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エピローグです。
そよそよと、新緑の風がアリアの髪を揺らす。
木陰に座っていたアリアは、読みかけの本を閉じた。人の気配を感じたからだ。
「アリア、ここにいたんだ」
「シャルル。授業はもういいの?」
「いいよ。ノルマ達成」
16歳になったアリアとシャルルは、王都にあるアカデミーに入学した。アリアは貴族科。シャルルは騎士科。
貴族科は、貴族としての礼節。知識を培い、家のため国のためとなる人材を育てるためにつくられた。2年課程である。
騎士科は名の通り国の騎士となるべくして集結した人材を育成すべき場である。基礎体力の向上や一般常識を学び、卒業と同時に国内各地へ配属されるようになっている。
「お兄さまがね、シャルルと話をしたいって」
「いや、先日もしたよ」
「ふふ。未来の義理の弟になる相手だし、話し足りないのかしら」
「違うよ。可愛い妹の婚約者に懇々と物申したいだけだ」
そう、つい先日も王都にあるヴァネッサ邸にアリアを送りに行けば、在宅だったレオンに捕獲されたシャルル。正式に婚約者になってから、レオンによるシャルルへの絡みがとてもしつこい。こんな人だったろうか。とシャルルは疑問に思う。
「わたしはみんなが仲良しで嬉しいわ」
ぱぁ、と花が咲くような笑顔で、アリアはシャルルを見た。
シャルルはその笑顔がまぶしくて、ぎゅうと胸が締め付けられる。
「そうだ。クラスのみんながシャルルのことをよく話しているわ。さすが王城騎士グエンさまの弟だって」
「さすが、の意味は理解しかねるけど、グエン兄さんの名前は大きいからね。試練のひとつだよ」
騎士である兄と比較されるのはわかりきっていた。もちろん領地の騎士団長をしている父ともだが。
だけど、自分は自分である。シャルルにはやりたいことが明白に決まっていた。そこはぶれない。
「いいの。シャルルはシャルルで」
アリアはシャルルの手を、ぎゅう、と握る。
「シャルルはこの先もずっと、わたしだけの騎士様でいてね」
約束よ。
そう言って、シャルルの豆だらけの手に、くちづけた。
「──っアリア…」
「ふふ。誰も見てないし、こんな裏庭の奥地なんて誰も来ないって。そもそも婚約者同士なんだし、誰も咎めないわ」
「そうじゃなくて」
アリアはシャルルの耳だけが真っ赤なのに気づいた。表情筋が硬いのは変わらないけど、自分にだけ見せてくれる些細な変化が、とても愛おしい。
「アリア、僕は次男だし家の爵位はグエン兄さんが継ぐ。けど、騎士として功績を残して、ずっと君を守れるようになるから」
だから、と続けたシャルルにアリアは抱き着いた。
そよそよと風が二人をつつむ。
アリアの未来は、シャルルと一緒に紡がれていくのだ。
これにて完結。
ありがとうございました。




