8-35 トラブルの匂いはいつも雑談から始まる
男に案内されてテントへと入る。
薄いテントではあるが、内緒話するくらいなら声ももれないだろう。
「それで旦那、あっしに何か用事ですかい?」
「用事っていうほど大した事じゃない。ただ、気になる事があってだな」
それと周りに聞こえるとちょいと面倒になりそうな話題だからだ。
もっとも索敵障壁で近くに誰もいないことはわかってるが、ちょいちょいっと指で耳を貸せというジェスチャーを送ると男はすなおに耳を近づける。
「お前、拾った金はどうした?」
「!!」
言葉が届いた瞬間、男は目を開いて動揺を見せた。
この反応。やっぱなんかあったな?
あの夜俺が連中に渡した金は当時価値を知らなかった事もあって、均等に山分けしても相当な金額になるはずだ。
なんせあの中にゃ大型金貨が数枚まじってたんだからな。
出所が怪しい金だから使うのをためらうかもしれないが、隣に金さえ払えば大抵の物は買える都市があるのに、飢えに苦しんでるのはちょっとおかしいなと思ってたんだ。
まぁ、もらった金を独り占めしようとしてるっていう可能性もなくはないけどな。
「別にお前が拾った金だから。どう使おうと俺は知らんが気になってな」
「あれはですね……その……」
男は言おうか言うまいか葛藤をしているように見える。
こいつは独り占めしたいとかそういう反応じゃねぇな。
「俺は部外者だからここで聞いたことを外に漏らす気はないが、言えないか言いたくないなら別にいいぞ」
「ああ、いや。旦那なら でも、この話は他言無用で頼みますよ」
男の願いにこくりとうなずき、話の先をうながす。
「実は、借金のカタに全部とられたんでさぁ」
「とられた?」
借金があるのはまぁわかる。白犬族もそうだったからな。
「先日、債権者のある商人の使いが来ましてね。突然借金の全額返済を要求された挙句、返せなきゃ奴隷にして売り飛ばすと言われまして」
んー? まだ難民の身で金を持ってないのが明らかなのにか?
「持ってた金を渡してその場はしのぎましたが、これは利子分だと言ってたんでまた来るかもしれやせん」
言い終わると、肩を落として消沈する男。
この時に大金を持ってた事が周りにばれたようだが、一応一族の危機を救ったという事で深く追及はされなかったらしい。
それにしても……
「今聞いた限りだと話が一方的すぎるし、何より急すぎるな」
「へい、あっしらもそう抗議したんですが聞いてもくれませんでした」
となると、考えらえるのはあちらさんの方がとにかく金をかき集めないといけない理由ができたとか?
「確かに事業に失敗して、売り上げの金の回収ができなかったみたいな噂もありますがねぇ」
だがこいつはあくまで噂、真相は当事者にしかわかるまいよ。
とはいえ話を聞いた限りだと相手さんはよそでも同じことをしてるかもしれない。
場合によっては白犬族にも降りかかってくるかもしれんなぁ。
「そこでちょいと相談があるんですけど旦那。ちょっと待っててもらってもいいですかい?」
「そりゃかまわないけど改めてなんだ?」
男は俺をおいてテントを出て行ってしまった。
待ってる間は暇なのでさっきの話についていろいろ考えてみるか。