7-5 白犬族の災難 戦士編
今日は白犬族に物資を届けに行く日。
なので、まだ薄暗い空をアディーラに抱えられ飛び続けること数時間、ようやく白犬族の集落へと降り立った。
「仙人様。マナミ様は執務室におられます。こちらへどうぞ」
「では主殿。自分はいつも通り子供たちのもとへ行ってくるであります」
「おう」
アディーラを見送り、俺は案内係につれられてダンジョン内に設けられた執務室へと入る。
「ちーっす」
「ああ、よくきてくれたねぇ」
ドアを開けると、何かの書類に目を通していたマナミさんが顔を上げてあいさつしてくれたが――
んん?
なんかマナミさん、いつもに比べて元気がないような気がするけど気のせいかな?
うーん、これは体調不良じゃないな。それだったら仕事なんかしていないだろうし。
実際健康状態を含む見た目は、初めてであったころに比べると格段に良くなっている。
もちろんこれはマナミさんに限らず、健康的になった白犬族は全体的に美形美女が多い気がするんだよなぁ。
最たる例はアイリだ。
あの子はウチのケモミミ娘たちも使っている美容用品を使ってるもんだから、肌はツヤツヤだし髪や尻尾はサラサラ、さらにちゃんと飯も食ってるからいい意味で肉が付いて、スタイルも良くなってきている。
いやまぁ、こうなった原因は俺にあるとも言えるんだけどさぁ
ある日寝てたらアイリが「恩返しの夜伽にまかりこしました」って言って俺の部屋に来たわけよ。半裸で。
んでもって、半分思考停止に陥った俺が言ったセリフが「いや、そんなのいいから。まずはちゃんと食って寝て運動して健康的になって、次は難民生活で傷んだ肌や髪や特にしっぽやケモミミの手入れもしてからだ」と言っちゃったのよね。
そしたら「わかりました! 私頑張りますね!」って言って、その日は引き上げてくれたけど……
その日以来アイリは、ウチの中で一番美容関係に熱が入っているオルフェにケアについて聞いたり、今まで遠慮していた美容用品を積極的に使うようになった。
おそらく美女度があがったアイリが再び夜伽に来る日も、そう遠くはあるまい。
そのときは――
「仙人様? どうしたんだい?」
うぉっと!
「すまん、ちょっとあんたの様子が気になってな」
マナミさんの呼びかけで現実に戻ってこれたのをごまかす。
「あー、やっぱり仙人様にはわかっちまったかい?」
「まぁな、ちょっと耳としっぽのたれ具合が大きかったからな」
「ははは、そこで気が付くとは仙人様らしいねぇ」
マナミさんは笑い飛ばそうとしているが、やはり空元気なのかいまいち迫力がない。
「で、何があったんだ?」
「うーん。これはアタイらの問題だから仙人様を巻き込みたくはなかったんだけどねぇ……」
「聞くだけ聞いてやるよ。介入するかどうかは話の内容次第だ」
「んじゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらうかね」
マナミさんはコホンと軽く咳払いして、部屋の空気を変える。
「アタイらが戦争から逃げるとき、足止め役をした戦士たちがいるっていう話は以前したよねぇ」
「そうだったな」
確か、この先の都市で合流予定だったと言っていたな。
「その通り、ところがアタイ達はゴブリンにつかまって予定日に合流ができなかった。まぁ仙人様達がいなかったら合流どころかアタイら全員死ぬまで奴隷だったけどね」
「つまり、そのせいで戦士たちに何かあったってことか?」
マナミさんは俺の問いかけにコクリとうなづく。
「祭祀が終わった後、旅に耐えれるくらい元気になった若いのを使いに出してたんだけど、つい先日ようやく戻ってきてねぇ」
マナミさんはちらりとこちらに視線を向けて、
「いや、そんなに深刻な顔をする必要はないさね。ちゃんと出会えたし話もしてきたってさ」
「でも、ここにいないってことは、何かこれない事情ができたって事か?」
「正解、予定日を数日過ぎてもアタイらがこなかった事で生活費がなくなってしまった。なんせ財産のほとんどはアタイらが運んでたからね」
戦闘中の戦士たちにとって多すぎる財産はただの重荷だしなぁ。
「しばらくはアタイ達の探索もやってくれてたみたいなんだけねぇ、いよいよ食い詰めて先方と傭兵契約を結んだらしいんだけど」
ここでマナミさんは口調を濁す。
「どうも足元を見られたらしくってねぇ、大分不利な契約を結ばされたらしいんだ」
なるほど、向こうの視点で見ればマナミさんたちは財産ごと行方不明。
これはやむなしか。
「その一つが違約金の取り決めさね、途中破棄には相当量の金がいる。今のアタイ達の手持ちじゃとても払えないくらいのね」
マナミさんは絞り出すように言うと、大きくため息をついた。
「こうなったのもアタイらのせいでもあるからね、戦士たちは契約に縛られて稼ごうにも稼ぐこともできないみたいだしアタイらが立て替えるしかない」
うわぁ、思った以上に大変なことになってんな。
「それでやらなきゃいけないことは二つあって、一つ目はもちろん金の捻出をすること」
マナミさんは人差し指を一本立てる。
「これは今総出でみんなにやってもらってる。幸い戦士たちがいるのは交易都市だから、持ち込んだものは何でも売れる。狩猟で取った肉に毛皮に薬草、仙人様達にもらって育てた農作物、ここのエネルギーを金目のものに変えるのも考えてるよ」
そしてマナミさんは中指を立てる。
「もう一つは街道に出るまでの道を作らなきゃならない。少なくとも馬車や荷台が通れるくらいのものが必要さね」
なるほど、ブツがあっても運べなきゃ意味ないしな。
「こちらの方は頼れる助っ人達が作ってくれてる。まだ時間はかかるだろうけどねぇ」
「助っ人ねぇ」
都市に行った際に誰かを雇ったのかな?
追加で金はかかるが両立しないといけないことだし、しょうがないのだろうな。
マナミさんはそこまで言うと、何かに気が付いたようにこちらを見て――
「ああ、助っ人達が帰ってきたようだ。ちょうどいいから紹介させてもらおうかねぇ」
唐突にそう言ってきた。
ダンジョンコアにでも教えてもらったのかな?
なんか妙にマナミさんがニヤニヤしてるのが気になるが、とりあえず失礼のないように席を立つ。
やがて、ドアがコンコンとノックする音が部屋に鳴ってから。
「やぁマナミ。補給ついでに道路工事の進捗報告にきたよ」
先頭の人物があいさつして入ってきたのを皮切りに、助っ人達がぞろぞろと……って、
「お、おまえらはーーっ!!」
思わず声をあげちゃったけど当然だ!
入ってきたのは全部で四人、うち三人は知ってる顔だったんだからな!
いったい誰なんやろなぁ・・・