8-12 TPOをわきまえないと何をしても恥をかく
「ふぉーう!」
しばらくは体全体を広げて全身で風を受ける。
地上まで目視でおよそ30メートル。普通の人間なら墜落死まったなしだが、今の俺なら地面の方に穴を開けるくらい丈夫だから恐怖は一切ない。
っと、そろそろ準備するか。
一回転して頭を上に垂直となり右手をあげる。
足を広げ風圧に負けないよう屈めば体制の準備は完了。
後は右手と足に魔力を込めて――
地面まで、3,2,1 今だ!
足に纏わりつかせた柔軟障壁で落下の勢いを殺して着地し、同時に右手で作った反射障壁・改を地面に叩きつけ衝撃を散らす!
元々この反射障壁はこの障壁にぶつかったもののベクトルを反転させる性質を持っているが、この改良型は衝撃を横方向全体に分散させ受け止めるのだ。
だからこいつは卵を投げつけられても割らずに受け止めることができる。
そんな障壁を地面に叩きつけるとどうなるか?
ベクトルは地表に伝わり障壁と地面に挟まれた空気が砂埃を纏って四方八方に弾き飛ばされる。
そいつはさながら映画の特殊演出のように周囲に風をまき散らす!
これぞ俺がダンジョンで特訓した「かっこいい三点着地」だ!
決まった! 練習通りパーフェクトに決まった!
ある程度タイミングを心の中で数えてから顔を上げる。
その先にいるのは俺達に飛翔物を飛ばしてきた犯人の姿。
「俺たちのキャンプ場はこっちだ、ついてこい」
うぉーい! その淡白な反応はなんなんだよコウ!
お前には中二心とか男のロマンとかないんか!?
「手荒い道案内ですな。撃墜されるかと思ったでありますぞ」
「心にもないことを。あの程度お前なら造作もなく避けれるだろう」
眼鏡をかけ、通常モードに戻ったアディーラがコウの隣に着地し、俺をおいて二人は歩き出していってしまった。
代わりに派手に三点着地をしたせいか、周りにいる難民たちの視線が集まってくるが……
その視線は心なしか羨望というよりは、かわいそうな人を見るようなそんな視線な気がする。
ええい! 散れ散れ! こちとら見世物じゃ――いや、見世物だった。
でもな俺が欲しいのはそんな憐れむような視線じゃないんだよ!
まぁいい。今回はTPOが悪かったと思って諦めよう。
というかそろそろついていかないと見失っちまう。
コウに連れられて歩くことしばし、俺たちは白犬族のキャンプへとたどり着いた。
道中歩いて分かったが、以前来た時より明らかに人口密度が増している。
それに空気の険悪さも前回の比じゃない。
ダンジョンに戻っていた数日間の間になんかあったんかね?
言っちゃあなんだが身なりがきちんとしている俺たちを値踏みするような視線もある。
こいつはまた厄介事に巻き込まれそうな予感しかしないぜ!
「おや、きたね」
「おう、スケイラおひさー」
得物の薙刀を肩にかけて見張りっぽい事をやっていたスケイラがこちらに向かってひらひらと手を振る。
それにあわせて気軽に答えたのはいいんだけどさぁ。
「おいおいおい、なんだこりゃ。暇だからってこんなもん作ってたのか?」
遠目に見た時は青いテントかと思ったんだけど、近づいて見たら人間の身長の1.5倍くらいはある氷山じゃねーかこれ。
しかも中に数人ほど顔も知らん男達がカチコチに凍ってる。
「あー、これはねぇ。事情は彼らから聞いた方がいいかな?」
俺の来訪を誰かが伝えたのか、奥のテントから出てきたのはカニエスさんとエアデールさん。
俺達があげたテントをつなぎ合わせたのか、他のテントより一回りでかいな。
あいさつもそこそこに中に招かれたのでお邪魔させてもらおう。
雨除けのための布をくぐってみれば、粗末なじゅうたんに椅子が数個おかれただけの簡素な空間が作られていた。
見張りに戻るというコウにアディーラをつけたので、このテントの中には全部で五人。
俺とカニエスさんにエアデールさん。それにスケイラとサエモドさんだ。
まぁ、情報交換するには妥当なところだな。
「仙人殿。アイリちゃんは息災か?」
「あー、ウチの中では一番元気に働いてるよ」
ぶっちゃけ最初にする会話がそれか? とも思ったが、カニエスさんだからなぁ。
「お前、アイリちゃんを酷使してるのか?」
「え? いや、アイリはむしろ止めないとずっと働いてるんだが」
カニエスさんの額に青スジが浮かび出たよ!
いやいや、織物に関しては趣味っていう部分もあるんだろうけど、ダンジョンモンスターになってから夜通しやっていることもまま見るようになっただけだって!
さらに書庫に置いてあるイラストレーターのデザイン本を見た際になんらかのインスピレーションがあったようで……
最近ではケモミミ娘達の衣装も作り始めたようでそれがまた好評なんだわ。
それでようやく頼られるようになったもんだから、ますますはりきっちゃって寝食を惜しんで服を作るという好循環なんだか悪循環なんだかわからん状態になってしまったわけよ。
「アイリちゃんが作った服だとう!? ずるい! わしにも作ってくれるよう言ってくれ!」
「いいかげんにおし! あんたのせいで肝心な話が全然できないじゃないか!」
「げふっ!」
ついにしびれを切らしたエアデールさんの肘鉄がカニエスさんの脇腹を深くえぐった!
あれは痛そう。
「あんたがまず聞きたいのは表の氷山の事だろ? その辺も含めて今の状況を話させてもらおうかねぇ」
脇腹を抑えてうずくまるカニエスさんを完全に無視してエアデールさんはこちらに向き直った。