7-44 堕天の暗殺者
見事な着地を決めたアディーラに先ほどまで彼女自身がまとっていた闇が集まってきた。
アディーラは腕を交差させながらその闇を両手の人差し指の先に纏めていく。
だが、引いた連中も黙って見ているわけがない。
けん制のつもりなのか、正面にいた一人がアディーラに向かって手裏剣らしきものを投げつける。
この闇夜の中、小さい手裏剣を見てかわすのは本来ならかなりの難度ではあるが、暗視に動体視力がいいアディーラにとっては造作もないことなのか最小限の動きであっさり手裏剣の軌道から身をかわす。
その際、アディーラは右手を手裏剣を投げつけてきた奴に向けて人差し指をさした。
相手側は何をしてきたかわからず、再び手裏剣を投げつけようとするが――
唐突にそいつは首を上向ける。
ように見えて体から首が離れ、切り取られた頭が地面に落ちた。
「あれ……は……?」
後ろから声を出すのもつらそうなコウの声。
あ、そうか。 ちゃんと遮断障壁は音も聞こえなくなる空間も遮ってくれてるのか。
それよりもまずは二人をなんとかしないとダメだな。
「後で説明する。それよりもまずはこれを飲むんだ」
そういって懐から回復薬を出す。
これで解毒できるのかはわからないが、少なくとも活力は出る。
一応この戦闘が終われば解毒のアテはあるから、今は少しでも体力を維持してもらおう。
「体が……ほとんど……動かない……よ」
「サポートする。ゆっくりでいいから飲んでくれ」
スケイラを地面に座らせてから身を支えながら起こし、口元に薬のビンを当てる。
喉がゆっくり動くのをみながら少しづつ薬を流し込んだ。
まだ今回は意識があるからいいが、もし気絶してたら薬はどう飲ませればいいんだ?
そう考えると注射器もセットで持ち歩いた方がいいのかもなぁ。医師免許なんざ持ってないけど。
いやまぁ、注射器も強化しないと針が皮膚を通らないから、それをするにしてもいろいろめんどくさいな。
なんとか二人を介抱した後、地面に横たわらせた。
とはいえこんな状況じゃゆっくり寝られるはずもなく、頭を横に倒し障壁の外を見ている。
二人にできることは全部やった。後は俺もアディーラが外をなんとかしてくれるまで待つしかない。
ちょうど視線を外に向けた時、アディーラが待つジャマダハルが背中から男を貫いている姿が見えた。
だがそれも一瞬の事、すぐさまアディーラは上空に飛び立ち闇を纏って消える。
その付近に向かって手裏剣やらなんやら投げつけられるもすでにアディーラはそこにはいない。
宙を飛ぶ投擲物はそのまま放物線を描いて地面に落ちていくだけである。
あ、今また別の男がアディーラが放った不可視の刃に片足を切られて地面に転がったわ。
しかもそれだけじゃない。地面に倒れた仲間を見るために視線を下に落とした瞬間を狙い、お得意の空中からの奇襲で別の男の首裏に刃を突き立てて着地するアディーラ。
そう認識した次の瞬間にはもういないから恐ろしい。
遮蔽物のない野原、かつ闇夜というこの状況は彼女にとって最も戦いやすい環境だからか完全に相手を翻弄しまくっている。
「んじゃ、さっきの質問に答えておこうか。敵を切り落とした技は新月の戦輪って言ってな。お前も食らったことがある光の戦輪の闇版だ」
遮断障壁を制御するほかにやる事ないので解説でもしよう。
アディーラがさっき指をさして敵を切ってたのは、念動とかじゃなく新月の戦輪を飛ばしてたからってわけだ。
「まぁ見てわかると思うが、あれの特徴はとにかく見にくいことだな。今みたいな真っ暗闇だと特にね」
俺は昼間に見せてもらったころがあるんだが、それでも黒い影みたいなものがすっと的を通り過ぎたら的が真っ二つになっていたっていうくらいしか見えなかった。
ついでにいうと索敵障壁でも薄すぎてほとんどわからない。
それを夜空を高速で飛び回るアディーラが放つもんだから、どこから新月の戦輪が飛んできて自分を襲ってくるかなんて多少夜目が効く程度じゃわからんだろうな。
流石にこれ以上の損害は出せないのか、黒豹族達が一斉に振り返り我先にと逃げ出し始めた。
ふむ? 障壁の外はまだ音が聞こえないと思うが、妙に息があっているな?
士気崩壊による総崩れならビビったやつから逃げ出しはじめ、それが全体に感染していくのが常だが今のはタイミングを合わせたかのように一斉に逃げ出し始めた。
連中の方は音が聞こえなくても命令ができる奴がいるのかね?
それはともかく、逃げ出した相手を追わないとかそういう騎士道精神なんてものは俺たちは持ち合わせちゃいない。
空中でその様子を見ていたアディーラも逃げ道をふさぐために滑空する体制を取る。
しかし、それを見計らったようにアディーラに向けて手裏剣が飛んできた!
アディーラはその手裏剣をギリギリ身をひねって躱す。
しかし、躱すために無理に身をひねったせいか完全にバランスを崩してしまったようだ。
姿勢を整えるために回るように飛ぶアディーラだが……
先ほどから同じように手裏剣が飛んできていて、なかなか攻撃に移れない。
おいおい、姿勢をくずしながらもそれなりの速度で飛んでるアディーラを正確に狙い撃つなんざ、俺にもできねぇぞ!
投げつけて来る奴の方向を見てみれば……
あっ! あいつは謎のギフトを起動してきた奴か!?
空にいるアディーラに向けて適格に武器を投げていることといい、あいつだけはどうも別格なにおいがする。
ああいうのは逃がさずにここで仕留めておきたい。
アディーラが攻撃に移れなかったせいで他の黒豹族はすんなり撤退してしまった。
だから残るは手裏剣を投げつけてるあいつのみ。
一応まだ周囲は警戒する必要があるが、少なくとも近場に敵は見えない。
それなら――
俺はそいつから見えないようにしゃがみ込み、こっそりと腰の矢筒から矢を引き抜いた。
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