8-32 錬金術師の怪しい治験バイト2
「おーい? もしもーし?」
とりあえず固まったまま動かない相手に対して声をかけてみるも、何か知らんがガチガチに緊張しちゃって会話になりそうもない。
「どうしたのお父ちゃん? 知ってる人?」
「あ! ああ」
テントから出てきた娘さんであろう声を聞いてようやく我に返ったようだ。
これでようやく話ができるな。
「えっと、この人は……この人は……そう! この前トイレで一緒になった人だ」
「たったそれだけなのに、なんでそんなに緊張してるの?」
あぁ! そういう事ね、理解した。
こいつは俺が黒豹族に返り討ちにした時、おこぼれをもらうために集まっていた連中の一人か。
あんときゃ有象無象の一人と言った印象だったから顔なんて覚えてなかったわ。
連中から見れば俺は黒豹族を返り討ちにして脅しをかけたうえで金を渡したわけだから、再開したらどう反応すればいいのかわからなくなるのもわからんでもない。
「まぁ、トイレでちょっとした縁ができてな。経緯は深く聞かないでくれ」
「そうなんですか」
こう言っておけば勝手に解釈してくれるだろう。
なんか違う方向に解釈されそうな気もするが……
「それで旦那。こんなところに何の御用ですかい?」
「ああ、俺達が世話になってる部族の連中が宿に引っ越すことになって、お古で悪いが必要なら使ってもらおうと思ってな」
答えつつククノチに手で合図を送ると、彼女は持っていた荷物のうち、ここの分を地面へと置く。
「テントに毛布にくいもんに火種まで……これだけあれば十分助かります! ありがとうごぜぇやす!」
「ありがとうございます!」
騒ぎを聞きつけて、あるいは騒ぎに起こされて少しづつではあるが人が集まってきた。
というよりは我先にと置かれた物資を取ろうとしてるあたり、ちょっと遅れたら取りはぐれるとでも思ってるんだろうかね。
白犬族の時と決定的に違うのは統率してる人物がいないって事なんだが、たったそれだけでもここまで違うとはね。
ソフィアの実験台になってもらうという用件もあるけど、この状態じゃ聞いてくれそうにない。
というか、思っていた以上に人が多いな。それなりに持ってきたつもりだったんだがこの人数に対しては少ない。
こんだけ人数がいたら取り合いになってしまうのもわかる気がする。
とはいえ止める気はさらさらないのでしばらく見守っていたが、取れるものがなくなった時点で騒動は割とあっさり終わってしまった。
さすがに同族だからか奪い合いにまでは発展せず、負けたものは明らかに落胆した様子で地面に座ったり立ち尽くしたりしている。
気の毒ではあるが、ある意味俺たちにとってはチャンスである。
騒動にあっけにとられ、ぽかんとしているソフィアをひじで軽く小突く。
「おい、今ならあいつら簡単に協力してくれるぞ。さっさと話しかけてきな」
小声で発破をかけてみる。
「わかりましたよっと」
ソフィアは答えると集団の元へとてくてくと歩いていく。
「ちょっといいかな? 君たちにとって実にいい話があるよ」
「あー?」
その言い方はかなり胡散臭いと思うが、連中はうつろな視線をソフィアに向けてきたから一応聞いてはくれるみたいだね。
「君たちにはこれから渡す薬を飲んでもらって、何らかの自覚症状がでたら詳細に教えてほしい。後は血液や体の一部をサンプルとしてもらうよ」
「あー? 誰がそんなもんに協力――」
「もちろん相応の謝礼は用意してるから」
反応を予想していたのだろう、ソフィアは男の反論をさえぎりかばんを下ろすと中をあさる。
「まずはこれ。何はなくとも入用でしょ?」
「おぉ!」
手に取って見せたのは俺から研究費と言う名目でかっぱらった革袋につまった金貨。
大型金貨は抜いて金貨のみだが、これだけでも半年はみんな毎日腹いっぱい食える程度の金額はある。
「お次に医療提供。そこにいるククノチさんは医者で私は薬剤師でもあるから、大抵のケガや病気は治せる。他にも身体的な悩みがあったら遠慮なくどうぞ、例えばそこの君は不眠に悩まされてるね?」
「あ、ああ……」
いやまぁ、目の下にどでかいクマがあったら素人でもわかるわ。
ソフィアはかばんをあさり、一粒の錠剤を見せつける。
「こいつを飲めば仮死状態になったかのように、何をされても目覚めないレベルで爆睡できちゃうよ」
「そんなもん飲んで平気なのかよ?」
「それについては問題ない。体験した人がそこにいるから聞いてみたら?」
「あー。うん」
ソフィアの視線が俺の方を向き、ついで半信半疑な視線が次々と俺に突き刺さる。
最初に出された時は俺もそんな反応だったが、コアさんが一応問題ないって言ったから実験台になったんよな。
「確かにこれ飲んだらすぐ睡魔が襲ってきて爆睡したわ。そんでもって目覚めたのが明後日の朝だった」
いやー。普通に翌日起きれたと思ったら、実は2日経ってたと聞いてマジでびっくりしたよあんときは。
「ただその分効果もすごくて、スゲーさわやかな気分でバッチリ目が覚めて、疲れも完璧に吹っ飛んで整ってたわ」
なんていうの? 疲労感とかそういうのが全部なくなって体が軽くなって若返った感じ?
寝てる間に体中がメンテナンスされたかのようだった。
「そ、そんなに効くのなら……」
お? ちょっと引き気味だけど興味でちゃいましたか?
「一応忠告しておくけど、これを飲んだら丸1日は本当に何があっても起きれなくなるからね。周りの安全を確認してから使いなよ」
「あ、ああ。ありがとう……ございます」
これはサービスだ、と言わんばかりの表情で男に薬を手渡すソフィア。
いやまさか、森林エリアで見つけた食べると眠るように死ぬシラユキタケがソフィアの手によって死んだように眠る超強力な睡眠薬に化けるとはあんときは思いもしなかった。
何にせよ有効な使い道が見つかった事はいいことだ!
シラユキタケは「4-EX2 森の味覚を探しに行こう 探査編」で出てきたキノコ
あの時は適当に出したけどここで再出するとは・・・