7-52 お使いが終わったら寄り道せずに帰りましょう
スプーンでコメとアワビを掬って口へと運ぶ。
うむ! 口に入れた瞬間こんぶだしの味と香りが口いっぱいに広がってこれは……
「うまい!」
次はよく煮込んで干し肉の味を全体にしみこませたガッツリスタミナ雑炊を豪快にすする。
「うまい!」
とどめは基本にして王道! しょうゆベースの卵雑炊をかっこむ!
「うまい!」
横に並んだかまどをフルに使って作ってくれた雑炊3種、大変美味しゅう――
「うまい! うまい! うまいぃぃぃ!」
ああもうさっきからうっせぇぇ!
一口食べるごとに感想をもらす、ククノチにケガを治してもらった連中がうっせぇ!
そりゃあ彼らの気持ちもわからんでもない。
ケガで動けない間は、飯もほどんと食えてなかったらしいからな。コアさんの飯を食ったら感動で叫びたくなるのもわかる。
ただそれが飯を食い始めてから延々と続いてるとなると、さすがに文句の一つも言いたくなってくる。
アイリが必死にフォローしようとしてるのと、彼らの食いっぷりに免じて大目には見ているけどねぇ。
そんな生暖かい心持ちで彼らを眺めていたが……
ようやく腹が満たされたのか、一人また一人と食い倒れ仰向けに倒れていく。
食ってるときは鬼気迫る餓鬼のような面構えだったが、倒れた彼らの表情は今にも昇天しそうなほどいい笑顔だ。
思い返せばケガが治って自由に動けるようになったテンションだけで穴掘りしてくれてたんだよなぁ。
あ、今はもう寝息を立て始めてる。
重労働の後にたらふく飯を食ったらこうなるのも当然か。
「いやぁ、ほんと助かったよ。もうこれでこいつらを介護する必要もなくなったしねぇ。ククノチさんにはいくら感謝しても足りないねぇ」
「それはなによりですぅぅー」
連中が静かになったところを見計らってエアデールさんがククノチの手を取り というか、ぶんぶん振り回して感謝を伝えているが
ニコニコ笑顔のまま振り回されるに任せて弾むククノチの二つの双丘がなんというか目のやりばに困る。
はいそこで飯を食ってる男ども、一見すると目を逸らしているがチラチラみてるのがバレバレダゾ☆
まぁでもあの質量に目が引き付けられるのはしょうがないよね!
「ごちそうさんっと」
3種3杯どれもおいしゅうございました。
俺も食った後の血糖値が上がるに任せ、寝っ転がって午睡としゃれこみたいところではあるが、
「さぁさぁあんたら! 休憩は終わりだよ! 寝るのは寝床を作ってから!」
逆にエアデールさんが寝入った連中をたたき起こし始めてるからなぁ。
もう少し休憩を取らせてやってもいいんじゃないか?
「なに、休憩なら今までたーっぷりとってたじゃないか。その間にあたいらがどんだけ働いたと思ってるんだい」
そういわれるとぐうの音もでない。
だが俺たちが持ってきた簡易テントを建て、そこにアイリ手製のクッションや綿を詰めて寝床を作るという作業だと知った彼らは最後の一瞬だけ強く輝く花火のように命を燃やし、
そして――
「スヤァ……」
ワレモノ注意の配達物のごとくワタに体をめり込ませて今度こそ完璧に深く寝入ってしまった。
これはもう多少騒いだところで起きそうにない。
「やれやれ。ま、明日から忙しくなるし今は寝かせておくかねぇ」
皆を見下ろし腰に手を当ててほほ笑むエアデールさん。
うーむ、アイリといるとダメ人間なカニエスさんと比べると有能さにスキがない。
酒さえ入れなければ。
「エアデールさん。みんなちょっと聞いてくれ」
「なんだい? 改まって」
というわけでシラフのうちに話すべきことを話しておこう。
「お使いも終わったし俺もいったん帰る事にする」
マナミさんに無事物資を届けられたことを伝えにゃならんし、いろいろダンジョンでしないといけないこともたまってきている。
それに何より……
旅に出てこの十数日ケモミミ娘たちのブラッシングをしてない!
我慢に我慢をしてきたが禁断症状が出てきた!
ちょっといったん発散させないと、このままだと暴発しかねない。
それに俺がやらないせいかちょっとケモミミ娘たちのしっぽが乱れてきていて我慢ならん!
「あらなんだい? せっかくここまで来てファンバキアに寄らずに帰っちまうのかい?」
「あんたたちはこれから忙しくなるだろうし、ここにいても邪魔になるだけだからな」
届けた物資をどう売りさばくのかは白犬族の裁量に任せることになるが、その間ずっと厄介になるもの気が引ける。
それにここに来るまで馬車で徒歩だと幾日もかかったが、アディーラにかかえて飛んで行ってもらえばまだ一日圏内でこれる距離だしな。
「あたいとしちゃ、あんたがいれば飲み食いするには困らなそうだし、ずっと居てもらってもかまわないんだけどねぇ」
エアデールさんはそういうとカラカラ笑ったのでつられて苦笑する。
人を便利なデリバリーショップみたいに言うなや。
「いやいや、冗談だよ。まぁでもせめてククノチさんと一杯飲みたいところだけどねぇ」
「ご主人様ー。私からもお願いしますー」
エアデールさんと飲むのを楽しみにしてたのかククノチも頭を下げてきた。
普通なら夜に出発するのは危険が危ないどころの騒ぎじゃないが、俺の空間魔法を使えば一瞬で戻れるから最悪深夜までいても問題はない。
それにアイリの方もまた仲間と離れる事になるわけだし、時間を作ったほうがいいだろう。
っと、その本人はどこにいるんだ?
「アイリちゃんはここに残ってくれるんだよね!?」
「ここにはサエモドさんが残ってくださいますから、私は帰りますよ」
「そんな!?」
あーうん。どうやら父親との別れの時間を満喫してるようだな。
なんなら残ってもいいぞって言おうと思ってたけど「行く」じゃなくて「帰る」と言ってるあたり、逆に置いていこうとしてもついてくるなこれは。
「わかった、うまく借金を返せることを願ってここはとっておきの一杯おごらせてもらおう」
「アレですね! エアデールさんと一緒にアレを飲んでいいんですねー!?」
重々しく頷く。
アレとはククノチが品種を厳選してトコトン改良し、最高の環境で育て上げた材料を厳選してこれまた専用の醸造施設で作り上げた最高の銘酒。
品質のみを追い求めただけあって、さかずき一杯分だけでも普通の酒が一升瓶数十本は作れる程コストパフォーマンスが悪い。
その希少さゆえ俺もまだ一回しか飲んだことはない。
その分味は間違いなく超一級品。「うまい」とか「おいしい」とかそんなチャチな言葉じゃとても表現できない旨味と快楽が心地よい酔いと一緒に直接脳に伝わってくる。
今まで多種多様の酒を造ってきたククノチが唯一銘を付けた酒。
それが
「じゃあさっそく”句句廼馳”取りに行かせてくださいー!」
自分の名を付けた銘酒が生まれた瞬間だった。
純粋に酒を楽しむククノチには悪いが、この酒をエアデールさんに提供することにしたのはもう一つ理由がある。
仮にこいつを売る場合どれくらいの値が出るのか酒豪のエアデールさんに鑑定してもらうためだ。
結果としてはファンバキアで売り方を間違えなければ同量の金以上の値で売れる一品とのこと。
それどころか手段を選ばずに手に入れようとする人間がでてもおかしくないレベルなんだとか。
なるほど、そいつはいいことを聞いた。
その後、ククノチと意気投合して飲み足りないとごねるエアデールさんをスケイラがひっぺがし、アイリと別れたくないとごねるカニエスさんをコウが羽交い絞めにしたスキに、俺たちは泥酔しかけたククノチをオルフェがスマキにして持ち上げ帰路についた。
どうにもしまらない別れ方だったが、数日後にはまた行くしいいかな。
はい、というわけで次回からダンジョンに戻って数話やりますよ