8-19 お上りさんの異国観察2
「おいしい煮卵はいかがですかー! あ、さっき卵買ってくれた狐のおねーさん!」
店の前で呼子をやっていた女の子が屋台に向かうコアさんに向けて手を振ってくる。
見た感じここが地球なら中学生か高校生くらいの年頃と言ったところか。
「さっき買った煮卵が美味しかったから仲間たちにも食べてもらおうと思ってね。卵はまだ残ってるかな?」
軽く手をあげてコアさんが問う。
「半熟も固ゆでも残ってますよ! いくつ必要ですか?」
「とりあえず両方一人一個ずつもらおうかな」
「かしこまりました! おかーさん! 半熟4個と固ゆで4つ!」
うーん。国境のおっちゃんが浮かべてた営業スマイルとは違って、元気がある本物の笑顔はいいねぇ。
「お待たせしました。みなさんお皿を出してください」
「はいはいっとー」
地球の屋台とちがって、この世界では使い捨ての容器がないためその辺で売ってた皿に品物を乗せてもらって食ってたのよね。
一応いろんなとこに皿を洗う水場があったから、食べ終わったあとに洗えば味が混ざる事もなかった。
ちょっと意外だったのは、この水場に食べかす以外のゴミも捨てていいって事。
なんなら食べ終わって残った皿もいらないなら流しちゃっていいらしい。
どこのお寿司屋さんだ?
オルフェ・コアさん・デーンと並んで最後に卵を皿に乗せてもらった。
半熟と固ゆででつけ汁に使っている材料が違うのか、片方はやや黒めだがもう片方は赤い。
黒い方はなんとなくラーメンの味付き卵っぽく見える。というわけでこの味の予想ができそうな黒い卵をかじってみる。
お、こいつはなかなかうまいな。
白身をかじり取ると同時に甘辛いタレがしみ込んだ半熟の黄身が口の中に侵入してきおった。
黄身のとろみと白身の弾力が絶妙で触感もいい。
これなら赤い方も期待できるなっ!
黒卵を咀嚼しながら皿の上に鎮座する赤い卵を顔に近づける。
うん? この距離からも卵から香草のにおいが感じ取れるぞ?
卵の色が赤いのは香草のおかげだったりしてね。
黒卵を完全に胃に収めてから、赤卵の方も一口かじってみる。
!?
俺が食べたのは卵のハズだが、脳が感じたのはそれはもうこれでもかっていうくらい濃厚な海鮮の味。
かじって崩れた白身や黄身が舌に触れるたびに魚介のうまみが伝わってくる!
まるで魚の肉をそのまま食ってるみたいだ。
これはコアさんが1番に推すのもわかる。
「うん! おいしい!」
「うむ。これは美味い」
オルフェとデーンにも好評なようだな。
「おかみさん。一つ訪ねたいんだけどいいかな?」
そして俺たち三人が好反応を見せた途端に交渉を始めるコアさん。
その姿勢はもはや彼女たちが宿を経営してたら、俺たちに拒否権はないな。
「ええと、あの 宿ならうちじゃなくても、もっと新しくていいところもありますけど」
おや? 自分の宿があるのに他を進めてるのは何か事情があるんかね?
とはいえそんな事など気にしない。美味い飯さえあればいいと食い下がり交渉を続けるコアさん。
実際コアさんやオルフェは夜はウチのダンジョンに戻ってもいいし、俺も布団とかは持ってこれるから古さとかはそこまで気にはならないんだけどね。
「おかーさん。なんで断るの? せっかくのお客さんだよ?」
呼び込みをしつつもこちらの会話を気にしていた娘さんが割り込んできた。
「お金を払ってくれるならいいじゃない。 あたしが案内するからお店の方はお願いね!」
おかみさんの方はまだ何か言いたげだったけど、娘さんはそれだけ言い捨てると俺たちを先導しだした。
個人的におかみさんの反応が気にはなるけど、せっかく宿が決まったんだし横やりを入れるのはヤボってもんか。
荷物事預けた馬を引き取って、俺たち四人は元気な娘さんの簡単なガイドを聞きながら中央広場からはずれの方に歩いていく。
屋台や露店がなくなると、広場の賑やかさが嘘のようだな。
まったく人が歩いていないわけではないが、ぽつりぽつりとすれ違う人達は客には見えない。
いかにもこの辺りに住んでるっていう感じがする。
「昔はもっと旅人さんがいっぱいいたけど、戦争でみんなこなくなっちゃったの」
まぁ、商いも旅するにも安全があってこそだもんな。
「おかげで大半のお客さんは中央広場付近の宿にみんな取られちゃって、この辺の宿はやめちゃった所も多いの」
なるほど、需要と供給のバランスが崩れたらそうなるのもやむなしか。
おかみさんが最初俺達が泊まるのをしぶっていたのも実は開店休業状態だったからとか?
「でもちゃんと綺麗にしてるから泊まるのに何も問題はないよ! 着きました! ここが私たちの宿です!」
古い古いと言われていたが中々立派じゃないか。
木造でも石造りでもないコンクリートのような素材でできている3階建ての建物で、馬小屋までついている。
「この宿に名前はないのかい?」
入口付近をざっと見まわしたコアさんが聞いたように、ここも表立ってはやっていないのか入口に看板らしきものは見当たらないな。
「もちろんあるよ。ちょっと待ってて!」
娘さんはそういうと店の奥へと入り、木の板をかかえて持ってきた。
「ようこそ旅人さん! ”商人宿 話咲亭”へ!」
看板をかけてこちらを振り向くと、娘さんは笑顔で俺たちを迎い入れてくれた。