8-10 音の錬金術師
「そりゃぁあたしだってわかってますよ。朝昼晩ずーっと研究室にこもってますから、みんなあたしのこと趣味もないネクラ女って思ってるんでしょう?」
「そんなことはないですよー。ソフィアちゃんはまだ召喚されて日が浅いんですからー」
グチというか悩みをこぼすソフィアにうんうんうなづくククノチ。
なんというかその様は人生に疲れたサラリーマンとスナックのママを彷彿とさせる。
おかしいなぁ? ソフィアは一滴も酒を飲んでないはずなのにこのありさま。
ひょっとしてこれが”場に飲まれる”ってやつなのかもしれんな。
「そういうときはソフィアちゃんの好きなことは何かって考えてみたらいいんじゃないですかねー」
「あたしのすきなことー?」
そういうとソフィアは眼前のオレンジジュースをぐいっと飲み干し。
「分解することと混ぜる事ですかねー?」
こやつ、根っからのアルケミストだな。
「分解と混ぜる。うーん、肥料配合ですかねー?」
「それはお仕事であって趣味にはならないっすよー」
「ですよねぇー」
これ以上のアイデアは出てこないのか、二人とも押し黙ってしまった。
静寂が場を支配するかと思いきや、部屋の隅にポツンとおいてあるCDコンポから流れて来るジャズがゆっくり部屋を染めていく。
それを聞きながらグッと酒をあおる。この喉が熱くなる感覚が酒の醍醐味よな。
今流れているジャズは大分テンポが遅いから、自然に酒を飲むペースも落ちて音と味を堪能する。
うむ、皆でわいわいとにぎやかに飲む酒もいいが、たまには静かに飲む酒も格別だな。
思えばいろんなところで酒を飲まされてきたもんだ。
あ
「なぁ、ソフィアよ」
「なんですか?」
「分解と混ぜるのが好きだといったな? じゃあ音楽を分けて混ぜてみるのはどうだ?」
言いながらこの部屋にある食い物を除けば唯一木製ではないCDコンポを親指でさししめす。
「曲は曲として完成しているのではー? 混ぜたら騒音にしかならないのではー?」
「んにゃ、音楽にはマッシュアップっていう技術があってな。別々の曲からボーカルや伴奏を取り出してミックスして新しい曲にしたりするんだ」
「音楽ですか。そういえば今アディーラさんとか夢中でやってますね」
あいつは今も爆音でエレキギターをかき鳴らしてメタル歌ってるんだろうなぁ。
だが、眼前にいるソフィアはいまいち乗り気ではなさそうな表情を浮かべている。
「せっかくだし実例を見せ……いや、聞かせよう。ククノチ、CDコンポを借りるぞ」
「はーい。どうぞー」
みんなに音楽を紹介したのはソフィアを召喚する前だから、興味がないのは知らないだけかもしれんしな。
とりあえずCDを召喚してコンポにかける。
「先ほど流していた曲とは全然違いますね。」
「ジャズとEDMじゃ違うのも当然だな。どっちも酒と相性がいいジャンルだけど方向性は真逆だし」
「ジャズはわかるけどこれもそうなの?」
「EDMはクラブっていうみんなで騒いで踊って酒を飲んで盛り上がるとこでよく流すんだ」
もっとも俺の場合は伝聞になるがな。そんなパリピどもの巣窟にはとてもいけないし何より時間がなかった。
「今のが原曲な。それでこれから流すのがいろんな曲を混ぜ合わせたリミックス版だ」
「確かに同じ曲ですけどこうも変わるもんなんですねぇー」
ククノチはポツリと感想をもらし、ソフィアは目を閉じて音楽に聞き入っている。
椅子に座り、床に届かない足がリズムを刻んているあたり悪い印象は持っていなさそうだ。
「曲が繋がって途切れないのもおもしろいですねー」
「とりあえずは1周流そう、酒のおかわりも頼む。今流れてる曲にふさわしい感じで」
「さらっと難しい事いいますねー」
「利き酒のおかえしだ」
ククノチは少し悩むそぶりを見せたが、小さくフルーツを混ぜ合わせた鮮やかなカクテルを俺の目の前に置いた。
見た目は満点。まさにパリピが好みそうな派手な酒だが、はたして味の方はどうかな?
「お酒とフルーツを合わせて飲むようにしてみてくださいー」
むむむ、こいつは美味いぞ!
辛口の酒に、口に含んだフルーツに混ざり込んで何回も味が変わりよる!
時にまろやかに、別のフルーツでは酒のピリッとした刺激が伝わってきて飽きさせない。
まさにこいつは酒のリミックスや!
「見事だ」
「お眼鏡にかなってよかったですー」
酒を飲み終えたころ、丁度リミックスも終わったようで再び部屋に静寂が戻る。
ソフィアは目を閉じたまま余韻に浸っているようだ。
少し飲みすぎたので酔い覚ましの水を味わいつつソフィアのアクションを待つ。
やがて彼女はゆっくり目を開けた。
「どうだ? 気に入ったか?」
「いいですね。良い音楽とは何かを研究する価値はありますね」
かーっ! まったくこいつは研究研究って。
「そこは趣味としていろんな曲を混ぜてみたいって事でいいんだよ」
「それが性分なんで。あ、必要な機材は全部研究室に用意してください」
ジュースを一口飲んでソフィアがほほ笑んだ。
OKOK、わかったよ。パソコンはもうあるからDJコントローラーに音楽室にあるようなアンプもつけよう。
「十分です」
これでソフィアがどんな音楽を作り出すのかは興味があるし、楽しみが増えたと思えばいいか。
「でもいいんですかー?」
「え? 何が?」
ククノチどうした? 何か問題でもあった?
「それでは結局ソフィアさんが研究室にずっと籠る事には変わりないのではー?」
「あ」
まぁ、音楽と言う趣味ができただけいいんじゃないかな?
これでソフィアの悩みも解決したわけだし、もう少し飲み明かすとするか。
「ククノチ、さっきの酒をもう一杯くれ」
「ちょっと待ったー! 私にも作ってくれないかい!?」
「ちゃんといい肴を作ってもってきたんだろうな?」
「もちろんさ! だから遅れたんだよ」
「おおー。これはまた美味しそうな肴ですねー!」
「それでこそコアさんだ」
今日の夜はまだしばらくは終わりそうにないな。