7-1 新しい日常
「ん」
睡眠状態から意識がしっかりしてくるにつれて、体中が柔らかいものに包まれている感覚が戻ってくる。
「くぁ~」
我ながら間抜けなあくびをしてるなぁ。
とか思いつつも、布団からはいでて軽く体を伸ばす。
あー、今日もがっつり寝たわ。
規則正しい生活をしてれば大体同じ時間に目が覚めるしな。
だとすれば、今は大体朝六時くらい。朝飯までにはまだ時間がある。
となればすることは一つ。
そうだ、朝風呂に行こう。
着替えを持って脱衣所に入り服を脱ぐ。
そしてポータルを入れば、いつも通りの温泉エリアに到着だ。
「おー、主さんーおはよーさんー」
「おはよう、アマツ。早いな」
先に来ていたアマツの気持ちよさそうに伸びた挨拶を受けて、体を流してからアマツと同じ浴槽に身を入れる。
「すごくリラックスしてるなー。そんなに炭酸泉が気に入ったのか?」
「んー。この泡がいいんよぉー。そげな熱くないのにポカポカしてくるしー」
アマツは最近追加した炭酸泉に、顔と双丘だけ出してぷかぷかと浮いている。
呼吸するごとにゆっくり揺れる双丘が実にいい。
「ねぇ、主さんー」
「んぉ!? なんだ?」
「うちねー。主さんにねぇー。作ってほしいもんがあるんよー」
よかった。ガン見してたのが気にさわったのかと思った。
「作ってもらいたいものってなんなんだ?」
「これよー」
そういってアマツは腕を炭酸泉からだし、ある一点を指さす。
指をさした方向を追っていくと、一冊の本 書庫に置いてある旅行雑誌「ららぶ」があった。
よく見れば、しおりが挟まっている。
そのページを見てほしいってことか?
濡らさないように手を拭いてから、手に取ってページを開く。
「えーっとなになに? ”温かい砂で極上のリラックス。指宿の砂蒸し温泉”」
「うんうん」
「入ってみたいってこと?」
「うんうん!」
起き上がり、一点の曇りもなく期待を込めた輝く目でコクコクうなずくアマツ。
グワー! このお願いオーラがまぶしい! 光になりそう!
「でもこれ、熱帯エリアで砂を被るのと大差ないんじゃ?」
「もー! 全然違うとよ!」
アマツは眉をへの字にまげてこちらに攻めよってきた。
「主さん。熱帯エリアで砂なんぞかぶったら、火傷してまうよ?」
確かに。
「ばってん、砂蒸し風呂の砂ば熱いけど濡れてるから平気よ。サウナと同じっちゃ」
「あー。なるほど。なんとなくわかった」
人差し指を立てて説明するアマツがかわいい。
「オッケーわかった。仕組みを調べて近いうちに用意しようか」
「やったー! 主さんおおきに!」
うぉぅ! 感極まったアマツがこちらにハグしてきおった!
それはいいけど今俺たちは入浴中なわけで、つまり何が言いたいかっていうと――
おっぱいぷるーんぷるん!
「……朝飯が用意されてる頃合いだし、そろそろあがろうか」
「うんっ!」
いつまでそうしていたのかはとんと思い出せぬが、のぼせる前に出ないとなー。
俺はアマツを引き連れ、炭酸泉を後にした。
……すごい柔らかかった。アマツはやはりいいものをお持ちである。
♦
朝起きて風呂に入るのは今までと変わらない日常の1コマだったが、ゴブリン達との戦いで変わった日常もある。
「おはよーっす」
アマツを引き連れてダイニングルームへと入れば今日もよい香りの朝食が出迎えてくれる。
今日は食パンにベーコンにスクランブルエッグ。
それにサラダとフルーツもついて、まさに王道の洋食といった感じだ。
ディススメルイズグッ!
「おはようございます。仙人様」
フードラボという名の厨房からアマツの大好物、フルーツジャムの盛り合わせを運んできたアイリがでてきた。
そう、白犬族の祭祀が終わった後、アイリは俺たちのダンジョンに居座ってしまった。
俺は残るように説得したんだけどなぁー。
問答の末、しまいには短剣を自らの首元に突き付けたアイリが「お邪魔になるようでしたら、せめてこの身をダンジョンの糧にしてください!」と言ってきたんよね。
あの目は本気だった。止めるのが後3秒遅れてたらアイリは本当に自刃していただろう。
で、俺が折れた。
それ以来ウチに来たアイリは率先して雑用を引き受けてくれるが、ウチのダンジョンは掃除洗濯はほぼ自動だし、炊事にいたってはコアさんの聖域である。そもそもそんなに雑用がないのよね。
だから今はコアさんの補佐として、給仕をやってくれている。
「仙人様、お飲み物は?」
「ホットコーヒーをアリアリで」
「アマツ様は?」
「ブドウジュース!」
注文を受けてアイリが厨房に戻るのを見届けると、入れ替わって別のポータルから朝の鍛錬を終えたオルフェやアディーラ、野菜の収穫を終えたククノチも姿を見せてにぎやかになってきた。
「お、みんなそろったね」
「お飲み物をお持ちしました」
スープが入った鍋を持ったコアさんと、注文した飲み物をトレーに乗せたアイリが厨房から姿を見せ、これで全員集合だ。
スープを人数分よそって、全員が席に着けば――
「いっただっきまーす!」
今日もにぎやかな朝食が始まる。
「んー、今日はーこれっ!」
「アマツ殿、それを次に自分に渡してほしいであります」
「あいよー」
手に取ったイチゴジャムを食パンに仲良く塗るアマツとアディーラ。
その姿は姉妹みたいで実にほほえましい。
「みなさん、新しいお芋が取れましたよー」
「あれ? これは”ハチリハン”ですか?」
ククノチがカゴに入っていた野菜を手に取って見せると、即座に反応するアイリ。
というかハチリハンって何?
「いやいや、これはサツマイモだろ? アイリこれ見た事あんの?」
「はい、いつぞやの蝗害の時は、これをかじってしのいでました」
確かに地球でも江戸時代の時は救荒作物として活躍したって聞いたことがあるし、この世界でも飢饉が起きたときにどこかでギフトとして出されていてもおかしくはない……か?
「へぇ~、アイリはこれ食べてたんだぁ。どれどれ?」
ザルからサツマイモを手に取り一口かじるオルフェ……とコアさん。
いけるとはいえ、お前ら生で食うんかい。
「んー、硬くてほんのり甘みがある感じ?」
「そうだね、ジャガイモとは大分違う感じだね」
ボリボリと食べ、感想を言い合う二人。
「いやー、俺としてはやっぱり焼き芋にして食べたいなぁ。そのほうが甘くなるし」
「じゃあ、今日のお昼はサツマイモをメインにしようか」
いいね! コアさんならきっと焼き芋以外にもおいしいものを作ってくれそうだし!
「というわけでククノチ、このサツマイモは預からせてもらうけどいいかな?」
「いいですけどー。私も芋焼酎を作りたいので半分は残してもらえますかー?」
うーむ、カゴの半分が酒になったら、みんなで食える分はそう多くはない。
今回初めて育てたから、収穫量もそれなりにしかない。
とはいえこれは間違いなく、ククノチの功績だし取り上げることはしたくない。
というか芋焼酎は俺も飲みたい。
「ククノチ、これって種芋はもう別に確保してあるのか?」
「もちろんですー。なのでこれは全部消費してかまいませんよー」
「オッケー。じゃあ畑も大きくして次回に期待するってことで」
明るい会話にうまい飯。
日常がこんなに幸せなんて思いもしなかったなぁ。
ハチリハン=八里半=サツマイモの事
栗(九里)に近い味ということでこう呼ばれた
栗(九里)より(四里)美味いということで十三里って呼ばれることもあったよ