3-EX1 大樹の治療
「さて、こんなものを作ってみたんだが味はどうだろうね?」
「こんなものって、お前はまたイズマソクを料理してみたのか」
そういってコアさんがテーブルの上に置いたのは、イズマソクに肉を巻いてオーブンで焼き上げたもの。
肉巻きイズマソクだった。
「私の好物を巻けば美味しく食べれらるんじゃないかと思ってさ」
「いや、イズマソク自体は焼いただけだしダメだろ」
せっかく付けた料理スキルを無駄に使いやがって……
確かに味噌を塗った表面の肉は綺麗に焼けてるし、焼いた味噌のこうばしい香りが、おいしそうな逸品であると主張をしている。
中身さえ知らなければ、迷わずかぶりつく程見た目と香りはパーフェクトなんだが……
「イズマソクですかー。酔い覚ましにはいいんですがマズイですよねー」
「俺は酔い覚ましでもあれを食うのはゴメンだね」
先日の宴会の後、ククノチを起こすためにイズマソクを食べさせてみた。
直後はクソまずさで悶絶してたが、苦さが収まると2日酔いもなく、すごくスッキリした気分になったそうな。
「さて、早速実食と行こうか」
コアさんは肉巻きをひょいっとつまむと、そのままがぶっと一噛みして咀嚼する。
「ジューシーで美味しい。肉につけた味噌がいい味になってるよ」
尻尾を振りながら幸せそうな笑顔で感想を言うコアさん。
あれ? 肉を巻いたら美味くなるのか?
様子を見ている俺とククノチをよそに、一人肉巻きを美味しそうに食べていく。
「うん、塩味が食欲をそそるね。そしてこの沸き上がってくるような苦みと酸っぱさが――」
そこまで言いかけると突然口を抑えてシンクの方に走る!
そしてシンクに顔を近づけると――
あまり聞きたくない音が聞こえてきた。
これは……狐がマーライオンになったな。
肉を隠れ蓑にして胃まで進撃し、本性をあらわしたようだ。
それにしても……ダンジョンモンスターコアさんの胃袋から迷宮の胃袋に、口移しでDP素材(?)を自ら入れていくとは――
「ブフッ!」
「ご主人様ー?」
やべぇ、一連の流れからギャグみたいなオチがついて、ツボに――!
「――! ――!」
「ご主人様!?」
声にならない笑いが止まらなくて苦しい!
そのままテーブルにつっぷして、笑う事数分。
「ふぅ、ようやく落ち着いて来たよ」
なんとか落ち着いたかのようなコアさんの声が聞こえた。
こっちもようやく笑いが収まってきたので、顔を上げると水を入れたグラスを持ったコアさんが見えた。
「まったく、笑うだけで介抱しないなんてちょっとひどいんじゃないかな?」
「一連の流れがツボにハマってな。それに俺は前から止めてるし、何時もそれを振り切ってやってるんだから自業自得だろ」
「ご主人様、お水はいかがですかー?」
不安そうな顔で水を持ってきてくれたククノチから、水を受け取って一気に飲み干す。
「ふー、楽になったよ。サンキューなククノチ」
「ご主人様に大事がないなら、よかったですー」
「コアさんの一連の流れがおかしくてツボに入ってなー。久々に腹筋崩壊したわ」
「腹筋崩壊って……そこまでおかしかったかな?」
「前フリからオチまで完璧だったと――」
「ご主人様!?」
「うぉっ!?」
緊迫した表情でククノチが会話をさえぎり、俺の肩を両手でがっしり掴んできた!
「腹筋が……崩壊されたんですか!?」
「えっ!? あ、ああ」
何をそんなに慌てる必要があるんだろうか?
「大変です! 大樹の治療が必要ですー!」
「え? いやなんともない……うぉっ!?」
俺の返答も聞かず、自らのツルで俺をしばりつけ、軽々と俺をお姫様だっこして走り出した!
割と華奢な見た目だけど、ククノチもダンジョンモンスターだから力は人間より強いんだよなぁ。
「ちょっとククノチさん!? どこにつれていく気ですか!? 揺れて怖いんですけど!?」
「ご主人様! 腹筋に負担がかかるのでしゃべらないでくださいー!」
「マスター!? ククノチ!? どこに――」
段々遠くなるコアさんの声を聴きながら、ダイニングルームから森林エリアに連れていかれる。
ちょっと!?
担いだまま整地されていないところを走らないで!
揺れてほんとに怖いから!
「おい! ククノチ、前に枝が!」
ぶつかる!
そう思った瞬間、枝がぐねっと曲がって避けていく。
何度かぶつかりそうな場面があったのに、そのたびに道を譲ってくれるかのように木の方からぐねぐね動いてくれた。これもドライアドの能力なのか……
もう不安になるだけ損なので、揺られながら現実逃避気味に振り返る。
……ああそうか。ククノチは日本語の強化はしたけど、例え表現がまだそのままの意味にしか取れないのだろう。
だからほんとに腹筋が崩壊したと思ったんだな。
そんな事を考えていたらいつの間にか蔓を解かれ、地面に寝かされていた。
そのまま見上げると大きな木が見える。ああ、これはククノチの木だな。
という事は、俺はククノチの木の根元に寝かされたことになるのか。
「なぁ、ククノチ。腹筋崩壊ってのは――」
「だからしゃべらないでくださいー!」
だめだ、聞く耳を持ってない。それに大樹の治療ってここで何するんだ?
様子を見ていると、突然枝や根っこがウネウネ動き出して俺にまとわりついてきた!
「えっ!? ちょっと!?」
「大丈夫です! すぐ治療しますからー!」
腕や脚や胴体に巻き付いて、治療っていうより苗床にされそうな勢いなんですけど!?
そのうえ木の中に引き込まれていく! そういえばドライアドってそんな習性があるんだっけか。
狼狽する俺の視界の端から、コアさんがこっちに向かって走ってくるのが見えた。
「ハァ、ハァ、やっと追いついた……」
「あっ! コアさん! 助けて!」
基本的な体力はコアさんの方が上なのに、さっきのククノチの走りっぷりはコアさんを超えていた。
いや、よくぞ追いついてくれた!
早く助けて!
もう胴まで埋められてるの!
「いや、私はククノチが何をするのか気になって見に来ただけだよ」
「ちょ!? 見捨てるのか!?」
「ククノチは治療って言ってるんだし、そこは信じてあげるところだろ?」
「いやまぁそうなんだけど、そのまま苗床にされそうな予感しかしないから……」
「ご主人様?」
首だけを動かしてククノチを見ると、ククノチはどこまでも優しい目をしていた。
「これから大樹の治療を施しますので、安静にしていてくださいね?」
その声を最後に、俺は完全に木の中に引きずり込まれ、真っ暗で何も見えない空間に放り込まれた。
♦
――ククノチの木の中は予想外に暖かく、木の中にいるのに呼吸はちゃんとできる。
ただ、真っ暗なのがちょっと怖い。
俺の手足どころか胴体ごと木に挟まれているので、身動きはまったく取れない。
これ、このまま本当に苗床にされそうな感じなんだけど大丈夫なんかね?
それより、段々締め付けが強くなってるような……?
いや、気のせいじゃない! 全身が締め付けられてるけどこれほんとに治療なの!?
直してくれるの腹筋なんだよね!?
「くふっ!」
腹を締め付けられて思わず息がもれる!
そのまま全身を絞められたり、所々体を引っ張られたりする。
あ、これはヤバイわ……意識が……飛びそう……というか……とぶ…………
…………
♦
…………
「――様? ご主人様ー?」
ん? ……誰かが読んでる声がする。
――目を閉じてるのにまぶしい、確か俺は木の中にいたはずなのに。
ゆっくり目を開けると、俺をのぞき込む大きな胸に半分ほど隠れたククノチの顔とコアさん。
その後ろには大きな大木、後頭部に柔らかい感触。
まだはっきりしない頭を目覚めさせるべく、思いっきり伸びをしようとして――
「ひゃ!」
ん? 手に何か柔らかい感触が……いや、今俺はどういう状態なんだ?
状況を整理しよう
1.俺は今寝かせられている状態
2.その正面に見える範囲にククノチとコアさん、ついでにククノチの木が見える。
3.俺の頭はなにか柔らかいものに置かれている
あれ? これはまた膝枕されてる?
ということはさっき伸びをしたときに触れたのはもしかして――
「ご主人様? お目覚めになりましたかー?」
「ククノチか……すまん。変なとこ触っちゃったな」
「お気になさらずー」
許してくれたのでしばらく膝枕の柔らかさを堪能しよう。
森林エリアはぽかぽかしてて気持ちいいし、ここが天国か!
「それにしてもマスターが木の中から出てきたとき、すごい気持ち良さそうに爆睡してたね」
「なんていうか圧迫マッサージされてるみたいで心地が良くて、ついな」
そう、締め付けの力加減が絶妙ですごく気持ちよかった。
最初は苗床にされるんじゃないかとかビビってたが、始まると逆に気持ち良すぎて取り込まれたいと思う程に……
「お体のお加減はいかがですかー?」
「ん? んー?」
寝かされてる状態だとイマイチわからないので、名残惜しいが膝枕から頭を離して起き上がる。
そのまま、体を伸ばしたり軽く跳ねてみたり筋肉を揉んでみたりして――
「体が軽い! それにコリがほぐれてる! 特に肩がバカ軽い!」
毎日森の中に入って木の実を取ったりして体に大分疲労がたまってたんだが、そういうダルさが綺麗さっぱり消え去ってる!
大樹の治療すげぇ!
「ククノチ、これから定期的に大樹の治療をしてもらってもいいかな?」
「はいー、お任せください」
「やったぜ!」
思わずククノチの手を握って感謝の意を伝える。
「ところで、腹筋の方はどうなったのかな?」
コアさんの呆れた声が聞こえてきたが……体の調子が戻ったし、こまけぇ事は気にすんな!
――でも、心なしか便通が良くなった気がする。
野菜不足で便秘気味だったしね!