7-36 おかわりもいいぞ!
エアデールさんがコンテナを開けると、湯気と共に香り立つ肉の匂いが空中へと舞い上がっていく。
「ああ、いいねぇ。そういえば今年は祭りなんかやってる場合じゃなかったからねぇ」
出てきたのは白犬族に招かれた時に食べた、焼いた肉にチーズをのせた白犬族伝統料理のチーギュだった。
「これはこっちに来る際にマナミさんに頼まれたやつだな。こいつを食ったらさっさと面倒事を片付けてこっちにきてくれってさ」
「ふん、あの子も言うようになったねぇ」
言葉とは裏腹にすごい嬉しそうに頬を緩ませるエアデールさん。
いや、頬が緩んでるのは目の前のチーギュのせいだなこれは。
「あ、ちと待っとって! 食べるならこれを使ってちょ!」
いかにもうまそうな故郷の飯を見せられて、目が飢えた狼のようになっていた戦士たちを止めるアマツ。
空気を読むのが苦手とはいえあれに声をかけれるのはすごいなぁ。
アマツは待てをされて律儀に止まってくれた戦士たちを視界に入れることもせず、マイペースにとあるコンテナの蓋をあけた。
「ほれ、このピタパンってやつに肉と野菜を挟んで食べるといいとよ。お好みでソースもいろいろあるっち」
そして中身の説明を始めるアマツ。
これは多分出かけにコアさんから聞いたことをそのまま話してるだけだな。
「これが基本のバーベキューソース、酸味が欲しか人はこのトマトソース選ぶとよか、そしてこれがウチ一押しのヨーグルトソース! ほんのり甘くてオススメよー! それからこれが――」
「アマツ、説明はそれくらいにしてやってくれ」
戦士たちの目が血走ってこれ以上は限界を超えそうだからさ。
さすがにこれは空気が読めなすぎだぞアマツよ。
「それではみなさんどうぞご堪能――」
我慢から解き放たれた戦士たちは俺の言葉を最後まで聞かず、一斉に群がった。
殺気を向けられるより怖かった、やはり腹を減らした人は何をするかわからんな。
とはいえ大した混乱もなく、ちゃんと全員に行きわたったのは彼らが秩序をもつ戦士たちであるということと、何よりこの場を仕切れるエアデールさんという存在が大きかった。
「うめ……うめ……うめ……」
「これじゃたりない……おかわりしたい。 えっ! 今日はいくらでも食っていいんですか!?」
周囲からしきりに聞こえるのは飯を口に放り込み、感嘆の言葉を吐く戦士たち。
ああ、いいぞ。遠慮するな、今までの分たっぷり食え、毒ガス訓練なんかやらんからさ。
「ははは、ちょっとした懐かしさもあるんだろうけどこいつはなんなんだい? おいしすぎて言葉もでないねぇ」
場を仕切り切ったエアデールさんも今は地面に座り込んで舌鼓を打っている。
「あんたらはいつもこんな美味い飯を食ってるなんて羨ましいねぇ」
「なーに、コアさんは白犬族にもコツを教えてるから戻れば食えるさ、それに一番弟子もいるしな」
チリソースをたっぷりかけたケバブをかぶりつくエンを親指でさす。
ピリ辛のガパオを気に入った事もあるエンはどうやら辛党のようだ。
コアさんは「食べ過ぎると味覚が鈍る」とか言ってその分野は敬遠してるから、ぜひエンに開拓してもらうとしよう。
「へぇー。それは期待させてもらおうかねぇ」
「おうよ。エンは火の扱いはピカイチだからな」
本人が聞いてないのをいいことに無駄にハードルをあげまくってやる。
エンならハードルを上げてものらりとくぐりそうな事くらいはやりそうだけど……もしくは激辛料理で攻めてきそうだな。
「さてと」
ケバブ一つ分を平らげて立ち上がる。
「なんだ、おかわりかい?」
「いや、そろそろあれを止めないといけないんじゃないか?」
視線の先にいるのは、いまだ言い争っているカニエスさんとアイリの姿。
見た感じだとカニエスさんが泣きついて、それをアイリがいなしてるように見える。
ほんとこの人、初対面のイメージを完全に壊す行動しかしないな。
「ほっときゃいいってのに」
「いやー、誰かが止めなきゃ終わらんだろあれは」
エアデールさんは完全に無視していたが、俺は食べながらも様子はちょくちょく見てたからな。
なんていうか完全にループに入っていて外側から変化を入れないと終わりそうにない。
「ま、やるなら勝手にどうぞ」
シッシッと追い払う動作をしつつ、エアデールさんは3個目のケバブをつくりはじめる。
まだ食うんかい。
しかし、あの言い争いを収めるのにケバブを出すのはいいかもしれない。
とりあえずケバブを二つ分作り、両手に持って二人のところへ行く。
「アイリちゃんがパパのいう事聞いてくれないなんて! グレちゃったのかい!?」
「そこは自立したと言ってください! 私だってもう成年してるんですから!」
うーむ。言い争うにしてもレベルが低いなぁ。
とはいえケンカはケンカ。見ていて楽しいものではない。
「なぁ二人とも、そんなに争って腹が減っただろう? 一旦こいつでも食って落ち着こうや、な?」
二人の目の前にケバブを差し出す。
カニエスさんは目の前に差し出されたケバブに目が釘付けになり、一方のアイリは――
俺の顔を見た、しかもこれで勝ったと言わんばかりの笑みを浮かべて。
なんか猛烈に悪い予感がしてきたのぉ。