8-4 このごろダンジョンに流行るもの
「はっ……はっ……」
進化して強靭な体をもってしても息を切らすほどの速度で一本道のダンジョンを駆ける。
後ろから俺を食らおうばかりに迫ってくる二つの気配がビンビンに迫ってきてらぁ!
それより今は前! 俺の身長より倍以上ある壁を超えないと!
だが、一切速度を落とすことなく俺は壁に向かって地を蹴る!
「ふっ!」
息を吐き、壁のへりに指をかけ両足を壁につけて蹴る!
鉄棒を握って回転させるように、指に力をこめ蹴った力を遠心力に変えて自らの身を空中へと躍らせる。
そのまま空中で一回転し壁の上に着地!
壁を越えた先に見えたのは、いくつもの柱に遮られた通路。
瞬間的に頭の中に叩き込み、壁を蹴って柱の横へと飛ぶ。
ラリアットの要領で柱に腕をかけ、空中で柱をぐるっと一周させて地面に手を付き着地する。
まだまだ!
四肢の力をみなぎらせ、前へと跳躍!
くるっと空中で一回転し、勢いを殺さないまま地を蹴り一気に最高速へ!
できるだけ動きを少なく最小限の動きで柱をさけて走る。
ここを抜ければ後はラストの直線のみ!
この直線は短いぞ!
残ったすべての力を足に込めて全身全霊を出し切る!
が、後ろから猛スピードで迫ってきた二つの黒い影が俺の真横についた。
そのまま黒い影は俺を抜き去り、ゴールラインを越えてしまった。
「っゴール! ほとんど同時だったかなぁ!?」
「僅差だと客観的に見るものがないので、わからないでありますなぁ」
無茶したせいで呼吸が苦しい。
いや、それだけじゃない。
「あーくっそぉ! こんだけハンデもらっても最後に差し切られたかぁ~!!」
この胸の苦しさは負けた葛藤もあってのことだろう。
「いやぁ。ご主人もはやかったよぉ~」
「ここまで接戦になるとはいい勝負でしたな」
黒い影の正体……オルフェとアディーラが慰めてくれたが、正直まだ余力がありそうなこの二人に慰められても身体能力差に打ちのめされるだけだわ。
まぁ、種族差なんざ今更だけどな。
呼吸もなんとか戻ってきたので、走ってきた道を振り返ってみる。
そこは防衛エリアの一角に作った段差あり壁あり柱ありのとにかく障害物だらけの道。
負けたとはいえ、我ながらよくこの速度でつっぱしってこれたと思うわ。
「ご主人に教えてもらったパルクール? っていうやつおもしろいねぇ!」
「飛ぶのもいいですが、道に合わせて駆けるのもよいものですな」
基本体を動かすのが好きな二人に何か新しく遊べる施設が欲しいとねだられ、ならばと提案してみたのがこれだった。
最初こそ図書を参考にしたり、動画で見た記憶を頼りに二人に手本を見せたりしたのだが……
いろんな意味であっちゅうまに抜き去られた。
加速力と最高速度が段違いのオルフェと目の良さと反射神経で目の前の障害に即時対応できるアディーラの二人にゃハンデをもらってもこのありさまだよ!
「ねぇご主人。もっと実戦に近い場所でやってみたいなぁ」
「実戦ねぇ」
今回競争したのは練習用に整備してた場所から、ある意味まだ走りやすくはある。
それが実戦となると……
「そうだ、いい場所があった。ちょいと待っててくれ」
ダンジョン構造をちょっといじって目の前にポータルを作ってある場所につなげる。
「よし、入ってくれ」
二人を促し作ったポータルをくぐれば、そこに広がるのは生い茂った緑。
「あれ? ここは森林エリア? だよね?」
「そうそう、ただしいつもとは反対側のあんまり整備されてないほうだ」
ククノチが管理してる森林エリアだが、全域整備されてるかっていうと実はそうでもない。
河原や中央にあるククノチの樹がある辺りは歩きやすいように道を作ってあるが、はずれの方はよくて森林エリアに住む動物たちが作ったけもの道がうっすらあるだけだ。
その道も周辺の木が好き勝手に育ってるから根が地面から飛び出してるし、ぐねぐね曲がってるから歩きにくいことこの上ない。
果樹園を整備してから積極的にこの辺にくる必要もなくなったからなぁ。
「どうだ? ここなら実戦に近い体験ができるぞ」
「いいねぇ!」
一応緑が濃い山間部とか、アディーラの空中偵察が効かないところで追跡してもらうって事もあるかもしれないしね!
「ならゴールは先にククノチの樹にタッチした方って事でどうだ?」
「わかったよぉ!」
森林エリアのどこからでも最もでかいククノチの樹はよく目立つ。
あれを目印にしてどういうルートを通るのかも戦略のうちだな。
「では今回自分が審判を務めるでありますよ」
空中を飛んでいけるアディーラならスタートの合図をしてから、俺たちを追い越してゴールまで先回りできるだろう。
「ハンデはどれくらいくれる?」
「んー、この距離なら3分ってとこかなぁ?」
3分かー。オルフェが相手だと何分あっても足りる気がしないがありがたくもらっておこう。
「アディーラ。こっちの準備はできてるから合図くれ」
「承知したであります。では、スタート!」
合図と同時に地を蹴り、俺は深い樹海へと潜っていった。
やってみたいと思ってはみても、やりたくないなぁと思っちゃうもの