7-16 聖地の水(風呂)
「熱い、さすがに熱いなぁ」
俺が愚痴るその間でも熱気は収まることを知らず、俺たちの身を焼き続ける。
ただただ座っているだけなのに、次から次へと汗が噴き出してくる。
ちらりと周りを見渡せば、俺と同じように熱さに耐える人影が三人。
いや、一人は楽しんでるか。
「むぅぅ~、熱くて呼吸が苦しいとよ~」
呼吸すると熱気が肺を焼くのがつらいのか、湿らせたタオルを口元にまきつけたアマツがぽつりともらす。
「そーお? このくらいが汗も噴き出て気持ちいいよぉ?」
対照的にオルフェは立ち尽くしたまま、熱気を全身に浴びて楽しんでいる。
お前この熱さでも全然平気なのか。そういえばロウリュウの時もケロリとしてたもんなぁ。
「私たちが元居たところの蒸し風呂……いえ、ここはサウナでしたね。そこでもここまで熱いのはありませんでしたよ」
最後の一人、アイリもつらそうな表情を浮かべて耐えている。
「そりゃまぁ、ここのサウナは120度だからな。無理だと思ったらすぐに出るんだぞ」
呼吸で肺に入る空気も熱く、正直しゃべるのもしんどい。
しかし、同時に感じる薬草の香りが熱気の中にもさわやかさを混ぜ、つらさを軽減してくれている。
「いいえ、これも”でとっくす”のためですから。あともう少し頑張れますよ」
汗だくの笑顔を見せるアイリ。
そりゃまぁ確かにここは美容効果に特化した薬草サウナだから、その効果はお墨付きだけど無理はしちゃだめだからね。
壁にかかっている12分計を見てみれば、入って5分まで後30秒か。
「とりあえずもうすぐ入って五分だ。ここまで耐えれば十分だ」
「そうねぇ~。早う水風呂に入りたいとよー」
全員の視線が時計に集中して
「5……4……3……2……1 5分だ!」
俺のこの宣言を合図に一斉に席を立つケモミミ娘達。
ヒャア! 俺ももうガマンできねぇ!
「もう限界です!」
「水風呂ー!」
そして我先にと外へと飛び出し
ちゃんと歩いて水風呂へと向かうケモミミ娘達。
マナーを守るのは大切だからね。
まずは汗を流し、水風呂へとどっぷり浸かる。
うひょー! ほてった体に水風呂がしみるぜぇ!
今日も水風呂はよく冷えている。冷えてはいるが――
「あれ? この水風呂冷たいんですけど、刺さるようなつらさはないですね?」
水風呂に浸かったアイリが不思議そうに首をかしげる。
お気づきになりましたか?
「うんうん、ここの水って冷たいけど気持ちいいよね」
同じく浸かっていたオルフェが頭から水をかぶりながら同意する。
「むふー。これも主さんに頼んでお水を変えてもらったんよー」
「うむ」
アマツが大きい胸を張りネタ晴らしをする。
元々普通の水を使っていたが、とある日を境に水質を変えてみたのだ。
「水にも違いがあるんですね。全部同じだと思ってました」
「俺もねー。水風呂なんて全部同じだと思ってたけど、水質でここまで変わるとは思わなかった」
「ふーん。これってどんな水なの?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれたっちゃ!」
アマツはさらに胸を張って得意げに語ろうとして――
しばらく停止した後、ちらりと横目でこちらを見てきた。
あ、これは忘れたな。まぁ、そのかわいさに免じて助け舟をだしてやろう。
「この水は”サウナの聖地”と呼ばれる名店が使ってる地下水の成分にあわせたんだ」
アマツが持ってきたサウナ特集のページに成分表が乗ってたからね。
細かい設定をするのはなかなか面倒だったが、再現した甲斐はあった。
「それは普通の水とはどう違うのですか?」
そう聞いたら当然浮かぶ疑問だよな。
「うむ、実にいい質問だアイリ。それはだな……」
わざとらしくタメを作ると、3人が俺をのぞき込む。
「私にもわからん」
「え~! 結局ご主人も知らないんじゃん!」
水風呂に沈めてあったビーチチェアーから身を起こし、オルフェが渾身のツッコミを入れる!
背もたれを調節することで普通に湯船につかるより姿勢が楽になるからいいよね。
「いや、一応ね、硬水とか軟水とかそういう種類がある事は知ってるんだけど、どう違うかって聞かれても違いはわからんのよ」
そりゃ、雑誌の成分表みたから例えば硬度がこのくらいでマグネシウムは普通の水のウン倍入ってるっていう風に答えることはできるよ?
でも結局”それがどう違うの?”聞かれたら答えられない。
知りたきゃ書庫にでもいって調べてくれ。
「それよりもだいぶ話過ぎたな。よく体も冷えたし、そろそろ出た方がよさそうだ」
「うい~」
最後に水を頭からかぶって水風呂を出ると、脳の内側が熱く水で外側は冷えてほどよくぼーっとした感覚になる。
すぐさま倒れ込みたい衝動を抑えて、備え付けてあるタオルで身体を拭く。
「そしたらあそこで日向ぼっこするとすごい気持ちいいんよー」
アマツが指をさした先は源泉が沸く崖の上。
先導されて階段を上ると、冷えた体にここちよい風が吹き、風呂に沈めたのと同じビーチチェアーが並ぶ休憩スペースがある。
「とぉ~!」
皆に先駆けて、一足早くアマツが椅子に駆け寄りダイブする。
「はぁー。これがいいんよぉ~」
人魚形態にもどったアマツがうつ伏せでくつろぎ始めるその姿は、どうみても網の上で干される干物そのものである。
残る俺たち三人もそれぞれ空いているビーチチェアーに腰掛ける。
というよりは横になる。
空を見上げればいつも通り雲も太陽もない青空が広がり、時折吹く風が瞼を重くする。
そのまま水風呂を上がった時から続くけだるさに身を任せて目を閉じれば、遠くで源泉から風呂に流れる水の音
それにまざってかすかに聞こえるのはアマツの寝息。
アマツにとっては今この瞬間が一番幸せなんだろうなぁ。
徐々に意識ははっきりしているが、逆に体は脱力し肉体と風景との境界がなくなってくる。
そう、今俺はこの空間と一体化したのだ。
まるで自分が高位の存在にでもなった気分で思考をめぐらす。
宇宙とは――
真理とは――
ダンジョンとは――
そうか! ケモミミとは!
「ご主人? ごしゅじーん?」
はっ!?
オルフェが俺を呼ぶ声がする。
そう悟った瞬間に溶け込んでいた風景から肉体が再構築され、そこに意識が入り込む。
どうやら声をかけられてただけではなく揺さぶられていたようだ。
「もー。ご主人ったらコアさんから念話が来てたのに全然聞いてないんだもん」
「目覚めはどうだい? 晩御飯ができたから呼んだんだけどね」
「ああすまん、完全にトリップしてたわ」
ビーチチェアーから身を起こし、軽く伸びをする。
軽く目を閉じて体に意識を向ければ、血液が全身くまなくめぐっているのがわかる。
「さて、それじゃ飯を食いにいこうかね」
もうすぐ白犬族と一緒に遠出する事になる。そうなればしばらくこの生活はお預けだ。
今のうちにしっかり堪能しておかないとなっ!
あーまた行きてぇなぁ
次回からまた長編です。
まだほとんど決まってないけどエタらないように応援よろしくお願いします