り返し、コートを出る直前。言われっぱなしは性に合わねえしずっと言おうと思ってたことを言ってやる。
「……俺も、中学からなんで。あんたの言うような経験者様じゃねえ、です」
「へ?!あらそ~お。…………ま、どのみち負けたことには変わりないし」
ヒラヒラ手を振って背を向けた稲生。ちょっと肩が震えてた気がするけど、見なかったことにしよう。
「さ、よ、か、わ!ナイスゲーム」
「お疲れ!よく決めてくれた!」
「ぬわ!」
コートを出てすぐもみくちゃにされて、じわじわと勝った実感が湧いてくる。
けど皆がすげえ喜んでくれるから、出遅れて喜ぶタイミング、見失った気がする。




